落窪物語 第二章

続きです。
かなりざっくり訳しています。
詳しくは現代訳本か漫画おちくぼ・落窪物語をどうぞ!

北の方はさすがに装束が多すぎるので落窪一人では無理と女房の少納言を部屋にいかせます。
この少納言はこざっぱりした感じの良い女房で実は女君にお仕えしたいと前々から思っていたので部屋でいろいろ話しをします。
女君に仕えたい。北の方の悪口や四の君の結婚計画
実はその相手は少将。事前にその話は少将から聞いていたが、まあいいお話と適当に返事をしていると、女君にも結婚話を薦めます。
従姉妹の奉公先交野の少将と噂される貴公子が女君の話を聞き、ぜひ交際したい文を渡してくれと熱心にさそってくるので交際してみてはと話す。
そのうち北の方に呼ばれて部屋をあとにする。
少将が出てきてあれこれ少納言と交野の少将の悪口をいいあなたが交野の少将のかこわれものになったら私も四の君の婿になろうと冗談をいいます。


女君はまだ裁縫が縫い終わっておらず、阿漕を起こそうとします。
しかし少将が自分が手伝うと言い始めて女君に促されて二人でセッセと装束を作っていました。
そんなところをなんと北の方に見つかってしまいます。
北の君はその男君の様子を見てどこかの貴公子だと直感しますが、部屋に押し入る事はしませんでした。
少将は先に疲れて寝てしまいますが、女君はまだ裁縫をしていています。
少将は一緒に寝たいので蝋燭の火を消して女君を横に倒してかき抱いて二人は共寝します。


翌朝北の方が再び落窪にいくと装束は仕立てあがっていて、出来ていなければ怒鳴ってやろうと思っていたのに。
と残念がります。

少将の御もとより御文あり。
「いかにぞ。昨夜の縫ひさし物は。腹まだ立ち出でずや。いと聞かまほしくこそ。さて笛忘れて来にけり。取りて賜へ。ただ今、内裏の御遊びに参るなり」とあり。
げにいとかうばしき笛あり。包みてやる。
「腹は、けしけらず。人もこそ聞け。かうな思し出でそ。いとよう笑みてなむあめる。笛奉る。これをさへ忘れたまひければ、

これもなほあだにぞ見ゆる笛竹の手なるるふしを忘ると思へば」
 
北の方はまだ怒ってるの?ところで部屋に笛を忘れたのだ。内裏で管弦があるのでもってきて。

大切な笛をお忘れになるのだから私の事もお忘れになるのでしょうね。と文付きで返されます。

とあれば、少将、いとほしと思ひて、
あだなりと思ひけるかな笛竹の千代も音たえむふしはあらじを

いとうしくなって
忘れるなんて思わないよ。竹でできた笛は千年の音を奏でるのだから。

そんなラブラブな二人を最大の危機が!!!
なほ帯刀に逢ひたると言ひなして。放ち据ゑたれば、かかるぞ。部屋に籠めたらむほどに男は思ひ忘れなむ。わが伯父なるが、ここに曹司して、典薬の助にて身貧しきが六十ばかりなる、さすがいたはしきに、かがみまはせて置きたらむ」と、夜一夜思ひ明すも、知らで、少将いとあはれにうち語らひて、明けぬれば、出でたまひぬ。

地下の男が出来て他の部屋へ監禁してしまおう、男もいずれ忘れるだろう。その後で色ボケの60じじいの典薬の助の女にすればい。と計画し始めます。

北の方落窪の文を三の君から手渡された文を使って阿漕の夫帯刀を女君の相手だと中納言に報告してしまいます。

この蔵人の少将の方なる帯刀といふは、この月ごろ、あこきに住むと聞き思ひつるは、はやう正身に立ちかかりにけり。文の返りごとを、痴れたる者にて、懐に入れてゐたりけるを、この少将の君の前に落したりければ、見つけたまひて、くはしき心つきたる君にて、『誰がぞ』と帯刀に問ひ責めたまひければ、かくまで、しかじかと申しければ、『いと清げなる相婿取りたまひてけりな。あな名立たし。人の見聞かむも、いといみじ。これな住ませたまひそ』と、いと恥づかしげに宣ひける」と、くはしく申したまひてければ、老いたまへるほどよりは爪弾きをいと力々しうしたまひて、「いといふかひなきことをもしたるかな。かくてをれば、皆人は子の数と知りたるに、六位といへど蔵人にだにあらず、地下の帯刀の、歳二十ばかり、丈は一寸ばかりなる、かかることはし出づべしや。さるべき受領あらば、知らず顔にて、くれてやらむとしつるものを」。北の方「そがいとくちをしきこと。おのが思ふやうは、あまねく人知らぬ先に、部屋に籠めて守らせむ。女思ひたれば、出であひなむず。さてほど過ぎて、ともかくもしたまへ」と申したまへば、「いとよかなり。ただ今追ひもて行きて、北の部屋に籠めてを、物なくれそ、しをり殺してよ」と、老いほけて物のおぼえぬままに宣へば、北の方、いとうれしと思ひて、衣高らかに引き上げて、落窪にいまして、つい居たまひて、「いといふかひなきわざをなむ、したまひたる。子どもの面伏せにとて、おとどのいみじく腹立ちたまひて、『こなたに、な住ませそ。とく籠め置きたれ。われ守らむ。ただ今追ひもて来』となむど宣へる。いざたまへ」と言ふに、女、あさましくわびしう悲しうて、ただ泣きに泣かれて、いかに聞きたまひたるならむ、いみじとは、おろかなり

北の方は女君が夫を持ちこの屋敷を出ていくと裁縫の出来る者がいなくなるのを惜しんで
中納言に[
落窪が帯刀を夫に通わせている。文をある。納屋に監禁してしまおう。」と助言します。
これを聞いた中納言相手が六位の地下の身分であるという理由で激昂!!!北の方にそそのかされて、「落窪を北の部屋に監禁せよ。食べ物のあたえるな!餓死させろ!」と中納言は大激怒

やった~~~と北の方
速攻女君を落窪から連れ出し干物や酢やら干してある北の納屋に女君を監禁。
阿漕は唖然~~~女君は訳もわからず、納屋で号泣

当時の結婚はあくまでも身分制度が鉄板で女性の家よりも男性の身分が低い場合は大変な不名誉でした。
貴族間は大変世界が狭くたちまち噂がひろがります
まあ落窪といわれた姫君をどれほど人数が知られているかは疑問ですが。
世間体とそれこそ中納言の不名誉な事実があればたとえわが子といえど容赦はありません。
名誉は命より重い時代でした。

阿漕は北の方に女君の持ち物をこれ以上略奪されないように調度品を隠し確保した後、三の君に女君を助ける前に屋敷を追い出されないようにと懇願し、成功すぐさま遣いをだして少将に現状を伝え、女君に伝言をたのまれる。

夜間納屋の戸越しに女君と阿漕は少将の伝言を伝え、なんとか冷静さを保ってもらいえるように落ち着かせます。
あふことのかたくなりぬと聞く宵はあさを待つべき心こそせね 少将

みじかしと人の心をうたがひしわが心こそまづは消えけれ 女君

ここで少将の怖さが
少将、ただ今もはひ入りて、北の方を打ち殺さばやと思ふ。

平安時代の貴族たちは意外と喧嘩っぱやいというかその度合いが半端なくえぐい。
普通に暴行やあげく相手を殺してしまう事があり、その相手が両家の子女でない限り闇に伏せられる。


教通(道長の息子)の従者を動員して藤原行成の叔母の家宅を襲う
藤原伊周・藤原隆家、花山法皇の童子を殺して首をとる。花山院を遅い矢を射る。
藤原道雅、敦明親王の従者を半殺しにする
花山法皇の皇女、路上の死骸となって犬に喰われる
民部掌侍、悪霊に憑かれて三条天皇を殴る
などなど
異常なほど狭い世界の中で身分制度と虚栄心、権力基盤、一極集中型の権力、
当時の食生活からくる情緒不安定要素かと。なんせ酒&米大量消費、野菜少な目、肉なし魚は干し物。
なので糖分・塩分とり過ぎによる精神不安定かな。あと運動不足もあるかも。

とにかく雅な世界も意外と過酷なようです。


阿漕は監禁された女君との連絡手段に三郎という義弟をそそのかして、強飯と少将の文を手渡します。
三郎君納屋に沓を忘れたと泣き出して潜入に成功女君に渡す。

いのちだにあらばと頼む逢ふことを絶えぬといふぞいと心憂き

 北の方、さすがに、日に一たび物食はせむ、物縫ひにより命は殺さじと思ひて、典薬の助を人間に呼びて、「かうかうなむ、しかじかのことあれば籠め置きたるを、さる心思ひたまへ」と語らひたまへば、いともいともうれし、いみじ、と思ひて、口は耳もとまで笑みまけてゐたり。「夜さり、かの居たる部屋のおはせ」など、契り頼めたまふに、人来れば、去りぬ。

さすがに餓死させると縫物させられないので殺さないように一日一食与えて兼ねてからの策略通り典薬の助を夜に忍びこむようにそそのかします。

そのうち三の君の婿蔵人の少将の笛袋を縫わせるとその褒美に櫛と箱を阿漕にもってこさせてほしいと頼むと。
もうどうにでもなると気がゆるんだのか了承し、その箱の下から少将への文を阿漕に渡す。この文は女君が針を使って書いたもの。少将の胸につきささります。

人知れず思ふころもいはでさは露とはかなく消えぬべきかな

さてうかれた典薬の助は阿漕の顔を見て自分が落窪の夫に北の方から指名されたから、阿漕を姫付きにしてやると言ってしまった夜這いが暴露される。阿漕は今日は物忌なのだめ!!と静止しようとするも。
さて女君の大ピンチ!!!
納屋は鍵がかかり逃げる場所もない。助けもこない。
夜になるにつれて女君は胸が苦しくなる。!!!やってきた典薬の助
そのすきを狙っていた阿漕、典薬の助がカギをかけていないすきに納屋に入る。
典薬の助に温石を手配させて、なんとか女君に耐えるように説得。結局その晩は阿漕を同席して夜を明かし貞操の危機は回避できた。
なんにも知らない北の方は女君と典薬の助が共寝したと喜んで後朝の文を交換することを了承する。
でも実はそれは少将あて。

少将の君の文見たまへば、「いかが。日の重なるままに、いみじくなむ。
君がうへ思ふやりつつなげくとは濡るる袖こそまづは知りけれ
いかにぢべき世にかあらむ」とあり。女、いとあはれと思ふこと限りなし。「思しやるだにさあんなり。
嘆くことひまなく落つる涙河うき身ながらもあるぞ悲しき」
と書きて、翁の文見むことのゆゆしうて、「あこき、返りごとせよ」と、書きつけて、さし出でたれば、ふと取りて立ちぬ。

いともいとも、いとほしく夜一夜なやみたまひけるをなむ、翁の物の悪しき心ちしはべる。あが君あが君、 典薬の助

典薬の助あては女君見る事すらせずに阿漕が代筆

枯れ果てて今は限りの老木にはいつかうれしき花は咲くべき 阿漕代筆


人知れず思ふころもいはでさは露とはかなく消えぬべきかな 女君

皆が祭りに外出すると阿漕は夜に典薬の助が入れないように外の戸の隙間に木を鋏み、女君は戸の前に大きな物を山積みにして戸をふさいで備えなす。


皆人々静まりぬる折に、典薬、鍵を取りて来て、さしたる戸あく。いかならむと胸つぶる。
鎖あけて遣戸あくるに、いと固ければ、立ち居ひろろぐほどに、あこき聞きて、少し遠隠れて、見立てるに、上下探れど、さしたるほどを探り当てず。「あやしあやし。戸、内にさしたるか。翁をかく苦しめたまふにこそありけれ。人も皆許したまへる身なれば、え逃れたまはじものを」と言へど、誰かはいらへむ。打ちたたき、押し引けど、内外につめてければ、揺ぎだにせず。今や今やと、夜更くるまで板の上に居て、冬の夜なれば、身もすくむ心ちす。そのころ、腹そこなひたる上に、衣いと薄し。板の冷え、のぼりて、腹ごほごほと鳴れば、翁、「あなさがな。冷えこそ過ぎにけれ」と言ふに、強ひてごほめきて、ひちひちと聞ゆるは、いかなるにかあらむと疑はし。かい探りて、出でやするとて、尻をかかへて、惑ひ出づる心ちに、鎖をついさして、鍵をば取りて往ぬ。

はぁ締め出されて寒空にお腹を壊してPI^^^^^^^^その夜も不発

さて次の夜は臨時の祭りで誰もいない。
でも北の方が典薬の助に鍵を渡してきたので、翌日も忍んでくる。
阿漕からその日は邸がほとんどからになると事前に聞いていた少将は帯刀に母の持ち物である空き邸の二条邸を住めるように事前に準備させます。

翌日中納言邸に少将たちは数名の随身と目立たない牛車を寝殿の北に付けて待機で邸に潜入して、女君のいる納屋に駆けつけ襲撃します。

帯刀を呼び入れたまひて、うちたてを二人してうち放ちて、遣戸の戸を引き放ちつれば、帯刀は出でぬ。
いともらうたげににて居るを、あはれにて、かき抱きて、車に乗りたまひぬ。
「あこきも乗れ」と宣ふ

納屋の戸を帯刀と少将が二人で壊して、少将だけ中に入り、ちょこんとかわいく座っている女君を愛おしそうに抱きしめ、お姫様だっこして牛車に乗り込む。
阿漕も乗れ!と言われると、阿漕は女君と典薬の助がまったくなにもなかった証拠に文をわかるように残して邸を出る。

なんにも知らない北の方たちが祭りから帰ってくる。
邸は荒れ放題~~~???留守の者も少なかったために誰がなにをしたのかもわからない。??????
女君と阿漕がいない。盗人呼ばわり、典薬の助からも事情を聞くも腹立たしく、さらに三郎まで母を説教する。

女君は無事に二条邸で安心して二人共寝。
阿漕も晴れやかでこの屋敷の使用人筆頭となり、名も衛門と改められる。
女君は邸でも出来事を話さず、少将はいままでの話を阿漕から詳しく聞き、さらに復讐を考えながらそれを実行していく。

で少将の復讐が始まる。
これがなかり手が込んでいてこわっ!!!


まずは
少将の君、殿におはしたれば、かの中納言殿の四の君のこと言ふ人出で来て、「ものけたまはる。かのこと、一日も宣へりき。『年返らぬ先にしてむと思ふやうなむある。御文聞えて』と、いみじく責めはべり」と言へば、殿の北の方「さかさまにも言ふなるかな。強ひてかう言ふことを、聞きてよかし。人のために、はしたなきやうなり。今までひとりある、見苦し」と宣へば、少将「さ思はば、早うて取りてよかし。文は今やらむ。今様はことに文通はし、さても、しつなり」とて、笑みて立ちたまひぬ

実家にいた少将が母親に中納言家から四の君への文をと催促がきている。普通は男から文を渡すものなのにえらく催促して急いでいるのね。どうするのか?いままだ一人者だというのも恥ずかしいのに。とお小言いわれると。「ならすぐに婿にすればいい。いまどきは文さえ交換せずに婿になるといいますよ」と笑った。

二条に戻ると男君は自分と偽って四の君に違う男を結婚させますといい、女君はそんな事は宜しくないわ。いやならお断りすればよいでわありませんか。とたしなめる。「お心がお優しい。憎いなどとおいいにならないのが。心おきなく出来る。」と去られる。

さて二条邸も人が少ないので衛門が叔母にいろいろ頼み女房を揃え始める。そのうち女房から下女、雑色にいたるまでとても良い奉公先があると評判になり、良い使用人が集まり始めた。

男君の母にも二条に妻を持ったと話を聞いて少将に

少将の君の母北の方、「二条殿に人据ゑたりと聞くは、まことか。さらば、中納言には、よかなりとは宣ふか。」
少将「御消息聞えてと思うたまへしかど、人も住みたまはぬうちに、ただしばしと思うたまへてなむ。
問はせたまへ。中納言は、中にもさ言ふと聞きはべりしかば。をのこは、一人にてやは侍る。うち語らひて侍れかし」と笑ひたまへば、
北の方「いで、あな憎。人あまた持たるは嘆き負ふなり、身も苦しげなり。な物したまひそ。その据ゑたまへらむに思しつかば、さてやみたまひね。今とぶらひきこえむ」とて、のちは、をかしき物奉りたまひて、聞えかはしたまふ。

「この人、よげに物したまふめり。御文書き、手つき、いとをかしかめり。誰がむすめぞ。これにて定まりたまひね。女子持たれば、人の思さむことも、いとほしう、心苦しうなむおぼゆる」と、
少将に申したまへば、ほほゑみたまひて、「これも、よも忘れはべらじ。またもゆかしうはべり」と申したまへば、
「いかでか。かしからず。さらに思ひきこゆまじき御心なめり」と笑ひたまふ。御心なむ、いとよく、かたりも美しうおはしましける。
 かくて、月立ちて、「あさてなむ。さは知りたまへりや」と、いとほしく思したれば、「かくなむ」と申せば、「よかなり。参らむ」と、いらへたまひて、心の内には、いとをかし。

母の北の方が二条の女君に好感触
四の君の話をなぜ受けるの二条の方はよさそうな方よ。この方に決めなさい(北の方)この方一筋になさい。私も娘を持つ身ですからご両親も心配されているでしょう。多く妻がいるのは世の禍もまねきますよ。あなたが苦しむのです。
ととても良いお母様。
少将は胸の内を隠して「この方も大切。でもほかの人もほしいのです」母は笑いながらあきれています。

さて少将が何をたくらもうとしているのか?
治部卿の太郎君で兵部の少輔に四の君の婿に決めます。
この人別名「面白の駒」といわれ、顔が馬そっくりでそのため仲間内からいじめにあっていました。
最近では出仕もせずに邸に籠りっきり。
そんな相手に自分と偽って中納言家へ入り四の君の婿として三日間通いなさい。
そのうち四の君も打ち解けて夫婦になれますよ。とそそのかします。兵部の少輔これにのっかます。

恐ろし計画を練り始め少将二条邸に戻ります。


二条におはしたれば、雪の降るを見出だして、火桶に押しかかりて、灰まさぐりて居たまへる、居とをかしければ、向ひ居たまへるに、
    はかなくて消えなましかば思ふとも
と書くを、あはれに見たまふ。まことにと思して、男君、
    いはでをこひに身はこがれまし
とて、やがて、また男君、
    埋火のいきてうれしと思ふにはわがふところにいだきてぞ寝る
とて、かきいだきて臥したまひぬ。女君「いとをかしきことなり」とて笑ひたまふ。

いい雰囲気の二人
雪降る中、装束に包まれ火鉢で暖をとり灰をもてあそんでいる女君の傍男君がきて二人で雪を見ている。
すると女君が灰の中で
あの時命が途絶えてしまっていたら・・・・・と上の句を描きます。
男君微笑んで本当に

声に出さず恋の炎に身を焦がし、思い焦がれるでしょう。

と書きつかさず
埋み火がいけてあるように生きて嬉しいとわが懐に抱いて寝るよ。

女君が「火を懐に入れるなんて・・・・・危ない方ね」とクスクス笑う。


さて中納言家では兵部の少輔が四に君の部屋へ夜更けに通ってくる。
すっかり少将が三日間通っていると思いこんでいるが実は面白の駒、これが披露宴で暴露され、招待客の大爆笑を誘います。
中納言家は大赤っ恥
四の君はふさぎ込み、しかし中納言はこの世間から馬鹿にされている男に逃げられたと言われないためにそのまま通わせるとすぐに四の君が妊娠してしまいます。
たださすがに兵部の少輔もいたたまれないのかそのうち足がとおのき、三の君の婿蔵人の少将も合婿している理由で殿上人にからかわれているので、自然と中納言邸には足が遠のきます。

大将殿よりは、「少将の君の御装束、今は疾くしたまへ。ここには、内裏の御事に暇なくなむ」とて、よき絹、糸、綾、茜、蘇枋、紅など多く奉りたまへれば、もとよりよくしたてまつりけることなれば、いそがせたまふ。さて、少将の君に付きたてまつりて右馬の允になりたる田舎の人の徳ある、絹五十参らせたれば、人々にさまざま賜はす。衛門、取り配りし掟つるにも、めやすく見ゆ

さて正月にむけて装束の用意が行われますが、少将の実家では姉の女御の用意と重な、少将の装束所ではありません。
女君に装束の手配を頼み、手の込んだ生地や糸など必要な品を渡します。

あな美し。いとよくしたまふ人にこそ物したまひけれ。内裏の御方などの御大事あらむには、聞えつべかめり。針目などの、いと思ふやうにあり」と、誉めたまふ。

すると大変すぐれた装束が出来、母も大変な褒め方で今度女御の大事な時に必要な時にはぜひ頼みたい針目なんか見事と懇願されます。

さて中納言家では唯一の頼みの三の君の婿、蔵人の少将からも装束が悪いとお小言を言わ頼みの婿にもさられそうな勢い。
実は三の君を愛しているわけでなく装束の美しさと皆がちやほやされるだけで通っていただけでした。
そんな時に右大将家の中の君に蔵人の少将から文が届きます。
母は男君にどんな方か?と問うと、見込みがありますよ彼はと。婿に推薦します。
当然嫌がらせですがね。左大将家の婿の準備を始めます。

正月つごもりに、よき日ありけるに、物詣でする人ぞよかなる、とて、三、四の君、北の方などして、車一つして忍びて清水に詣づ。折りしもそこあれ、三位の中将の北の方、男君も詣でたまふに、中納言殿の車は疾く詣でたまひければ、先立ちゆく。忍びたりとて、ことに御前もなし。かいすみたり。中納言殿は、男女おはしければ、御前いと多くて、先追ひ散らして、いと猛にて詣でたまふ。先なる車は後早に越されて、人々わびにたり。

なにかと不運続きの中納言家、北の方は清水寺へ厄落としの参詣を思いつきます。
時悪く中納言が大きい牛車を使用中で、定員オーバーで通りを走らせていました。
すると車が遅く渋滞が出来てしまいます


割松の透影に、人のあまた乗りたればにやあらむ、牛苦しげにて、えのぼらねば、後の御車ども、せかれて留まりがちなれば、雑色どもむつかる。中将の、人を呼びて、「誰か車ぞ」と問はすれば、「中納言殿の北の方の、忍びて詣でたまへる」と言ふに、中将、うれしく詣であひにけりと、したにはをかしくおぼえて、「をのこども『先なる車、疾くやれ』と言へ。さるまじうは、かたはらに引きやらせよ」と宣へば、御前の人々「牛弱げにはべらば、え先にのぼりはべらじ。かたはらに引きやりて、この御車を過ぐせ」と言へば、中将「牛弱くは、面白の駒にかけたまへ」と宣ふ声、いとあいぎやうづきてよしあり。
車にほの聞きて、「あなわびし。誰ならむ」と、わびまどふ。なほ、先に立ちてやれば、中将殿の人々「え引きやらぬ、なぞ」とて、手礫を投ぐれば、中納言殿の人々、腹立ちて、「ことと言へば大将殿ばらのやうに。中納言殿の御車ぞ。早う打てかし」と言ふに、この御供の雑色ども「中納言殿にも、おづる人あらむ」とて、手礫を雨の降るやうに車に投げかけて、かた様に集まりて押しやりつ。御車ども先立ちて、御前よりはじめて、人いと多くて、打ちあふべくもあらねば、方輪を堀におしつめられて、物も言はである。「なかなか無徳なるわざかな」と、いらへしたるをのこども、言ふ。乗りたる北の方をはじめて、ねたがりまどひて、「誰が詣でたまふぞ」と言へば、「左大将殿の三位の中将殿の詣でたまふなり。ただ今の一の人にて、悪しくいらへたなり」と言ふを聞くに、北の方「何の仇にて、とにかくに恥を見せたまふらむ。この兵部の少輔のことも、これがしたるぞかし。おいらかに『いな』と言はましかば、さてもやみなまし。よそ人も、かくかたきのやうなる人こそありけれ。何者ならむ」とて、北の方手をもみたまふ。
 いと深き堀にて、とみにえ引き上げて、とかく持て騒ぐほどに、輪すこし折れぬ。いみじきわざかなとて、になひあげて、縄求めて来て、結ひなどして、「覆らむやは」とて、やうやうのぼる。中将殿の御車どもは、梯殿に引き立てて、無期に立ちたまへるに、やや久しうありて、からうじてよろぼひ来ぬ。いとたけかりつる輪、折れにけり。やがて、また笑ふ。

三位の中大将になっていた男君加えて右大将の長男です。中納言家の北の方など相手になりません。加えてそれぞれの随身がけんかっ早く大騒動に、北の方の車が折りまがり大惨事に!!!

中将いいきみ~~~~北の方の車は大延着ついでに北の方が抑えていた寺院の局の部屋を先回りして自分の部屋にしてしまいます。
ようやく局に着いた北の方達、自分の部屋がないことを僧に告げられ仕方なく車で一晩寝て過ごします。

小舎人童を呼びて、「かの車の口に寄りて、『懲りぬや』と言ひて来」と宣ひて、ただ寄りに寄りて、かく言へば、「誰が宣ふぞ」と言ふ。ただ「かの御車より」と言ふに、「さればよ。なほ思ふことありてするにこそありけれ」と、ささめき、あやしがりて、北の方の、「まだし」と言ひ出だしたりければ、童「かくなむ」と申せば、「さがな者、ねたういらへたなり。かくておはすとも知らじかし」と笑ひたまひて、「まだ死にせぬ御身なれば、またも見たまはむ」と言はせたれば、北の方、「いらへなせそ。めざまし」と制せられて、せさせねば、帰りたまひぬ。

男君ことぞとばかり「懲りたか」と北の方に伝言、北の方「まだまだ」と言い返す。
男君「まだまだ死なないな」・・・・たはたで聞いている女君は男君にお説教でも男君は聞くや聞かずで信念を曲げません。

北の方もう気付けよ。
あんた暗がりでも男君見てんだから、貴公子だったでしょ。こんだけ嫌がらせされていたらもうその人しかいないでしょ!!!
ってつっこみ所満載です。

で蔵人の少将も中納言家から去り、左大将家の婿に!すると義母から少将への裁縫が女君へ依頼が。

着る人のかはらぬ身には唐衣たちはなれにしをりぞ忘れぬ
中納言家で縫っていた昔を思いながら同じ方の装束を縫う不思議

大殿の北の方、限りなく喜びたまふ。中将も、いと思ふやうにしつと思ひたまふ。さて、少将に会ひて、「いと恐ろしき人持たまへりと、おぢきこえたまへしかど、間近くて聞え語らはむの本意ありてなむ、しひてそそのかしきこえたるを、わりなくとも、ゆめ、もと一つに思すな」と聞えたまへば、少将「あなゆゆし。よし、聞きたまへ。文をだに物しはべりてむや。御用意ありと承りしよりなむ、限りなく頼みきこえし」と宣ひて、げに顧みもしたまふべくもあらず。覚えも、女君も、こよなくまさりたれば、何しにかは通はむ。かかるままに、北の方、焦られ惑ひて、物もやすく食はでなむ嘆きける。

披露宴で二人の男、中将は蔵人の少将の変わらぬ妹への愛と中納言家への絶持ち掛け、いまときめく左大将家の長男の希望即OKしてしまいます。

元々いい気にさせてくれるだけで通ってましたから一言返事で絶縁宣言

中納言家は大打撃


中将殿に、よき若人ども参り集まりたる、いたはりたまふと聞きて、かの中納言殿の少納言、かく落窪の君とも知らで、弁の君が引きにて参り、女君見たまふ。少納言なれば、あはれにをかしうて、衛門を出だして、「こと人かとこそ思ひつれ。昔はさらに忘れずながら、つつましきことのみ多くて、えかくなむとも物せで、おぼつかなく思ひつるに、いとうれしくもあるかな。早うこなたに物したまへ」と言はせたれば少納言あさましくなりて、扇さし隠したりつるも、うち置きて、ゐざり出づる心ちもたがひて、「いかなることぞ。誰か宣ふぞ」と言へば、「ただ、かくてさぶらふに、思し出でよ。その世には落窪の御方と聞えしよ。わたくしにも、いとこそうれしけれ。昔見たてまつりし人は、一人もいなくて、変りたる心ちのしはべりけるに」と言へば、少納言「いで、あなうれしや。わが君のおはしますにこそありけれ。よに忘れず恋しくのみおぼえさせたまへるに、仏の導きたまへるにこそありけれ」と喜びながら、御前に参りたり。見るに、かの部屋に居たまへりしほど、まづ思ひ出でらる。君は、まづ、ねびまさりて、いとめれたうて居たまへれば、いみじくさいはひおはしけると、おぼゆ。そよそよとさうぞき、汗衫着たる人、いと若う清げなる、十余人ばかり物語して、いとなまめかしげなり。「いと疾く御前許されたまふ人、いかならむ」「われらこそ、さもなかりしか」と、うらやみあへれば、「さかし。こは、さるべき人ぞかし」と笑ひたまふ様も、いとをかしげなり。かかれば、父母の立ち居かしづきたまひし御はらからどもには、こよなくまさりたまへるぞかしと、人の聞くほどは、うれしきよしを言ひて、人立ちぬるほどには、少納言、中納言殿の物語を、くはしくす。かの典薬がいらへしこと語れば、衛門もいみじく笑ふ。「北の方、このたびの御婿取りの恥ぢがましきことと、腹立ちたまふ。宿世にやおはしけむ、いつしかとやうに孕みたまへれば、心ちよげに見えたまふかし。北の方も思ひまつはれてなむ、いみじう誉めたまふめるものを。鼻こそ中にをかしげにてあるとこそ、言はるめれ」と宣へば、少納言「嘲弄し聞えさせたまへるなり。御鼻なむ、中にすぐれて見苦しうおはする。鼻うち仰ぎ、いららぎて、穴の大きなることは、左右に対建て、寝殿も造りつべく」など言へば、「いといみじきことかな。げに、いかにいみじうおぼえたまふらむ」など語らひたまふほどに、

そんな折中納言家にいた少納言は二条邸の噂を聞き弁の君という仲介を経て二条邸へ女房として参上します。
簾越しで少納言とわかった女君驚いて嬉しくなり。
「まああなたなのね。いろいろ事情がありここにいますとお便りできませんでした。お逢いできてうれしい。さあこちらへきてください」
少納言が??どなた??と手にした扇も落としてにじりよります。
と衛門も出てきて「私がいるのでおさっしください。あの落窪の君といわれた方ですよ。お逢いできて私も嬉しいここに気安い方がいないので嬉しいわ」と「なんと私のお仕えする方はこちらにおられましたか。仏様のおみちびきです。」
部屋に入ると大変美しい女房や汗衫を着た童女が清らかにいて、そこに大変美しく優美な女君がおいでになる。少納言はああこうなるべきの方だ。と納得している。周りの女房達は理由をしらないので「こんなに早くお顔を拝見出来るなんて、私たちの時は・・・」とやきもちをやき、女君は「そうよ。そうすげき方なの。」と御笑いになる。
さて少納言は逃走した後の中納言家の話をして三人笑い合う。



中将の君、内裏より、いといたう酔ひて、まかでたまへり。いと赤らかに清げにておはす。「御遊びに召されて、これかれに強ひられつるに、いとこそ苦しかりつれ。文仕うまつりて、御衣かづきはべり」とて、持ておはしたり。聴色の、いみじく香ばしきを、「女にうちかづけたてまつる」とて、女君にうち掛けたまへば、「何の禄ならむ」とて笑ひたまふ。少納言を見つけて、「これは、かのわたりに見えし人にはあらずや」、「さなめり」、「いかで参りつるぞ。交野の少将の、艶になまめかしかりこと、残りいかで聞きはべらむ」と宣へば、少納言、言ひしこと忘れて、何事ならむ、あやし、と思ひて、かしこまり居たり。「いと苦し。臥したらむ」とて、御帳の内にニ所ながら入りたまひぬ。少納言、めでたく清げにおはしける君かな、いみじく言ひきこえたまへるにこそあめれ、さいはひある人は、めでたきものなりけり、と思ひゐたり。

夜はんに中将が酔っておかえりになる。
肩には帝から賜った御衣を下げて「宴で遊びがあってずいぶん飲まされたよ。ずいぶん苦しい」衣は許し色で大変美しい物でした。
女君に「女君に授けよう」と打ちかけると女君「どういうご褒美ですか?」と御笑いになる。
中将、少納言に気ついて「これはあの時の女房だね、交野の少将の話の続きを教えてくださいな。」と言われて少納言はぽか~~~んそんな事覚えていません。「中将はあぁ苦しい寝ましょう」と女君を誘い寝室へ。
しかし中将様は美男子だわ。本当に幸せでおなりになったのね。めでたいことです。とお思いです。

武蔵国「衣紋道への道 第九段」

前日にいつものように天王寺から一路武蔵国へ夜行バス
このおかげで前回のフランス旅行の12時間フライトが意外と楽だった!!

仕事を終えて天王寺で用事を済ませて今回はまだ時間があったのでネットカフェでお茶
割引クーポンもあったので、フリードリンク飲みまくりで久しぶりになつかしい漫画を読みまくって。

「あさきゆめみし大和和紀」「とりかえばや さいとうちほ 」「火宵の月これは鎌倉時代陰陽師の御話」昔がみやびやかな歴史ものに~~~~と思って物語として読んでいたが、有職故実をかじりはじめると・・・冠して髪の毛はそのまま伸ばしたまま描いているし・・源氏が水干着ているし、狩衣なのに石帯してるし。殿上しているのに童は水干だし・・・・・・・あなたの事を「ぬし」とか。このあたりだと「あが君」だと思うけど。まぁ言葉より装束のとんでもない描き方に・・・・・・・
細かい所ももっとあるけど・・・・・。あえて記述しない。
まあ・・・・・陰陽師は黒田さんところがほめていたのでかなり正確に描いているよう。


ではしばし関西を離れて

7時に新宿到着朝の身支度をしてからいつもの果実園新宿リーベル店へ。朝のモーニングもうド鉄板のコース。
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フレンチトースト

でいつもの事前お勉強
ってか早く装束手にしないと家で練習が出来ないよ!!!
不器用さがたまに傷知識が出来てもだめ~~~~~。

今日は浅草久々の行列「亀十」と浅草寺の北側にある「千葉や」で切芋GET
そしてパンのペリカンで予約済みの食パンGET!バターにはパンデしょ!!美味しいパンでしょ。
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三越本店へ予約の升本で弁当GET屋上でいただきます。
おやつつき~~~!
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もう季節は夏
さつきと紫陽花と菖蒲がきれいにさいていました。


さて待賢殿へ。
みっちり5時間このために来ているのだからしっかり勉強しないとね!!!
今回は比較的ましに仕上がってる。
でもまだあと一。二頑張り必要!!
まだまだ遠い衣紋道の道

なせばなる
なさねばなるぬ何事も
ならぬは人のなさぬなりける。


BY上杉鷹山

そして東京駅からいつもの夜行バスで!!いざ関西へ。



落窪物語

源氏物語よりも前枕草子にも記述ある鉄板ネタの「継子いじめ物語」がこの落窪物語です。

「落窪物語」

長いのでクライマっクス以外は要約で解説します。

ある中納言には娘が沢山いた。
大君、二の君はすでに婿取りを西東の対に住まわせて、三の君、四の君が、そのほかに時々通っていた天皇の娘との間に生まれた姫君が母を亡くしてこの屋敷の一番窪んだ二間に住まわせていました。
北の方(正妻)はこの高貴な生まれの姫君がうとわしくて御方、姫君など呼ばせずにそうかといって召使の名で呼ぶことも夫の手前できずにただ「落窪の君」と呼ばせていました。
中納言は北の方のいいなりでめったにこの姫君に会おうとしません。
彼女にはたのみになる乳母さえいずに、母の元で仕えていた童女の後身と呼ばれていた召使の女の子がいるだけでした。
そんな境遇に合い、早く死んでしまいたいとうつろな毎日を過ごしている慰めに箏の琴を弾いていると大変上手で、北の方は三郎君に教えるように言いつけ時々教えていました。
また慰めにお裁縫もつれずれにされるとたいそう上手で、北の方はならと三の君の裳着の衣装、婿の装束の裁縫を続続に言いつけます。
そのうち童女も三の君に仕えさせ姫君から取り上げてしまいます。
後身は名を改めて阿漕として女房に昇格しますが、本人は姫君に仕えたいので姫君の部屋に近い部屋で陰ながら姫君を支援しています。

この阿漕が右近の少将の乳母子で、小帯刀という彼氏ができ無事に夫になります。
するとこの阿漕から不幸な姫君の話が主人の右近の少将の耳に入ります。

少将耳とまりて、静かなる人間に、こまかに語らせて「あはれ、いかに思ふらむ。さるは、わかうどほり腹ななりかし。われに、かれ、みそかに逢はせよ」と宣へば
少将の言いようは
「可哀そうに天皇さんの血筋か。なら我に隠してあわせよ」

完全物珍しさですね。わざわざ人の気配のない時に小帯刀に姫君の様子を聞き出して、秘密に会わせろ!って言ってます。
いかにも遊び人風ないいようです。
気に入らなければなかったことにするし、相手の親に知られたら面倒だってとこでしょう。


少将は右大将の長男で独身の貴公子「名うてのプレーボーイ」でした。
おそらくは一晩や二晩のアバンチュールは数数してきたけれど、正式な結婚をした相手はいない。
当時の結婚は男性が女性の家を3日間連続で通って初めて成立します。その三日目の夜に餅を食べてところあらわしという披露宴を行い成立します。


小帯刀は主人の要望も無視できず、この話を妻阿漕に話すも「少将はプレーボーイでしょ!!」と一喝されて、まあ様子を見ようとします。

少将はやはり姫君の事が気になるのか小帯刀をせっつかさせます。

さればこそ、入れに入れよとは言へ。婿取らるるも、いとはしたなき心ちすべし。らうたうなほおぼえば、ここに迎へてむ」と、「さらずは、あなかまとても止みなむかし」と宣へば、「そのほどの御定め、よく承りてなむ、仕うまつるべかめる」と言へば、少将、「見てこそは定むべかなれ。そらにはいかでかは。まめやかには、なほたばかれ。よにふとは忘れじ」と宣へば、帯刀「『ふと』ぞ、あぢきなき文字ななる」と申せば、君うち笑ひたまひて、「『長く』と言はむとしつるを、言ひたがへられぬるぞや」など、うち笑ひたまひて、「これを」とて御文賜へば、

気にはなるけど深入りしたくない。
気にいったらこの屋敷に迎えるよ。まずは当人の顔を見てからね。と遊び人丸出しの少将


少将は文を何度も送るも姫君は困惑と北の方からの報復で返歌する気さえ起こりません。

そんな時に中納言家が石山寺詣でに外出します。勿論姫君は置いてけぼり、阿漕も物の障りとうそをついて外出を断ります。
そんな阿漕の元に小帯刀が共寝していた時に小雨の夜少将が牛車に乗ってやってきます。
急いで小帯刀が少将の元にきて

まづ、かいまみせさせよ」と宣へば、「しばし。心おとりもぞせさせたまふ。
物忌の姫君のやうならば」と聞ゆれば、「笠も取りあへで、袖をかづきて帰るばかり」と笑ひたまふ。

まずは垣間見させろ!
「ブスだったらどうするのか?」小帯刀の言葉に「傘もささずに袖をあてて帰るよん」と笑ってます。
まだまだ軽いのりの少将です。

邸に人の出入りが少なくなり、超ラッキーとばかり少将は小帯刀を連れてむりやり垣間見させます。
落窪に女二人、阿漕はわかったが、姫君の顔が見えない。


君出でたまへれば、「いかが。御送り仕うまつるべき。御笠は」と言へば、「妻を思へば、いたく方びく」と笑ひたまふ。
垣間見が終わったと思い、小帯刀は「帰りますか?傘は??」とブスだったんでしょとジョークで少将はいまさら帰れるか!って感じで笑い。

心のうちには、衣どもぞ萎えためる、恥づかしと思はむものぞと思ほしけれど、「はや、その人呼び出でて寝よ」と宣へば
で!!めちゃ気にいり、しまいには小帯刀に阿漕と共寝しろ!と追い出し作戦慣行

女君、なほ寝入らねば、琴を臥しながらまさぐりて、
    なべて世の憂くなる時は身隠さむいはほの中の住みか求めて
と言ひて、たみに寝入るまじければ、また人はなしと思ひて、格子を木の端にていとよう放ちて、押し上げて入りぬるに、いと恐ろしくて起き上がるほどに、ふと寄りてとらへたまふ

姫君は琴を慰めにひきながら憐れな境遇を和歌に詠んでなかなか寝付けない。すると寝るまで我慢できなくなった少将が無理やり押し入ったよ。

この異変に阿漕が気つくも小帯刀に羽交い絞めにされて身動きできない。

少将、とらへながら装束ときて臥したまひぬ。
女、恐ろしう、わびしくて、わななきたまひて泣く。
少将「いと心憂く思したるに、世の中のあはれなることも聞えむ、巌の中求めて奉らむ、とてこそ」と宣へば、誰ならむと思ふよりも、衣どものいとあやしう、袴いとわろび過ぎたる思ふに、ただ今も死ぬるものにもがなと泣くさま、いといみじげなるけしきなれば、わづらはしくおぼえて、物も言はで臥いたり。


姫君を押し倒して自分は服を脱ぎ始め、姫君の方は姫君で自分は誰に襲われているのかという恐怖より、身なりのみすぼらしさに泣いている。
少将はそれはそうだろうなと思いつつ、慰みの言葉ほどほどに「めんどくさ」と思って姫君を押し倒て情交してしまう

で初夜

あこきが臥したる所も近ければ、泣いたまふ声もほのかに聞ゆれば、さればよと思ひて
姫君のすすり泣く声で夫と少将の悪だくみにきずき、罵るも事の後だし後は姫君に恨まれるのではとそればかり気になる。

二人の悪巧みを知り夫を罵る。
今も昔も初めての夜はきちんと身なりに雰囲気、様子を整えてからというのが周りのの役目それが出来ないので姫君の面目はまるつぶれ!

疑問何故姫君の涙が「着ている着物がみすぼらしい」と思われるので号泣しているのか?ってか相手は誰!!って事が大事じゃないですか?強姦まがいですよ
とお思いの方、まず文が届いている段階で相手は検討がつく時代+近寄った時の芳香で大抵の家柄の人物がわかる時代です。

当時の貴族男子は香を焚きこめていて、高級な香木を使用している=上流階級の貴族か見当がつきます。

なので姫君の悩みは貴公子に自分のみすぼらしい身なりを見られた恥が優先されています。
当然事の後は少将は必死に弁明します。

 男君、「いとかうしもおぼいたるは、いかなるにか。人数にはあらねど、また、かうまでは嘆いたまふほどにはあらずとおぼゆる。たびたびの御文、見つとだに宣はざりしに、便なきことと見て、さ聞えでもあらばやと思ひしかども、聞えそめたてまつりてのち、いとあはれにおぼえたまひしかば。かく憎まれたてまつるべき宿世のあるなりけりと思うたまへらるれば、憂きも憂からずのみなむ」とかい抱きたてまつりて、臥したまへれば、女死ぬべき心ちしたまふ。単衣はなく、袴一つ着て、所々あらはに、身につきたるを思ふに、いといみじくとはおろかなり。涙よりも汗にしとどなり。男君も、そのけしきを、ふと見たまひて、いとほしうあはれに思ほす。よろづ多く宣へど、御いらへあるべくおぼえず、恥づかしきに、あこきを、いとつらしと思ふ。

少将の言葉でセレブリティー感どっとでています。「そんなに嘆く相手でもない私だと思うけど。何度も文を送っても返事も読んだともくれない」とおそらくは今までこんなに自分と関係を持って憂いられた事がなかったんでしょうね。
姫君を抱きしめて寝倒す。
姫君はひたすら恥ずかしくて阿漕なんでいてくれへんの!!!と嘆いている。

君がかくなきあかすだに悲しきにいとうらめしき鶏の声かな 
と詠うと

ようやく
人ごころ憂きには鶏にたぐへつつなくよりほかの声は聞かせじ
返歌
いとらうたければ、少将の君、なほざりに思ひしを、まめやかに思ひたまふ。

その歌と様子がいじらしく可愛らしく感じてすっかり気にいってしまった様子です。

ひとまず安心

どうしても現在の私たちは平安時代の男女間の性生活には違和感を持ってしまいます。
当時は仏教と儒教の考え方が大きく影響して女性は「穢れ・煩悩の元凶」している。
つまり強姦も容認されるという考えと当時の女性が積極的に性を求めるという考えはほぼないので、いやよいやよもいいのうち。

強姦という行為は少なくとも貴族間ではなかったようです。

3日間は朝があけぬうちに帰るのが決まり事後ろ髪をひかれる気持ちで少将は落窪をあとにします。

少将起きたまふに、女の衣を引き着せたまふに、単もなくて、いとつめたければ、単を脱ぎすべして起きて出でたまふ。女君、いと恥づかしきこと限りなし。

姫君の姿が可哀そうになったのか自分の下着単を姫君にかけてあげます。
これって姫君もわたさないといけないんですが、その単もない。
しかもこの行為相手が返せないと遊女相手に寝た行為と同じになるのでひどく恥ずかしいと思ったわけです。

後朝の文がそうそうに小帯刀を通じて阿漕にもたらせて、姫君に後ろめたい気持ちがあるものの、もっていかざるをえないので、あれこれ姫君に弁明します。最後に姫君もこんな姿を少将様に見られて恥ずかしいとなかなか横になってしまい文所ではありません。

この後朝の文届くのが早いほど気にいったという証になります。少将はそうそうに小帯刀に持たせたので明日も行く気満々です。

なんとか阿漕は姫君に自分も協力者でない事を必死で訴えて姫君の婿取りを応援悪戦苦闘します。
姫君も後朝の文を返さないといけない決まりですが、ひどく気落ちして臥してそれどころではありません。
姫君の髪をといたり、自分の新しい袴を貸したり。夫に少将への弁明を伝言したりと
お金持ちのおばに頼んで几帳やら調度品を急遽借りて少将がくる二晩目にそなえます。

几帳を整えていた所に少将登場

君おはしたれば、入れたてまつりぬ。女、臥したるが、うたておぼゆれば、起くれば、「苦しうおぼえたまはむに、何か起きたまふや」とて、とく臥したまひぬ。今宵は時々御いらへしたまふ。いと世になう、あるまじうおぼえたまひて、よろづに語らひたまふほどに、夜も明けぬ

少将が訪問したので姫君は起きようとしたけれど。
「苦しくなったのだから。そのまま」といって女君によりそい共寝します。
なかなか雰囲気のよい二晩目、姫君もある程度身ぎれいになったので安心して時々少将に返事をして情交をしました。
そんな二晩目ですぐに夜が明けてしまったけど、雨が降っていたし姫君の所を離れがたくて朝になっても落窪にいました。
日が昇るまでいると手洗いと粥を婿に差し出すのがならわしなのですが、姫君の所にはそういうのはなくて、阿漕が政所に行ってなんだかんだいい台所女に食べ物を分けてもらいます。
差し出された少将も姫君もそんな世間並みのおもてなしに不思議だとかどうなってるのか?とあやしと思ってます。
二晩目も成功ですね。
あとは最後の夜三夜目

今宵餅いかで参るわざもがなと思ふに、
三日目の晩に二人で餅を食べる風習がありました。そして披露宴です。阿漕はせめて三日餅の用意をしてもらうためにまた叔母に餅を頼みます。おばは餅の他にもいろいろもたせて雨の中中納言邸へ遣いを送ります。

さて三日目の晩はかなりひどい雨になり、こうなると貴人も外出は出来ません。当時の牛車は防雨対策がありませんから中もびしょぬれです。

世にふるを憂き身と思ふわが袖の濡れはじめける宵の雨かな
小帯刀が阿漕に怒られるのも怖いし少将のせいではないからと中納言邸へ行こうとします。
すると少将も徒歩でいくといいだし。豪雨の中大冒険が始まります。

大雨でずぶぬれしかも途中で検非違使に盗人に間違われて、牛の〇の上に正座させられるし踏んだりけったり。
でも二人なのとか中納言邸へ到着。

女臥したまへる所に寄りたまひて、「かくばかりあはれにて来たりとて、ふとかき抱きたまはばこそあらめ」とて、かいさぐりたまふに、袖の少し濡れたるを、男君、来ざりつるを思ひけるも、あはれにて、
    なにごとを思へるさまの袖ならむ
と宣へば、女君、
    身を知る雨のしづくなるべし
と宣へば、「今宵は、身を知るならば、いとかばかりにこそ」とて臥したまひぬ

姫君の部屋にゆき、暗がりの所で「こんな夜によくきてくださったと、抱いてくだされば」と手をまさぐると袖の端が少し濡れている。
私がこないと思って泣いたのかと思うとぐっときて

何を思って袖を濡らしているのですか?と上の句を詠むと

愛しい人がこないと知っている自分のこの雨が濡らしたのでしょう・と下の句を詠む。

少将は「今宵私がきたんですから、どんなにか思われているかおわかりになったでしょう。」と返し共寝しました。

まだ明けきらぬ夜に阿漕が二人を無理やり起こします。
三日目餅の儀式を行います。
阿漕が硯の蓋に乗った餅を夫が三つ餅妻は夫のいう数だけを食い切らずにたべるのが作法。
これで晴れて二人は夫婦になりました。
普通は床顕という披露宴があるのですが、まだ秘密の関係ですからありません。
まだ眠い二人は眠ってしまい。
阿漕が奮闘して御粥を出したりてんわわんやしてるそのまま少将は中納言邸で過ごしていると中納言一家帰宅!!!
しかも旅先で購入した鏡を入れる箱を姫君の母親の箱を貸してくれと部屋へやってきます。
少将は几帳の後ろで衣をかぶって隠れて姫君はばれないようにその後ろにいます。
姫君はあっさり箱を渡し、北の方は部屋の様子をいぶかしげに思いましたが、箱を手に入れてそれ以上詮索するのをやめます。
少将の存在にきずきません。夜のうちに少将は内裏へと向かいます。
ひとまず安心
ですが、女君の後朝の文を帯刀が落としてしまいます。それを拾ったのが蔵人の少将で三の君の夫です。
当然蔵人の少将から三の君→北の方と姫君に男が通っているのを知りますが、ここでなぜか沈黙します。

返歌が返せないうちに少将がやってきて、共寝をして「ここはゆっくり出来ないからほかに移ろう」と家出を誘います。
女君は「あなたのお考えしだいで」と同意します。

そのうち蔵人の少将が臨時の祭りで舞人に指名され装束が必要になり、北の方が姫君に縫物をあれこれ渡しにやってきます。
しかしそれを知る少将は二人の少ない夜をじゃまされたくないので、姫君に縫物をさせません。
臥してしまって共寝して生地だけが部屋にちらかっています。

あれこれお小言をいいにきた北の方の目に装束が
立ちたまふに、少将の直衣の、あとの方より出でたるを、ふと見つけて、「いで、この直衣は、いづこのぞ」と、立ちどまりて宣へば、あこき、いとわびしと思ひて、「人の縫はせに奉りたまへる」と申せば、「まづほかの物をしたまひて、ここのをおろかに思ひたまへる。もはらかくておはするに、かひなし。あなしらじらしの世や

大きに腹立ちて、「おとどこそ。この落窪の君、心あいぎやうなく、見わづらひぬれ。これ、いまして宣へ。かくばかり急ぐものを。いづこなりし几帳にやあらむ、持ち知らぬ物設けて、つい立て、入り臥し入り臥しすることよ」と宣へば

北の方が夫に縫物をしないと告げ口

少将、落窪の君とは聞かざりければ、「何の名ぞ、落窪な」と言へば、女いみじう恥づかしくて、「いさ」と、いらふ。「人の名に、いかに付けたるぞ。論なう屈したる人の名ならむ。きらきらしからぬ人の名なり。北の方、さいなみだちにけり。さがなくぞおはしますべき」と言ひ臥したまひけり

それを聞いていた少将が落窪ってだれ?女はさあ?は恥ずかしいのではぐらかす。
変な名前で、へんてこな人なんだろうね。きれいな人ではないね。北の方が嫌っているようだから変な人なんでしょう。」と寝入ってしまった。

辛いよね姫君

いなや、この落窪の君の、あなたぬに宣ふことに従はず、悪しかんなるは、なぞ。親なかんめれば、いかでよろしく思はれにしがなとこそ思はめ。かばかり急ぐに、ほかの物に手を触れざらむや何の心ぞ。夜のうちに縫ひたてずは、子とも見じ」と宣へば、女、いらへもせで、つぶつぶと泣きぬ。おとど、さ言ひかけて、帰りたまひぬ。

中納言。嫁にお小言言われて切れて姫君の所へ怒鳴り込みに!

「こら落窪!義母のいうことを聞かないとはどういうことや!義母に少しはよく思われるようにするもんだ。急ぐ仕事を他の所のを縫ってるんはどういうことや。夜のうちにでけへんかったら親でも子でもない。」と言われて姫君ボロボロ泣いているのに父親は部屋から出て行った。

人の聞くに恥づかしく、恥の限り言はれつる名を我と聞かれぬること、と思ふに、ただ今死ぬるものにもがなと、縫ひ物はしばしおしやりて、火の暗き方に向きて、いみじう泣けば、

自分の名が知られてしまった死んでしまいたいと、縫物を押しのけて暗がりで激しく泣いた。

少将、あはれに、ことわりにて、いかにげに恥づかしと思ふらむと、われもうち泣きて、「しばし入りて臥したまへれ」とて、せめて引き入れたまひて、よろづに言ひ慰めたまふ。「落窪の君」とは、この人の名を言ひけるなりけり、わが言ひつること、いかに恥づかしと思ふらむと、いとほし。継母こそあらめ、中納言さへ憎く言ひつるかな、いといみじう思ひたるにこそあめれ、いかでよくて見せてしがな、と心のうちに思ほす
 

少将はその様子を憐れに思って本当に恥ずかしいだろうなと涙を流して「ちょっとこっちへおいでと横になりなさい」と几帳の中へ引き入れていろいろ慰めの言葉をかけています。

落窪とはこの人の名だったんだ自分がいろいろ言った事も恥ずかしいとおもっているだろう。
義母はともかくとして実の父まであんなにくいものいいがあるか。
なんて憐れな 自分がとても素晴らしい人にしないといけないっと心に覚悟します

少将ようやく姫君に命になります。
それまでも姫君を愛おしいと思っていましたが、この出来事で超一筋に!!
その一筋が中納言家に一時の悲劇をもたらすのですが。

あっちなみに共寝とは一緒に寝るだけではありませんと念の為、夜のイトナミでございます。

あっついでに当時のいい女 美人の条件

①和歌がうまい

②髪の毛がきれい、長い

③嫉妬をしない

④いじらしい

⑤言うか言わないかくらいに話しをする

⑥お裁縫と染色が上手

⑦体が合う。

⑧小食

⑨適度に泣く

⑩子だくさん
  かなあぁ???不定期に続く

平安文学  あれやこれや

1000年以上時代が変わっても読み続けられた源氏物語

実は舞はあんまり好きな物語ではありません。
中学時代に大和和紀著あさきゆめみしは愛読していましたが、当時もなんで男子泣きすぎやろと???。
幼女誘拐、強姦、住居侵入ってか今なら犯罪でも平安時代貴公子はなんでも許される。
無理やり関係したのに女が靡いてくれないと涙し、自分のゆうことを聞いてくれないといやみと嘆きまくり、自分の愛人のために妻たちに染物や裁縫を頼みまくる。まあそういう時代だったが、風雅で優雅な文体でいかにも王朝風なところは認めるが・・・・・。

源氏物語の始まりはで藤原宣孝と死別した後、自邸で慰めに書き始めたといいます。
なるほど桐壺は宮中物語から始まりますが、その背景は内裏を知らない人物の描写がわかります。
まず桐壺ですが、そもそも桐壺は主に東宮の御殿梨壺に近く東宮女御の御殿に使用される建物です。
帝の更衣が入るという事はまずなかったと。

そして物語前半は装束や調度品など細かい描写が少ないのにだんだん巻が上がるごとに華やかな衣装の詳細や宮中の様子も具体的に描写しはじめる。
これは式部が出仕する前に自邸で慰みに書き、そのうち宮中へ出仕して見聞きした成果では?

この紫式部邸宅のすぐ近くに藤原道長の邸宅御土門邸がありました。
現在でいうと大宮御所・仙洞御所の北側が御土門邸のそれで紫式部の邸宅は今の盧山寺にありました。
いわばお隣さん。
すぐ近くに才女がいればそくスカウト後宮に文学の精通した大人の女は必要です。
一条天皇はたいそうな学識で文学にも精通している。そんな帝に新しくまだ幼さのぬけない彰子を夜の御殿へ指名して召させるのははさすがの実力者道長でも努力がいります。
なんせまだ13.14歳の少女、帝はすでに姫宮を定子の間にもうけていましたし。
栄花物語の中でも初めて藤壺の内装を見た時にはわが子の末もこのように育てたいと夫というより親目線でいたので。

せめて昼だけでもと彰子の御殿藤壺には多くの珍しい書や絵が置かれていた。
このいう事情と紫式部は遺産の保持のために宮中出仕をし、道長の後見の元源氏物語を完成していったのです。

でもこの物語、藤葉裏まで辺りは紆余曲折があるにしろ、源氏の栄耀栄華です。その辺りでやめれば大変輝かしい源氏の物語なんですが、その後が悲惨。
源氏は藤壺の縁という甘い期待に再び正妻女三宮の降下を承諾し、紫の上を落胆させます。
その妻女三の宮は柏木と密通して不義の子薫が出来、自分と同じ事してるのに柏木を憎んで酒の席でいやみのたらたら・・・・・恐れをなした柏木は病に伏し死んでしまいます。

そのうち紫の上の病状が悪化して最後には先に死去しまうんですが、そこでも女々しい。
散々困れせて悩みの種である自分の後悔を面々周りの人に嘆きを問いかけて泣きまくる。
!!!もうやばい中年まるだし・・・・・老いド全開

フランス土産 お披露目

パリ旅行も終えてちょっとずつパリの名残をいただく毎日

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まずはヒサダで購入したチーズと空港で購入したチーズ
さすがフランスは農業国特にバターとチーズはいっぱいありましたが、ありすぎてどれがいいのか?果たして日本人の口に合うのか?いがいと購入をためらった。
チーズはエスポアが一番美味しかった。
発行度数が半端なく日本のチーズを食べなれている舞には正直牛くさすぎて・・・・・・・・。現在は凍らせて料理に使用する予定。

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一番赤みかかった黄色がエスポアです。次にルイ14世から王のチーズと呼ばれたブリドウモーかな。

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これはピカードの鮭のパイ包焼き
ちゃんと焼けました。中の鮭がジューシーで冷凍なのに美味しくて驚きました。
ただ味付けがフランスの割についてないので、ソース的な物を用意しておけばよかったと思いました。
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同じくピカードのクロワッサン火の火力がたらなかったのか真ん中が生っぽくて・・・・・。しかもサクサクコ度がいまいち残念な。

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ジャックジュナンのチョコ
これアルミの箱にはいってます。チョコは冷蔵庫にいれたらだめ、風味が落ちてしまいますって初めてしった。
しかも飛行機の中は非常に寒いのでこれにアルミの袋までくれた!!
勿論美味しくいただきました。
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ボンヌママンのワッフルとマドレーヌチョコかけ
バター感の美味しいこいいお菓子さすがおフランス

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ダローダのソーヌルズレーズンチョコ
中は貴腐ワインを漬け込んだ葡萄外にダークチョココーティング
何故か止まらない一品でした。
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ピカードのキャラメル焼き
パリパリで見た目の味コーヒーでいただきました。

第二段はいずれご期待~~~
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