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京草子 雅な京都絵日記時々詣で 2019度年衣紋道への道 進歩状況 第三段
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2019度年衣紋道への道 進歩状況 第三段

あけましておめでとうございます2020年


昨年は私見満載のブログをご愛読ありがとうございます。
本年も頑張ってUPするのでよろしくお願いいたします。

 昨年2019年は積極的に京都装束店さんや装束製作者さんへ装束の制作依頼をお願いしました。
少しずつですが、出来上がってまいりました。
私も手仕事できる物は自主製作をと思い、装束を体験していただく時の持ち具の入れ物にいろいろ製作しています。


①筥
本来は大きいのですが、持ち運びを考え、持ち具を置く筥の制作を試みました。
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桐の板
サンドペーパー
水溶性工芸漆液
刷毛
織物店で購入した本物の錦

板をのこぎりできり、三とペーパーでスリスリ、液を塗塗りを何度か繰り返しては乾かしを!
そしてなんにでもくっつく強力接着剤で錦を貼り付け!!!
素人感が半端ないけど遠目には・・・・・・・・・・・大丈夫だよね・・・・・。

どうだ!!!
こんなん出来ました


②懐紙たとう
季節それぞれの色目と四季通用を男性物と女性物を用意しました。
たとうは和歌をしたためたり、鼻をかんだりしていた実用品です。
今のような二枚重ねの厚紙ではとても使用できません。
二枚じゃたりないし・・・・。
熊野大社の神様使用のたとうは数枚重ねてあるのでいろいろな寸法でつくってみました。
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紅の薄様・紅の匂い・霰文様紅
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撫子・若菖蒲
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四季通用春柳・夏卯の花・秋白菊・冬松の雪
白菊
藤袴


③装束店さんや織元さんHPの絹綾織、楽天での和装の生地調達

お知り合いに和装をされる方がいて、その方にお願いするつもりで収集した装束生地達
どんな子たちになるのかご期待。
年初めに楽天で羽二重2M購入すごく安く手に入りました。B級反物切り売り「900円」助かります。
これを御願いして衣紋紐をつくってもらいます。

そのあと18匁の綾織を見つけしかも1M2000円しない。
一回直衣できれば無理なら捻り重ねでネ圭ができればと22M購入。
即配達。

やはり薄すぎて直衣には無理、ここは夏用の捻り重ねでと思い、同サイトで染色も安くされているのでぽちっとして「濃き呉藍」を注
文しました。
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写真うつりでやや紫色っぽいですが、濃い紅です、これはいい感じ~~~~
残りは「女郎花色」「二藍」「比翼仕立て用の紅匂い」候補を絞り・・・・・・。


紅染は後日京都の手染屋さんでワークショップ体験して染めてからチチクとネ圭の比翼仕立て自分で製作。
隣は以前染めてもらった濃き紅です。
TEZOMEYA京都さんで中紅色染めてもらい&染めてみました。

延喜式にのっとって、染色家の方のご意見で中紅色
そめ材料はべに花1K、絹500G、炭酸カリウム、クエン酸です。
まず紅色と想像すると明るい赤ですが、実は延喜の頃(醍醐天皇治世)はいわゆるショキピンでした。
こちろんこれよりも赤い色は韓紅、紅の八塩とありますが、濃い色は当然高価ですので禁色対象です。
しかし赤色の欲求はおさえる事が出来ず、どんどん紅色は赤くなり現在の明るい赤色をさすようになります。
平安時代に初期前期の紅色が標準化は正直?その身につけた身分に大きく左右していたし。難しい所です。
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暗い所ではこんな色に

お知り合いの方にたのんで鶴岡八幡宮の御神服に近い縫製で装束にしていただきました。
袖の取り付け方が特徴的ですが、これは鎌倉初期の装束、平安時代の現存する装束はありません。
平安時代の装束はいまいちはっきりしません。
この装束は袖部分が見ごろに取り付けられていますが、平安時代そうだったかは源氏物語絵巻でもはっきり確認できません。
文学上では男君が女君を口どいて部屋へ連れ込む際にはよく袖を捕らえる行為がみられます。

源氏物語 花宴

如月の二十日あまり、南殿の桜の宴せさせたまふ。中略 后、春宮の御局、左右にして、参う上りたまふ。中略
夜い源氏の君、酔ひ心地に、見過ぐしがたくおぼえたまひければ、「 上の人びともうち休みて、かやうに思ひかけぬほどに、もしさりぬべき隙もやある」と、藤壺わたりを、わりなう忍びてうかがひありけど、語らふべき戸口も鎖してければ、うち嘆きて、 なほあらじに、弘徽殿の細殿に立ち寄りたまへれば、三の口開きたり。たう更けてなむ、事果てける中略
かやうにて、世の中のあやまちはするぞかし」と思ひて、 やをら上りて覗きたまふ。人は皆寝たるべし。いと若うをかしげなる声の、 なべての人とは聞こえぬ中略
朧月夜に似るものぞなき」
うち誦じて、 こなたざまには来るものか。いとうれしくて、ふと袖をとらへたまふ。女、恐ろしと思へるけしきにて、
「 あな、むくつけ。こは、誰そ」とのたまへど、

何か、疎ましき」とて、中略
とて、やをら抱き下ろして、戸は押し立てつ。あさましきにあきれたるさま、いとなつかしうをかしげなり。わななくわななく、
「 ここに、人」
と、のたまへど、
まろは、皆人に許されたれば、召し寄せたりとも、なんでふことかあらむ。ただ、忍びてこそ」
とのたまふ声に、 この君なりけりと聞き定めて、いささか慰めけり。 わびしと思へるものから、 情けなくこはごはしうは見えじ、と思へり。 酔ひ心地や例ならざりけむ、許さむことは口惜しきに、女も若うたをやぎて、強き心も知らぬなるべし。

源氏物語 夕霧
まだ夕暮の、霧に閉ぢられて、内は暗くなりにたるほどなり。 あさましうて見返りたるに、宮はいとむくつけうなりたまうて、 北の御障子の外にゐざり出でさせたまふを、 いとようたどりて、ひきとどめたてまつりつ。
御身は入り果てたまへれど、御衣の裾の残りて、 障子は、あなたより鎖すべき方なかりければ、引きたてさして、水のやうにわななきおはす。

前記は袖とあるのでやはり袖は身頃と別れている解釈が出来るように思います。
この単衣重ねは袖を身頃に縫い付ける縫製をとりました。


④巻纓冠繁紋緌付き
個人的に平安朝の冠が希望ですが馬鹿高い10万~15万くらい&こじがでかすぎて個人的にはNG
修理に出したら新品とそんなに変わらない価格に。でもいいか・・・・・。
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大嘗祭の宰相の中将
6月に齋藤専商店さんで巻纓を製作してもらいました。
ついでに緌もGET
纓の留は現在白木で弔ですが、平安時代は檜扇の板を折り、纓に挟んだので白木でちょうどよいです。

⑤荒目紗(俗称 羅)

平安時代薄い衣といえば「羅」でした。
捩り網の一種で網や網に見られる織組織
目が粗いので生地に隙間が出来て暑い夏にはもってこいの袿でした。
主に表着に用いられたり、時に唐衣や裳にも使用されていました。
紗の古典での記述はたまきはるやまさすけ装束抄あたりでしょうか?

羅の中でも文羅は縦糸で模様を描く文羅は応仁の乱で技法が失なわれ長らく途絶えていた技法でしたが、近年人間国宝の北村氏によって見事に再現されました。
これには正倉院に残っていた残衣が大きく貢献しています。
但その技法は非常に手間と時間がかかるのであまり一般的ではなく販売されていても帯で70万~上代は???
安価で夏の名古屋帯に出ている羅は昔の羅ではないようです。

しかし羅は平安文学にも多く出てくるし、おそらく紗の帯の生地を装束に取り入れたいと思い濃き紅梅色の羅の名古屋帯でまだ使用しても問題なさそうな「流水文」をGET

いまの所は「唐衣裏地用」に2枚GETしています。
生地が帯なのでかなり厚いですが、青色との組み合わせの配色がドンピシャで気にいっています。
左は以前購入した裳の腰用の羅草文様です。

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>無文羅

どうしても羅にひかれる舞
羅で装束再現できないのか?
CPで常にチェックしていたら人間国宝の武村氏もう絶対無理高い高すぎる!!!
帯の長さ4Mで最低70万~100万以上

でも・・・・・・・・ほしいと西陣にもいてはる羅織職人さん~~~どうだろうお話できるかな???
何度かメールして
6月に工房へおじゃましました。

とても気さくで笑顔の素敵な方でよい感じでお年をおめしでおられるも本当にお若い!!年齢聞いてびっくり
まず舞の何がほしいのかお話ししていたらおもむろに奥からこれええと思いますわ。
でてきたのは46CMの反物「古来の無文羅」


ひゃ~~~~なんでも〇〇神社さんの別注品の第一号試作品

「四隅のかがり方がうまくいかず商品にならない。でもおっしゃってるのこんな感じやね。」

「そうそうそうです!!幅もちょうどいいです」

しかもお値段もお勉強してくださり、さらに全部もってかえってええとこだけ切って後は返してお代も年末でええよ。

神様ですか?神様ですよね・・・(*'▽')神様降臨
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これを科学先染料の黒で染めて黒の無紋羅にしました!!!
あと見取り図を作って、菱の刺繍をしてから裁断、端を練り練り練り仕立てからの纓出来るかな????

やはり「半臂」「冠」

半臂

半臂とは闕腋袍の下にきる今でいうベスト
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元々は下着に近い物で奈良時代はこんな感じの物でした。

両脇と後がビラビラとアコーディアン式になっていて足を動かすとビラビラと揺れて素敵
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今の舞装束用の半臂
半袖もしくは袖なしの上衣・胴着で男性官人が朝服(束帯)の袍の下に着る内衣
はじめは文官武官とも使用していましたが文官は冬は肌着が見えないこともあって肩脱ぎする時、夏以外は使用されなくなりました。
『延喜式』に天皇のために毎月揃える衣料の一覧の中に藍、紫、白の半臂計10領との記載があります。

垂領で衽を重ねる形式の腰丈の胴着で、裾に襴がぐるりと縫い付けられています。
身は二幅で、袖はない。
襴には横と背後に多くの襞が取られ、動きやすく出来ている。
正倉院伝来の半臂は裾に紐が縫いつけられていますが、束帯の半臂はいつしか独立した「小紐」で結びあわせるようになりました

小紐には「忘緒」という飾り紐を通して垂らします。
中世以降の記録によれば、忘緒は襴と同じ生地で、長さ1丈2尺(約3メートル半)、幅3寸3分(約10センチメートル)の帯形に作り、これを三重に折りたたんで左腰に通します。

色は平安時代中期には平素は黒になりました。
それ以前は基本公卿や禁色勅許を得た者は滅紫色、特例日には白色もありました。
なお舞人の半臂は文献によると唐織や打衣で季節に応じいろんな色だったそうです。

生地は、『延喜式』において、公卿以外は羅を用いてはならない
五位以上でなければ滅紫色が使えないという禁制が示されている。
また、『西宮記』によれば、襴は冬でも羅で作った。
12世紀から13世紀の有職故実書の記述によれば、公卿および禁色勅許を受けた蔵人と殿上人(禁色人)は、冬は胴は黒の打ち綾(文様は小葵等)の袷、襴の部分は羅で裏をつけない。
但し応仁の乱以前この欄は紋羅でしたが、紋羅の襴の再現はもったいないので今回は無紋羅
夏は胴も襴も三重襷の黒の羅や薄物(裏はない)。
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紫根で天然染色してみました。
これは襴と忘れ緒になります。


それ以外の者は、冬は黒平絹、夏は下襲と同じ二藍の薄物で、いずれも無文。
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画像だ青系の紫に見えますがちゃんと赤紫色です。


半臂の裏
身頃の裏は昔下襲に中陪を入れる際には身頃の裏は中陪の色を使用するというのでこの有職故実を参考に、おかだやさんで6匁蘇芳と縹を重ねて出来るグラデーションを参考に色を決しました。

概ね「赤紫色」葡萄染は平安時代好まれた色目です。
おそらく禁色の赤色の織物に近い色になっているので、多様されたのでしょう。





身頃の色は黒が標準だけど、黒だと他の体験所でも同じだし、白色は変色しやすいし、初心にかえり滅紫色に決めます。

延喜式や西宮記に半臂は藍色・滅紫色・黒色・白色などがあったと記述があるのでその中で
一日晴れの染装束で下襲に中陪をつける際には中陪の色を半臂の裏にもちいたそうです。
滅紫色なら両方使用できます。

延喜式 縫殿寮 雜染用度

深滅紫綾一疋(二反)  
紫草八斤(4.8K) 
酢一升(500ML平安時代は升の計算は律令の崩壊で曖昧で統一されていない律令を元に計算)
灰一石(100L) 平安時代は不明のため唐時代の尺度で換算 
薪百廿斤120(72K)すごい量です。

滅紫色は明るさのない紫色黒ずんだ紫色をけしむらさきいろといいます。
高価な紫草を惜しげもなく使用してわざとくすんだ色にする。

ちなみにこの延喜式の色材料のみの記載で、染め方までは記述されていません。
なので現在の染色家の方には色の選別に大きくぶれが生じます。
まあ天然素材ですからどちらみち大きな差異が生じますね。


見ごろ部分はまた小川織物さんで別注の依頼のご相談して綾織で小葵文様でできればいいな。

滅紫色
裏ももちろん滅紫色ですが、ここは経糸が淡いグレーなので下地に影響するかも・・・・・・・。
ひょっとしたら同じグレーで仕上げ、紫根で染めるかも~~~~



⑧挿頭花
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髪に花を飾るのは女子だけ?
平安時代は男子も行事や舞を披露する際に挿頭花を冠に挿していました。
生花や時に造花など行事や身分によって場所や位置を変えていました。


⑩垂纓冠の纓製作途中
無紋羅が手に入ったので、半臂をつくるのはすぐに決まったのですが、残りをどうするか?
内容→悩んだ所、垂纓の纓で柏挟したい願望がメラメラしたものの、難題なのは今の纓は自由にまげられないという悩み。
今の纓は平安時代物とは材質が違う鯨の髭を使用していました。今はそうではないようですが、縁を漆塗りしているので曲げると劣化してしまいます。
絵巻物によると縦菱で額もどうも透け磯と額部分は和紙を張っていないように思えます。しかし現品がないのでここは絵巻物を参考に製作します。

なので考えたあげくまず纓作り、羅を科学染料で黒く染めます。→染めました
その後どう裁断するか企画図をつくります。

それがすんだら」刺繍したい場所を決めて、京都の中村刺繍教室で一日体験をします。
縦菱を規則的に刺していきます。❖にね。
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磯が高いしかも透け額でも今の磯は透けではありませんが、どうも平安時代は透け磯額?

昔は透額は若人用だけど、絵巻物には高齢の源氏も透け磯額です。

でも馨が御所で帝と碁を打っている時は厚磯です。
ん~~~~~~結局どちらが????
夏や普段は透け磯・額で、御所では被るのは厚磯ということでしょうか?
いまいち不明???


そして裁断して端を練り練り練り練りして先端を竹櫛で糊で接着します。
これで柏挟出来ます!!!
問題は本体の冠&こじ・・・・・・・・・・・・・・・・


⑪石帯
しろくま堂さんで1年近く待ち無事に到着
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懸緒・受緒・待緒は正絹 本体は黒本革 石はおそらくアクリル
始めのお話では本体革・緒は正絹・石はアルミペイントと聞いていましたが石はどうもアクリル半透明

しかもなんと一般的な通用帯でなく、石が全部正方形の巡方無紋!!!
ひゃ~~~公卿だと晴れの日使用ですが有紋が本儀なんと無紋は天皇さんの神事用です・・・・・
とりあえず要検討です!!これは加工が必要です。とりあえず加工会社を調べていきます。



舞的 完全私見 平安時代装束見解

平安時代の衣

平安時代貴族達の装束は基本的に絹で仕立てていました。
絹は当時も高価でそれを染めるのも高価な染料を使用しました。
当時京都と地方を結ぶ流通過程がほぼ整っておらず、また流通通貨も定まらない時代。たとえ公卿であっても膨大な量と質の絹をそうそう調達できません。

衣だけではありません。
衣食住の調達は公卿であっても資産がなければ苦しい暮らしをしいられました。
ましてはその娘たちは親と死別するとたちまち命の危機がおとずれます。

藤原兼道の妾の一人源兼忠の娘は一女をもうけながら、離縁された後妻子は食べる物にも事欠き。
兼道のもう一人の道綱の母は養女にしました。その時の娘は栄養失調で髪の毛のていれが悪く大変痩せていたといいます。

藤原公任(四納言の一人)は道長の息子を婿取りし所顕の儀式の際に実資に袍を借りていたほど。
公任は生まれこそよかったが後見人に恵まれず、正妻も皇族出身で財産的に恵まれていませんでした。
まさに公卿であってもそうそうよい絹は手にはいらなかったのです。
ではどうやって手にいれていたか?地方に赴いた受領達(四位上下相当)が現地で調達し、これはと思う実力者に献上していました。献上された絹はそのまま下賜したり、家庭内で使用したり、内裏へ献上したりと用途はさまざまです。

道兼が妻に袍の修繕を依頼したり、道兼が蜻蛉日記の作者で妻に修繕を頼んだり、公任がボロボロの袍を道に捨てるまで使用したりと苦労していた記述があります。
もし当時彼らが捨てるほど絹を手に入れているならそんなものは必要ないです。

また日常では基本的に練絹・生絹が、また縦と横を練生絹で織りあげたり物を二種の衣(生絹・煉絹)を袷、裏をとり単衣にしたり、生絹は単衣で季節によって練り重ねたりしていました・。

また寒くなると中に綿を詰めたりと今と違い日常に着ていたので、さまざまな工夫があったようです。

今とは違い重ね袿の寸法を同寸に、裁断もCP重視だったのです。
これこそ装束の貴重さを物語っています。

なのでここは平安時代式に

①透け感とグラディーションを重視

化繊・絹のみならず、今の糸は平安時代の糸とはまったく違います。
特に絹は日本原産の小石丸という蚕から生産されていました。
この糸は大変細く滑らかさや保温効果が高かったものの生産性に乏しく明治の頃には西洋蚕と掛け合わされたためにほぼ絶滅の危機に瀕していました。

それを存続したのが美智子皇后
蚕を守るため宮内庁にあった蚕小屋での生産を守り、伝統産業の保存を果たしたのです。
現在絶滅せずにわずかではありますが、今も生産されています。
なので正絹では現在の生地厚い。

小石丸の絹は薄く綾地綾(6本使用)で今の大体18匁くらいの厚みの感覚です。
だからこそ裏地をかえてそのグラデーションを楽しんだんです。

平絹もいいですが、すけ感のありの「単袴姿」は平絹として、最低でも綾織「現在の三枚以上糸を使用した縦横に斜めに三枚目が入る綾模様」を出来るだけ揃えます。

また出来る様なら縦横の色の色を替える織物を再現したいと思います。
いわゆる玉虫色ですね。
縦黄色横青で女郎花の織物

出来れはいいですね~~~

時に生地にこだわらずに風合いを重視する装束になる予定です。

例えば張袴にこだわる場合は平安時代にはない厚手の張のある生地を使用するかもしれません。

絹 綾地綾を→これを予算内化繊にすると風合いがごつくなり印象が違う
あえて平織のオーガンジーで時に化繊時に絹になるでしょう。



②袷・単など平安時代風を再現

平安時代も現在も季節が変わるごとに装束も返るのは不経済だし保管の大変です。
それなら同寸で袷もそろえますが、単衣を練り重ねてみたほうがいろんな色目が楽しめます。

で時に単で時に袷


③寸法と仕立て

絹が貴重であったというはさきほどから何度もupしていますが、当時の裁断にも見てとれます。
日本最古の装束鶴岡八幡宮にある御神服の再現本
時代衣装の縫い方にありますが、なんと古い装束の仕立ては現在の物とは違います。
まず左右非対称、そして袖は現在の物よりも短い。
全体的にずんくりしています。
美意識の差なのでしょうか?
基本は御神服で寸法・袖と身頃の取り付けの是非


男子装束は基本お装束屋さんで、女性装束は主に和装をされる方に「時代衣装の縫い方」という縫製の本を基本に
仕立ててもらいます。
勿論女性物の装束屋さん仕立てもあります。
平安時代縫製と染は女のお仕事でした。
各家の女房達が女主人の指示の元要望にそって縫製していたのです。

裁縫の良し悪しがその妻の名を揚げるといっても過言ではありません。
なので意外かもしれませんが、細かい所など各家それぞれだったと考察します。
なので裁縫上手な方にお願いするのもあり。と解釈しています。
現在の装束とは違う仕立てになるでしょう。そのもレア感がいいかと・・・・・。


④装着

平安時代特に女性装束は内内の物で特に作法や着付けがあるわけではなく、いろいろな重ね方があったようです。
要はその時の褻と晴れの状況に応じて叉環境でいろいろな着たかがあったのです。

そこを重視します。
枕草子
・・・・・・御簾のうちに、女房櫻の唐衣どもくつろかにぬぎ垂れつつ・・・・・・・・・・・・

・・・・濃き綾のつややかなるが、いたくはなえぬを、かしらこめてひき著てぞねためる・・・・・・・・・・・・

ようはだらりとした様子が好ましい描写が多い。
平安時代中期萎え装束であった証拠ですね。
強装束は衣紋道の基本中核ですが、基本一人着付けなのでここは工夫していきます。



⑫一日晴れの装束

なんどもUPしますが、装束店さんで本物の装束を体験できるのです。
でもここでしか出来ないそういう装束着付けもあるではないか?
そんな野望がスタートです。
他にはない一日晴れ装束・幻の装束・激レア装束を主に展開してゆきたいです。

ではその達°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°装束達

向鶴丸の文様 三丁織  紗

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平安時代っぽく指貫はダボダボにしてみました。わざとです!!!
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夏用紗 布衣

見た目狩衣ですが、裏がないので布衣です。
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青色を再現
公家の色彩は自然の色が基本その後さらに時代を下る毎に深く濃く、流行とともに色合いが変化してゆきます。
つまり現在平安装束で平安時代の装束は現存しません。かろうじて安徳天皇の半臂くらいでしょうか?
なので色の指定にはかなりの広い許容範囲に・・・・・・・・・・。



指貫は外出可能用の無紋平絹風
有職故実的にはない組み合わせですが、外出ではアクシデントを踏まえて無紋で。


直衣

淡紅色直衣
やや色目が薄いですが、当時の染色は天然染ですので一つの色の表現は大きな幅があったと考えていいでしょう。

色目あえていえば紅の薄様
表薄紅色 裏濃薄紅色
小葵文様
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直衣は雑袍なので色目は自由でした。
勅許があれば内裏でも冠を被り参内が可能になるうちに今の白色紋あり裏地紅色・青色・二藍に固定化していったのです。
薄色・桜・濃紫・紅梅などの一日晴れ直衣で参内したという記録もあります。
この色はまさに雑袍です。


⑯大帷子 青色人形仕立て
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帷子は青色のリネンラミーを50%ずつの混合。
本当は大麻でいきたかったですが、当然国内産は手に入るわけはなく外国産も少なく高価
苧でいきたかったですが、国産は高価、ラミーでとも考え当時はオカダヤになかった。
妥協してリネン50%混合。この後なんとラミー100%入荷していました。嘘!!!やられた!1!
単は繁菱青色
衵秘色小葵文様裏は霰文様本儀は平絹ですが、直衣なのでここは遊びました。


束帯用は白が本儀ですが、束帯で使用する時は襟物を隠す装着で使用するかも。
その時は下襲の襟、袖口を別に製作、軽くつける細工にします。

⑰指貫 萌黄  八藤丸紋様
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裾括り式
縦白色横萌黄色
八藤丸紋様
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足首でしばるタイプの古式にのっとって注文しました。
がこれは装束用の生地ではありません。残念ながら指貫は化繊でも意外と高価
しかもこの縫製は今や幻~~~~的なレア
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前後同寸法です。これも古式にのっとって腹白にしてみた!でも有職故実的にはOUT
腹白は二陪織物で
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この紋は25歳以上なので
乱れ腹白

からの源氏物語絵巻柏木での夕霧
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乱れ腹白変則バージョン
生地をたっぷりめに裁断してもらいましたので満足腰紐が少し短いので体格の良い方には不安はあります。対策が必要です。
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