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「千利休 縁の地 甘詣で 」

千利休が堺市の商人の出であるのはいがいと知られていないと思います。
京都じゃないの?茶人でしょ・・・・・。

堺市は中世の頃から南蛮貿易の栄えた町で商人たちの自治統治されていた土地。
あの織田信長にも人目おかれていたといわれていて、だからか権力者には物申す的な風潮がある。

明治政府から丁表示を丁目に改めるように言われても断固拒否して未だに町の丁の次は番地だし(昔は丁目より丁という方が格上だったそうな)、大阪維新の会から出馬したのに反旗を翻して大阪府統合を離脱したりと今もあんまり変わらない。

堺の商人であった千利休は全国区の有名人
茶人として知られていますが、実名は田中与四郎
元は堺でも名の通った商家の息子で茶を嗜んでいた所、当時の風雅と相まって名が知られ織田信長の茶頭になり政治の政治の世界との接点が生まれます。
茶道は当時の権力者の嗜みであり、権力者が権威を示せる道具して利用されました。

千利休名は禁中茶会にあたって正親町天皇から与えられた居士号で本名ではありません。
特に秀吉の時代に重用され北野大茶湯を主管したのも彼です。

大友宗麟が大坂城を訪れた際に豊臣秀長から「公儀のことは私に、内々のことは宗易(利休)に」と忠告されていたほどの重鎮でしたが、秀長が死去すると時を同じように秀吉から天正19年(1591年)、利休は突然秀吉の逆鱗に触れ、堺に蟄居を命じられます。
その後京都に呼び戻された利休は聚楽屋敷内で切腹を命じられ70歳の生涯を閉じます。

この逆鱗の理由が未だ解明されておらず。
一説に大徳寺の山門に自分の木像を置いたからとか、秀吉が利休の娘を妾にと望んだが、「娘のおかげで出世していると思われたくない」と拒否したからとか。安価の茶器類を高額で売り私腹を肥やした疑いを持たれたとか。交易を独占したい秀吉の堺商人への牽制とかいまひとつはっきりしません。

現在の三千家は実は利休の実の娘と継母の連れ子の息子に系統が継がれ、いわゆる利休のY遺伝子は継いでいません。
直系の道安の血筋は途絶えてしまいました。
精神は引き継がれているといえます。

ではつぼ市製茶本舗にあるつぼ市カフェ
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土日は行列が出来るほど古民家の茶房でいただきます。
嘉永三年(1850年)に、初代である谷本市兵衛がつぼ市の屋号のもとに泉州・堺に茶の貿易と茶問屋を創業されているお店のカフェです。
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限定「抹茶かき氷にミルクかけ」

超インスタ映え系インスタしてないけどね・・・・・・・・・。
濃い抹茶に軽めのミルクなのよりふぁふぁの氷!!!堺名産名刀の刃で削っているのだそうです。

お店の情報は【こちら】

ここまで来たらあっと二か所
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かん袋へ。
鎌倉時代末期、元徳元年〈西暦1329年)に和泉屋徳兵衛が和泉屋という商号で御餅司を開業したのに始まる老舗です。

大阪城を築城した際に秀吉は堺商人に多額の寄付を要求した返礼に城へ招待しました。
当時は天守閣はまだ工事中、招かれていた和泉屋徳左衛門はなんと瓦投げを手伝い始めます。

すると秀吉から、「かん袋が散る様に似ている」といわれ、その腕の強さを称えられ「以後かん袋と名付けよ」と命じたそうです。
それより「かん袋」が、和泉屋の商号になった逸話からの屋号。

ここはこれしかないです。
「くるみ餅」でもくるみではありません。

室町時代の中頃明より入荷した農作物を利用して、五代目が作り上げた塩味のお餅をくるんだ茶菓子でした。
今のようになったのは不明ですが、ルソンからの砂糖が用いられ現在のくるみ餅になったそうです。

ここは店舗のみでいただける氷くるみ餅も美味しいです。

お店の情報は【こちら】

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そしてここ
「本家小嶋や」の芥子餅でしょ。
室町時代創業の芥子餅のお店。
お店で手作りしておられます。芥子はやはり南蛮貿易で輸入された芥子をお菓子にという発想でしょう。
いかにも貿易で栄え千利休の縁の地

前回食べるまでなめてました。だって芥子餅地味だから・・・・・・。
でもここのいただいてびっくりぷるぷる芥子のプチプチした触感甘すぎない餡子。
もう別物茶菓子として十分上品です。

ちなみにデパートで出店されているのは違うお店、明治頃商標を売ってしまい。その後家業に戻った後に同じ名の店がすぐそばにあるという・・・・・。昭和に商標権侵害で裁判があったようですが、二軒ともあるということは示談か違法性がないと判断されたんだと思います。
もう完売で予約のみ受け付けやはり大人気

お店の情報は【こちら】

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せっかくなので観光
堺の歴史を紹介した施設、有料で千利休の茶の史料館や与謝野晶子の史料館があります。

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すぐそばに利休の堺邸跡
元々600坪の大邸宅当然都市開発で残っていません。
南蛮貿易が長崎に限定されると同時に衰退してゆきます。


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当時も咲いていたであろう桔梗
更に吉
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テーマ : スイーツ - ジャンル : グルメ

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