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平安文学  あれやこれや

1000年以上時代が変わっても読み続けられた源氏物語

実は舞はあんまり好きな物語ではありません。
中学時代に大和和紀著あさきゆめみしは愛読していましたが、当時もなんで男子泣きすぎやろと???。
幼女誘拐、強姦、住居侵入ってか今なら犯罪でも平安時代貴公子はなんでも許される。
無理やり関係したのに女が靡いてくれないと涙し、自分のゆうことを聞いてくれないといやみと嘆きまくり、自分の愛人のために妻たちに染物や裁縫を頼みまくる。まあそういう時代だったが、風雅で優雅な文体でいかにも王朝風なところは認めるが・・・・・。

源氏物語の始まりはで藤原宣孝と死別した後、自邸で慰めに書き始めたといいます。
なるほど桐壺は宮中物語から始まりますが、その背景は内裏を知らない人物の描写がわかります。
まず桐壺ですが、そもそも桐壺は主に東宮の御殿梨壺に近く東宮女御の御殿に使用される建物です。
帝の更衣が入るという事はまずなかったと。

そして物語前半は装束や調度品など細かい描写が少ないのにだんだん巻が上がるごとに華やかな衣装の詳細や宮中の様子も具体的に描写しはじめる。
これは式部が出仕する前に自邸で慰みに書き、そのうち宮中へ出仕して見聞きした成果では?

この紫式部邸宅のすぐ近くに藤原道長の邸宅御土門邸がありました。
現在でいうと大宮御所・仙洞御所の北側が御土門邸のそれで紫式部の邸宅は今の盧山寺にありました。
いわばお隣さん。
すぐ近くに才女がいればそくスカウト後宮に文学の精通した大人の女は必要です。
一条天皇はたいそうな学識で文学にも精通している。そんな帝に新しくまだ幼さのぬけない彰子を夜の御殿へ指名して召させるのははさすがの実力者道長でも努力がいります。
なんせまだ13.14歳の少女、帝はすでに姫宮を定子の間にもうけていましたし。
栄花物語の中でも初めて藤壺の内装を見た時にはわが子の末もこのように育てたいと夫というより親目線でいたので。

せめて昼だけでもと彰子の御殿藤壺には多くの珍しい書や絵が置かれていた。
このいう事情と紫式部は遺産の保持のために宮中出仕をし、道長の後見の元源氏物語を完成していったのです。

でもこの物語、藤葉裏まで辺りは紆余曲折があるにしろ、源氏の栄耀栄華です。その辺りでやめれば大変輝かしい源氏の物語なんですが、その後が悲惨。
源氏は藤壺の縁という甘い期待に再び正妻女三宮の降下を承諾し、紫の上を落胆させます。
その妻女三の宮は柏木と密通して不義の子薫が出来、自分と同じ事してるのに柏木を憎んで酒の席でいやみのたらたら・・・・・恐れをなした柏木は病に伏し死んでしまいます。

そのうち紫の上の病状が悪化して最後には先に死去しまうんですが、そこでも女々しい。
散々困れせて悩みの種である自分の後悔を面々周りの人に嘆きを問いかけて泣きまくる。
!!!もうやばい中年まるだし・・・・・老いド全開

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テーマ : 書評 - ジャンル : 小説・文学

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