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舞少納言の「カペー王朝フランス詣で観光編・INPARIS」

一日目
ホテルの屋上から見える「モンマルトル」「エッフェル塔」
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サクレモント寺院は白亜色の寺院この辺りは19世紀バーやキャバレー、娼婦の屯していた場所。
現在も治安の悪いばしょです。
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パリのシンボル
パリ万博の際に設計された鉄骨の塔


二日目(でもフランス滞在4日目)
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はずれの運河



マレ地区を散策します。

この地区にはパリ市庁舎、中世の貴族の邸宅があり、またクリエイティブな若者のショップ、雑貨、レストランカフェが立ち並ぶおちゃれなエリアです。マイノリティーやゲイレズビアンの集う地区でも知られます。
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ズービー館
ルイ14世の愛人となった妻と引き換えに多額の金を得たズービー侯爵が手にいれたフランスでは珍しいロココ調の邸宅
かのヴェルサイユも実はロココではなくバロック式の宮殿、ルイ14世はバロック様式の時代の人物バロックとはいがんだ真珠を意味していて、ゴテゴテしているだから個人的にはヴェルサイユ宮殿はいまいち好みではありません。
ロココはルイ15世の時代の美術様式でロカイユ貝という意味です。
軽やかで軽薄な感じがいかにも雅な感じ^^

パリはいま新緑と春の花の季節素晴らしい自然に囲まれています。

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パリの街並みに藤がとっても合います。

モンパルナスに戻り、夕食の買い出しをすませてホテルへ。

三日目(でもフランス滞在4日目)

午前中に「ジヴェルーニ」を観光します。

フランス郊外の田舎町でもここは世界中から観光客の絶えないフランスの巨匠モネの邸宅がある場所です。

印象派の巨匠クロード・モネ(Claude Monet)
クロードモネは画家として大成するまで大変苦労した人物です。

ジヴェルーニに1883年他人の引っ越し援助で移り住み、絵の制作に没頭するも売れず美術評論家の評価も低かった。
しかしアメリカの個展が成功すると、パリでも人気が出始め絵は売れるようになり始め、風景画を得意とする印象派画家で成功します。
晩年の大作「睡蓮」のシリーズはこの庭で描かれたものです。

邸宅はどちらかというと別荘的な可愛らしい外装

内装も同じで家庭的な雰囲気が感じられます。

モネが活躍したパリではジャポニズム文化が流行し多くの画家が日本的な物を題材にまた絵にえがきました。 


さてモネのその家族ですが、不遇の時代からの最初の妻カミーユとその息子2人

カミーユが死去した後はモネのパトロンであり一時期同居家族のエルネスト・オシュデの夫人であったアリスとその連れ子と生活アリスの夫エルンストが死去すると二人は正式に結婚します。

モネのパトロンであったエルネスト・オシュデは破産して、モネの家に家族ごと転がり込んだ過去があります。
そうこうしている内にモネの妻カミーユが死去し、モネの子供の世話をしていたアリスと深い仲になったのでした。
エルネストがパリへ戻った後もモネと同棲していました。

アリスもなくなった晩年すでに長男の妻となったアリスの娘がモネの面倒を見て、視力が著しく低下したモネを支えました。
モネは1926年12月5日この家で死去しました。

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邸宅内はブロバンス風のかわいいパステル調の部屋で、壁一面に日本の浮世絵が飾られています。
広重、北斎、春信、歌麿等
幕末明治に西洋へ多くの浮世絵が流失し、名作はアメリカやヨーロッパに行ってしまいました。
まぁ外国人の目に触れる事で、日本を知るきっかかりになればこれはこれでよいかもしれません。

前庭はまさにモネの絵にでてくる風景
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晩年のモネが没頭した睡蓮の庭へいくにはトンネルを抜けて反対側に出ます。
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印象日の出
ひなげし
散歩、日傘をさす女
ラ・ジャポネーズ
オランピア
パラソルを差す女
ジヴェルニーの日本の橋と睡蓮の池

睡蓮
美術に興味がない人でもこの絵は見た事があるのではないでしょうか?のどかなフランスの田舎で好きな絵を描いて過ごした。
そんな余生いいな~~~
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最後に再び前庭

四日目(でもフランス滞在5日目)
パリの春の季節
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午後にヴェルサイユへ。今日はストでも間引き運転ということでラッキー
そしてヴェルサイユ宮殿へ。
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ルイ14世が並々ならぬ情熱で造りあげた宮殿。
ルイ13世がもともと狩猟用の邸宅をル・ヴォーが宮殿をル・ノートルが庭園を増築した。
バロック様式を今に伝え、当時のフランス王政の権威を示すための豪華な宮殿。
チケット売り場から宮殿入り口にいたるまで長蛇の列
日本でEチケットを入手しそこねた私はまよわず自動発券機へ。
しかし!!!ここで発覚庭園見学のみのチケットが発券機にないことを!!!
10ユーロ違い。グランドプチトリアノンパレスも入れるというので1300円ほど高いが無駄な時間は使用したくない。持ち前の関西人気質が発揮!!!そのままカードを差し込んで入手~~~


過去2度訪問し個人的にバロックは興味がない、しかも入場にそうとうまたされるので宮殿はパス。

庭園
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ルイ14世は水にこだわって庭園を造営しました。
セーヌ川に揚水装置を設置し、水道橋によって水のないヴェルサイユまで水を引いていました。
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お菓子タイムとロシューの土曜日限定「フレッシュタブレット」朝にショコラティエがみずから選んだフルーツをチョコでコーティングしたスペシャリエ
朝一で訪問してマダムに勧められた一品~~~~すご~~~~いあまいイチゴ
なめていました。フランスのイチゴ農家にもいるんじゃん!!!
日本産ならびっくりですがうまい~~~
まだまだ続きます。
今日は土曜日
噴水ショーが二時間続きます。
バロック音楽にのせてすべての噴水がバシャバヤ~~~~
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プチトリアノンパレス
元はルイ15世が愛妾ポンパドール侯爵夫人と呼ばれる前にポアソン夫人時代逢引き用に建築された宮殿。
全体的にこじんまりしています。
その後ルイ16世王妃のマリーアントワネットが愛し多くの取り巻きと共に過ごした小宮殿です。
マリーアントワネットは肩ぐるしいエチケットだらけのヴェルサイユを嫌いお気に入りの取り巻きだけをこのプチトリアノンパレスで過ごしていました。
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そのことでここに招待されたい大貴族の不満がパリで王妃を中傷するもとになりました。
ロココ終盤期で全体的に落ち着い内装です。
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愛の殿堂
ここでマリーアントワネットとフェルゼンが逢瀬を過ごしたといわれる場所
本当かは?
この辺りは森に囲まれてる感がすごい新緑が目にいたい。
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まさに「萌黄色のシャワー」
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マリーアントワネットの離宮


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ここでプチスイートよ
美味しい~~~
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マリー・アントワネットの村里
自然に共存する生活に憧れて作った田舎風景と農家達を住まわせた農園
時に農婦の格好をして乳しぼりも楽しんだそうです。
でも農民たちからすると何しとんねん??と怒るのも無理はないかな。当時のフランスは天候不順によって農作物が大不況の時代です。

マリーアントワネットの時代はロココの晩期でネオクラッシックへ向かう過渡期でした。
当時の流行は自然や田舎風が流行しはじめていました。
流行はただの好みの変化ではなく価値観の変化でもあるので、王侯貴族からブルジョア階級へ権力の移行が始まってきたともいえます。
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グランドトリアノンパレス
ルイ14世が当時の愛妾モンテスパン侯爵夫人とあいびきしていた宮殿です。
フランソワーズ・アテナイス・ドゥ・モルトゥマール侯爵令嬢1660年に王妃マリー・テレーズの侍女を経てモンテスパン侯爵と結婚
他に寵姫ヴァリエールがいたが、追い落としに成功して宮廷一の公妾にのし上がった。
夫は妻の不倫を許すわけにいかず、(通常当時は王の寵姫になった夫は完全無視するか。王に金品をねだるか、妻をかいしてそれなりの見返りを要求し黙認するのが普通。)抗議したためヴェルサイユからもパリからも追放され領地に戻り、モンテスパン夫人は離婚を手にする。
以降王の子供を続ぎ続き生み、時に王妃を侮辱するほど宮廷一の傲慢で浪費家になっていった。
1678年王弟のオルレアン公フィリップ1世の後妻エリーザベト・シャルロッテの侍女マリー・アンジェリク・ド・フォンタンジュが王の新たな寵姫になった。すでに美貌はなくなっていて、これに危機感を募らせた彼女はラ・ヴォワザンという怪しい黒ミサを行わせる事件が発覚。
直接審議はされなかったものの王はこの行為で寵姫の座を追われる。
1669年に王とフランソワーズの子供の教育係になったスカロン夫人は献身的に子供たちの教育や世話に尽くしていて、王もしだいにスカロン夫人に好意を持っていた。ようやく1686年に宮廷を出て、サン・ジョゼフ修道院に入って静かに永眠しました。
王はスカロン夫人に、マントノン公爵夫人の称号を与え、最後には密かに結婚までして生涯をおえました。 
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現在は新古典主義の内装でこじんまりしながら生活しやすい内装です。
ここの住人は

ルイ14世モンテスパン侯爵夫人
ルイ14世の王子グランドドーンファン
ルイ14世の弟オルレアン公妃エリザベートシャルロッティ
ルイ14世の孫ブルゴーニュ公と家族
同       ベリー公と家族
ルイ14世の非嫡出子 ルイーズフランソワーズ
ルイ15世 
ナポレオン1世の皇后マリアルイーサ
当時ヨーロッパ一の下げマン
ルイフィリップ皇帝の皇后マリー・アメリー・テレーズ・ド・ブルボン=シシレ
マリーアントワネットの姪当時としては珍しい恋愛結婚でしかが、オルレアン公家がルイの処刑に賛成したため、母のマリアカロリーナが反対していたものの、当時のアメリーがすでに婚期を逃していたためにしぶしぶ条件付きで承諾したいきさつあり。


五日目(でもフランス滞在6日目)

パリジャンの日曜のパリの過ごし方をテーマに

まずは朝市

マルシュラパスパイユ
BIOの専門市場

オペラコミック座でオペラを見てから近所をぶらぶらしてホテルへ。


最終日は時間がないので朝にモンパルナスからCDGから関空へ。
ここでトラブル発生!!!
トランクのチャックが破損、ガムテとロープで補強したもののエールフランスのグランドアテンダントにアウト宣言され
近くにテープ巻屋を発見25ユーロと高かったけど背に腹はかえられない!たのんでOKだ!!!
いざ帰国
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テーマ : ヨーロッパ旅行記 - ジャンル : 旅行

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