2017-01-13

弾くものは 琵琶

訳:弦楽器(で素敵なんわ)は琵琶でしょ・・・(そんなんきまってるやんかぁ!)

時代やさんで「細長」キャンペーン15000円
まってました!即予約~~~!


実は前年時代やさんのフェイスブックで桜の細長が本業撮影風景がアップされていたので、もしかしたら次のキャンペーンでは?と「ぜひ細長」!をとコメントしたばかりで超ラッキ~~~ってか?念力?情報収集って大切やねん。
来年で卒業の舞にはベストタイム~~~~~!
おそらくは細長体験はこれで終了
全部で4種類
のお色の細長を着ることが出来ました。

表白裏赤
表裏蘇芳
表桃裏赤
表山吹裏橙



細長は平安時代の女性装束の一つですが、実はどんな着物だったのか不明な装束

平安後期の装束解説書「満佐須計装束抄」には例の衣のあげ首なきなり
枕草子に「衣のなかに、細長はさもいひつべし。
という記述しかなくまったく詳細不明な装束ですが、装束店さんでは研究家も交えある程度の再現を行っておられます。
平安時代で「例の」とかいう表現だったようなので、平安貴族の間では説明しなくてもいいでしょ的な装束の立ち位置だったんでしょうが。下賜品や半公式装束のようだった・・・・微妙な表現

文学からも概ね
公家女子の晴れの装束と褻の装束の間の装束といえます。
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畳表層一畳分1枚・松にとまっている鳥・紙を持参し、明石の御方と玉鬘・朝顔斎院を再現しようと思います。
今回は時代やさんでしか出来ない白長袴の体験付きです。
平安時代の長袴は濃か緋色の袴なのですが、例外が白色と萱草色の長袴
白は邸を引っ越す際に着用したそうです。
緋は火と発音が同じ
緋(ひ)→火(ひ)

但し鎌倉時代にこのゲン担ぎの着用は廃れてしまい、現在では白長袴という色さえも長袴では見かけません。
他に凶事には萱草色(黄肌色という?)と言う色の長袴もあったそうです。

そして白長袴の二つ目の例外出産の時、妊婦それ以外のその場にいる全員が上から下まで白装束を着衣する時だけ履くのが白長袴の着用例です。

今回は明石の御方は時代やさんで裳の装着が出来ないので女楽の出席する前の予行演習をしているという場面を再現します。
かつ長袴が白色なので・・・・・・ちょっと変ですが、それはそれ・・・・大目に見てねぇ
六条院転居後・・・・・・?設定時期に無理が・・・・・・無理があるかな・・・・・・・無理だらけ!

では出発~~~阪急梅田から河原町行き桂経由嵐山行き時代やさんへGO
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朝のモーニングはシナモンロール

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あったかい日が多かったか嵐山ではぽつりぽつりと梅が咲いています。
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さざんかは終わりがけ
京町屋の1軒屋が時代やさんのスタジオです。

スタッフさんに案内されて2階の受付へ
撮影の打ち合わせをしてから前日に購入した堺一心堂さんの和菓子をおもたせで、お渡ししてから白小袖に着替えて1階の化粧室へ。
水化粧の始まり~~~真っ白白~~~平安時代から江戸時代貴族(公家・江戸時代には武家の女性も含む)は顔を真っ白にしていました。
白=美だったんですね。
でもその白粉には秘密が実はその材料に鉛を配合されていたんです。
鉛中毒により、胃腸病、脳病、神経麻痺を引き起こし場合によっては死に至ったんですね。
江戸時代の大奥では乳母は乳首にも白粉を塗っていたのでそりゃ将軍候補は病弱だったのも納得~~まあ今は平安時代の話ですよん。
まさに美は命がけだったんです。現在の白粉は概ね粉白粉は、カオリン、タルク、炭酸マグネシウム、酸化亜鉛、コーンスターチ、澱粉などを粉末状カの成分で出来ているのでOK
大分昔増上寺の改修工事に伴い、徳川家霊廟の御遺体を調査した事があってその時に歴代将軍の御台所、将軍生母や姫君達の体から鉛の成分がかなり多めに測定出来たという逸話があります。それくらいに鉛は体にたまるんですね。怖いです。

まず最初におことわり、以下添付の写真は各過去の平安装束体験の物を使用していますので!

晴れと褻の間の装束
公家女子細長姿


小袖を着て白袴

上から単(肌着)
赤色 文様・幸菱
平安時代のあお色は濃い緑をいいます。
これは現代でも青紅葉や青青したという表現に残っています。

五つ衣
萌黄色襲ね・梅紋

平安時代末期の院政時代(白河院から後白河院くらいまで)頃には三つ小袖・二つ小袖の着衣したと文献にあります。

打衣(平安時代の装束は萎装束だったので重ねる際に衣を整える為に装着した衣・叩いて光沢を出すのでこの名があるそうです)


袿(表着)
二陪織物
地紋織物の経(たて)糸と緯(ぬき)糸に、異なる色糸を使用して織りあげた織物
雲立涌 文様は?


細長山吹色
文様撫子
こちらは玉鬘の正月の衣装合わせで源氏が選んだ色「山吹色」で再現されています。
文様が撫子なのは玉鬘の母「夕顔の君」が源氏から撫子のようといわれたのに由来するのかな?
素敵~~~

以上の構成で出来上がり
玉鬘は10代ですから袿を少し控えめな色にしたつもりです。

下に畳表層をひかせてもらい前に琵琶、松の枝、重箱、扇を広げてもらいます。これでセッティングがOK

①明石の御方とは源氏物語に登場する源氏の妻の一人

二人の出会いの物語は源氏が朧月夜君と関係した事が右大臣(朧月夜君の父)朱雀帝(源氏の異母兄弟・朧月夜君を寵愛している)の生母(弘微殿皇太后)にばれた事で始まります。

父院が崩御して後見人がなくなった源氏は冷泉帝(源氏の実子・表向きは異母兄弟)への冷遇を危惧して、官位を返上して都を離れ須磨に隠棲した事がきっかけでした。
その際に明石入道という元受領と知りあい、源氏は明石で隠棲します。

明石入道は源氏の母の従兄妹(明石の君と源氏は又従兄妹にあたります)で自分の娘(明石の君)はいずれは高貴な人物の妻に、その間に誕生した女子が中宮になる定めを信じ、少将の地位を自ら返上して受領として過ごし蓄財を貯めていました。

桐壺の更衣の御腹の、源氏の光る君こそ、朝廷の御かしこまりにて、須磨の浦に ものしたまふなれ。 吾子の御宿世にて、 おぼえぬことのあるなり。いかでかかるついでに、 この君にをたてまつらむ」
え知りたまはじ。思ふ心ことなり。さる心をしたまへ。ついでして、ここにもおはしまさせむ」

罪に当たることは、唐土にも我が朝廷にも、かく世にすぐれ、 何ごとも人にことになりぬる人の、かならずあることなり。いかにものしたまふ君ぞ。 故母御息所は、おのが叔父にものしたまひし按察使大納言の娘なり。いとかうざくなる名をとりて、宮仕へに出だしたまへりしに、国王すぐれて時めかしたまふこと、並びなかりけるほどに、人の嫉み重くて亡せたまひにしかど、この君のとまりたまへる、いとめでたしかし。女は心高くつかふべきものなり。おのれ、かかる田舎人なりとて、思し捨てじ」

明石入道が源氏を婿に考えているのを正妻に語る場面

当時の貴族社会では財力が全ていくら高貴な身分に生まれても財力がなければ苦しい生活を強いられていました。
明石の入道はいずれ中宮を産む事になる娘の将来の為に財力を得る為、あえて受領という中流貴族へと歩ゆんだとのでした。

入道は亡院の息子源氏が須磨にいる事を知り、娘婿にという心ずもりで明石へ迎えます。
やがて源氏に娘を逢い引きさせ、二人は明石で逢瀬を重ね明石の君は源氏待望の女子を妊娠します。

そのころは、夜離れなく語らひたまふ。 六月ばかりより心苦しきけしきありて悩みけり
明石の君が妊娠します。

都では朱雀天皇が目の病に苦しみ、母后も病にふせってしまいます。
それを父院の怒りにふれたと考えた朱雀天皇は源氏を京へ召す事宣旨を下します。
朱雀天皇から京へ上る宣旨を受け源氏は上京、大納言に出世し息子冷泉帝が即位し宮廷での地位を固めてゆきます。

その一方明石の君は不安の中娘を出産します。

十六日になむ。女にて、たひらかにものしたまふ
明石の姫君誕生

その後明石の君は姫と共に都に近い大井川にあった母方の宮家の別荘を改築して住まい、娘明石の姫君を紫の上に託した後、源氏の君の六条院の冬の御殿に居住しました。

昔、 母君の御祖父、中務宮と聞こえけるが領じたまひける所、大堰川のわたりにありけるを、その御後、はかばかしうあひ継ぐ人もなくて、年ごろ荒れまどふを思ひ出でて、かの時より伝はりて 宿守のやうにてある人を呼び取りて語らふ。
忍びやかに、御前疎きは混ぜで、 御心づかひして渡りたまひぬ。たそかれ時におはし着きたり。狩の御衣に やつれたまへりしだに世に知らぬ心地せしを、まして、さる御心してひきつくろひたまへる御直衣姿、世になくなまめかしうまばゆき心地すれば、思ひむせべる心の闇も晴るるやうなり。
明石の君のために別荘を用意する入道

姫君は、何心もなく、 御車に乗らむことを急ぎたまふ。寄せたる所に、 母君みづから抱きて出でたまへり。片言の、声はいとうつくしうて、袖をとらへて、「 乗りたまへ」と引くも、いみじうおぼえて、
源氏の屋敷に引き取られる明石の君が姫君と別れる場面

大堰の御方は、「 かう方々の御移ろひ定まりて、数ならぬ人は、いつとなく紛らはさむ」と思して、 神無月になむ渡りたまひける。御しつらひ、ことのありさま劣らずして、 渡したてまつりたまふ。 姫君の御ためを思せば、おほかたの作法も、けぢめこよなからず、いとものものしくもてなさせたまへり。

源氏は明石の御方を六条院に向かえ、皆よりもあとに入る場面
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六条院入りした明石の御方
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明石の姫君への和歌をしたためる明石の御方
明石の姫君に贈る御用松に鶯の鳥の造り物を手にする明石の御方
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年月を松にひかれて経る人に今日鴬の初音聞かせよ音せぬ里の

姫君の御方に渡りたまへれば、童女、下仕へなど、御前の山の小松引き遊ぶ。若き人びとの心地ども、おきどころなく見ゆ。 北の御殿より、わざとがましくし集めたる鬚籠ども、破籠などたてまつれたまへり。 えならぬ五葉の枝に移る鴬も、 思ふ心あらむかし。


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と聞こえたまへるを、「げに、あはれ」と思し知る。言忌もえしあへたまはぬけしきなり。
この御返りは、みづから聞こえたまへ。初音惜しみたまふべき方にもあらずかし」
とて、御硯取りまかなひ、書かせたてまつりたまふ。いとうつくしげにて、明け暮れ見たてまつる人だに、飽かず思ひきこゆる御ありさまを、今までおぼつかなき年月の隔たりにけるも、「 罪得がましう、心苦し」と思す。

ひき別れ年は経れども鴬の巣立ちし松の根を忘れめや

幼き御心にまかせて、くだくだしくぞあめる。
親子の名乗りをしない時の正月の和歌のやり取りの場面

梅の花 咲ける岡辺に家しあれば乏しくもあらず鶯の声

珍しや花のねぐらに木づたひて谷の古巣をとへる鶯



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こなたより、やがて北に通りて、明石の御方を見やりたまへば、はかばかしき家司だつ人なども見えず、馴れたる下仕ひどもぞ、草の中にまじりて歩く。童女など、をかしき衵姿うちとけて、心とどめ取り分き植ゑたまふ龍胆、朝顔のはひまじれる籬も、みな散り乱れたるを、 とかく引き出で尋ぬるなるべし。
もののあはれにおぼえけるままに、箏の琴を掻きまさぐりつつ、端近うゐたまへるに、御前駆追ふ声のしければ、うちとけ萎えばめる姿に、小袿ひき落として、けぢめ見せたる、 いといたし。端の方についゐたまひて、風の騷ぎばかりをとぶらひたまひて、つれなく立ち帰りたまふ、 心やましげなり。

おほかたに荻の葉過ぐる風の音も憂き身ひとつにしむ心地して」

野分(台風)の到来で明石の御方の冬の御殿にお見舞いにくる源氏と逢う場面

いとうつくしげに、雛のやうなる御ありさまを、夢の心地して見たてまつるにも、涙のみとどまらぬは、 一つものとぞ見えざりける。年ごろよろづに嘆き沈み、さまざま憂き身と思ひ屈しつる命も延べまほしう、はればれしきにつけて、まことに住吉の神もおろかならず思ひ知らる。

娘明石の姫君の入内時には私的な女房(ただの女房というのではなく女房達の長的な立場)として宮中へ入る。

親子の名乗りもすませ果たした後は他の妻達とは一歩引きます。

かかる御あたりに、明石はけ圧さるべきを、いとさしもあらず、 もてなしなどけしきばみ恥づかしく、心の底ゆかしきさまして、そこはかとなくあてになまめかしく見ゆ。

柳の織物の細長、萌黄にやあらむ、小袿着て、羅の裳のはかなげなる引きかけて、ことさら卑下したれど、けはひ、思ひなしも、心にくくあなづらはしからず。

この時の明石の御方の姿は細長の色は表が白、裏が青(現在の緑色)小袿は萌黄色、そして裳をつけています。

高麗の青地の錦の端さしたる茵に、まほにもゐで、琵琶をうち置きて、ただけしきばかり弾きかけて、たをやかに使ひなしたる撥のもてなし、音を聞くよりも、またありがたくなつかしくて、 五月待つ花橘、花も実も具しておし折れる薫りおぼゆ。


持参の琵琶は楽琵琶ではなく小ぶりな琵琶、しかも撥がなくキッチン用品で代用しています。
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朱雀院の五十賀を祝う為に女楽の予行演習している明石の御方

琵琶の御琴をただざまにもたせ給へり
訳(お顔を見られない様になぁ)宮さまが琵琶を立てるようになぁ~~~持ってはんねん。

細長 表黄色・裏蜜柑色
小袿 青丹色


三月の十日なれば、花盛りにて、空のけしきなども、うららかにものおもしろく、 仏のおはすなる所のありさま、遠からず思ひやられて、ことなり。深き心もなき人さへ、罪を失ひつべし。 薪こる讃嘆の声も 、 そこら集ひたる響き、おどろおどろしきを、うち休みて 静まりたるほどだにあはれに思さるるを、 まして、このころとなりては、何ごとにつけても、心細くのみ思し知る。 明石の御方に、三の宮して、聞こえたまへる。

惜しからぬこの身ながらもかぎりとて
   薪尽きなむことの悲しさ

御返り、心細き筋は、後の聞こえも心後れたるわざにや、そこはかとなくぞあめる。
薪こる思ひは今日を初めにて
   この世に願ふ法ぞはるけき
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紫の上へ返歌を贈る明石の御方

とて、しばらくはこなたにおはすれば、明石の御方も渡りたまひて、心深げにしづまりたる御物語ども聞こえ交はしたまふ。
死期をさとった紫の上は源氏の薦めもあり法要を行い六条院で源氏縁の夫人達と最後の交流を行います。


二の条院とて、造り磨き、六条の院の春の御殿とて、 世にののしる玉の台も、 ただ一人の御末のためなりけり、と見えて、明石の御方は、あまたの宮たちの御後見をしつつ、扱ひきこえたまへり

孫の内親王や親王の後見役として宮中で過ごして安穏な宮中生活を送りました。



②玉鬘

頭中将(後の内大臣)と夕顔の間に出来た一人娘、内大臣の夢見で出てきた娘
家女房の右近を通じ初瀬詣でで再び瑠璃姫と巡りあう。
源氏物語中本名が出てくる女性で源氏は花散里の御方の養女として六条院へ向かい入れる。

十月にぞ渡りたまふ。
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六条院入りする玉鬘

御車三つばかりして、人の姿どもなど、右近あれば、田舎びず仕立てたり。殿よりぞ、綾、何くれとたてまつれたまへる。
その夜、やがて大臣の君渡りたまへり。昔、 光る源氏などいふ御名は、聞きわたりたてまつりしかど、 年ごろのうひうひしさに、さしも思ひきこえざりけるを、ほのかなる大殿油に、御几帳のほころびより はつかに見たてまつる、いとど恐ろしくさへぞ おぼゆるや

くもりなく赤き山吹(やまぶき)の花の細長は かのにしの對にたてまつれ給ふをうへは見ぬやうにておぼしあはす

ふと見えて、山吹にもてはやしたまへる御容貌など、いとはなやかに、 ここぞ曇れると見ゆるところなく、隈なく匂ひきらきらしく、見まほしきさまぞしたまへる。

三日の夜の御消息ども
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黒髭大将の妻となり心ならず三日夜の餅を食すゆうつな玉鬘

やうやう、こまやかなる御物語になりて、近き御脇息に寄りかかりて、すこしのぞきつつ、聞こえたまふ。 いとをかしげに面痩せ たまへるさまの、見まほしう、 らうたいことの添ひたまへるにつけても、「 よそに見放つも、あまりなる心のすさびぞかし」と 口惜し。

みつせ川渡らぬさきにいかでなほ涙の澪の泡と消えなむ

結婚後に源氏を迎える玉鬘が詠んだ和歌

なほ、 かの、ありがたかりし御心おきてを、かたがたにつけて思ひしみたまへる御ことぞ、 忘られざりける。
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黒髭大将邸で源氏を懐かしむ玉鬘

さすがに年齢的に玉鬘気取るのはどうかと・・・・・・。少なめにします・・・・・・・・。


③朝顔の斎院

朝顔斎院(桐壺院の弟宮の正妻腹姫君)は若い頃から源氏と親しく文を交わした従兄妹朱雀帝治世から賀茂斎院となり、父宮の死去で実家に戻った後、源氏に求婚されるも、拒ばみ結婚せずに出家した。

つれなさを昔に懲りぬ心こそ人のつらきに添へてつらけれ

あらためて何かは見えむ人のうへにかかりと聞きし心変はりを
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細長をはずして袿を軽く白小袖から外しぎみに源氏の求婚を断り退席する朝顔斎院
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時代やさんを大覚寺方面に行く右手にフレンチのお店があったのでそこでパンを購入する事にした。
元々東京にあったお店Le Bouchon Tournesol
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お店の情報は【こちら】
変身後は桂川ベリでパンランチ~~~~~
持参のコーヒーとサラダと共にパンヂュースのパン達~
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ん~~~もうひと頑張り~~~
腹パンの後は

時雨殿で平安装束を体験します。

藤原定家が百人一首を編纂した小倉山の麓に出来た小倉百人一首を紹介している施設です。

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平安時代装束体験
「狩衣」姿
狩衣はその名の通り、平安貴族の外出着または普段着
普段成人男子貴族達は直衣姿で頭に何を被るかでTPOを分けていました。
この狩衣はまさにカジュアル着です。



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歌仙人形
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夢舞台
百人一首の歌をテーマとして、歌が詠まれた時代を象徴する装束や調度品、生活風俗を4分の1のサイズで緻密に再現しています。


楽し詣での後はお土産あさり~~~楽しうれしの京草子良彌内の土井の志ば漬本舗さんレストラン嵐山でブラブラ~~~
楽し詣で完了
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Author:mai syonagon
京都好き、歴史好き、ショッピング好き、温泉好き、グルメ好き。
凝り性な乙女座、A型、金星人、六白金星なわたしです。

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