晴れの装束と褻の装束の間に・・・・・

訳:(平安時代の)正装の装束と普段着の装束の狭間に・・・・・・

平安時代中期貴族の間で大流行した文学「枕草子」「源氏物語」「うつぼ物語」「落窪物語」「狭衣物語」「栄花物語」や当時の女性貴族達の日記「蜻蛉日記」「紫式部日記」などに文学も大きく花開きました。
頻繁に出てくる当時の女性貴族の衣装には十二単衣(正式には五衣唐衣装(もしくは女房装束・十二単衣))です。

しかし当時それ以外にも着用された衣装がありました。
今回はその中でも珍しい装束を体験する為に京へ!

まず平安装束体験所さんへ今回の為に用意した箏の準備もあり早めにお伺いします。

京都の平安装束でここと黒田装束店さんは絶対的聖地、ご自身で製作されてしかも着付けも出来寺社仏閣、博物館へも納めておられる本物装束店さんです。

今回で二度目
なんでも移転されるそうで、7月中旬で一旦体験所を閉じて来春に再開されるそうです。
その前に訪問をしました。絶対に再開されるという保証もないですから・・・・・・・

まずは入り口で女将にご挨拶
この方が装束を製作されています。舞は手が不器用なのでこういう仕事が出来る人は尊敬します。

今回は小袿を基本にその後その上から細長そして裳をつけての撮影をお願いしました。
料金的にはかなりアップしますが、これで垂髪と化粧込みですから意外と良心的かなと思います。
黒田装束店さんでは+◎万でしたから・・・・。まあでも3種類しかもどこでもできない物具装束でしたし大変満足でした。

箏の準備をして

体験シートに記入してから衣装を選びます。

五衣紅梅の匂い

表着二部向蝶織物赤色

単赤

打衣桃色
小袿は1枚で決まってます。青緑それに合う色目を選んでゆきます。

古式お化粧をしていただき、垂髪を装着していただきます。

IMG_3993_20160702214350d5c.jpg
IMG_4026.jpg
IMG_4048_20160702214359d47.jpg
「五衣小袿長袴姿 晴れの装束と褻の装束の間の装束」

小袖、長袴を着付け単、五衣、打衣、表着、小袿を順に着つけてもらいます。

単はいわゆる下着で、平安時代は小袖を着ず、長袴も素肌に直接着ていました。
一番下に装着し、他の衣よりもおおぶりに作られています。これでその上に着る装束の汚れを防ぐ事が出来るのです。
しかも下着がちらりと見えるチラリズムもかねる一石二鳥

五衣は袿を五枚重ねた着物で、錦が輸入されなくなった当時素材よりも色柄でおしゃれを楽しみました。
季節毎にまた通年、行事などで使用する色目で女性のセンスがとわれました。
同色で下にいくほど白になる重ねを「○○の匂い」といい、最後の一枚を白だと「○○の薄様」といいました。
他にも松重、菖蒲、撫子、躑躅、紅葉、菊など季節にちなむ重ねをありました。

着物の色は禁色もあり全ての色を使用出来ない場合も多かったのでおしゃれも大変だったようです。

次に打衣を着つけてもらいます。
打衣はつやのある着物でおしゃれというよりも生地を整える意味合いの強い実用的な着物です。

表着
袿の一番上に着る着物です。
一番上なので身分に応じて二部織物といった高級織物で作られました。

さらに小袿を羽織ります。
錦の二部織物で織られた最高級品の着物です。
色は青緑色 二部織物向蝶亀甲紋

小袿は平安時代準正装衣装で日常かもしくは五衣唐衣裳衣装に変わる正装として女性の主が着用する衣装でした。
平安時代には表着より短く唐衣の代わりに着用したいわば準正装にもなる衣でした。

殿のうへは、裳のうへに小袿をぞ著給へる。 

この時には高階貴子は小袿に上から裳を着けている姿ですが、これは後日体験するとして!

紅梅いとあまた、濃く薄くて、上に濃き綾の御衣、すこし赤き小袿、蘇枋の織物、萌黄の若やかなる固紋の御衣たてまつりて
枕草子より

もののあはれにおぼえけるままに、箏の琴を掻きまさぐりつつ、端近うゐたまへるに、御前駆追ふ声のしければ、うちとけ萎えばめる姿に、小袿ひき落として、けぢめ見せたる、 いといたし。 源氏物語野分

このころの花の色なる御小袿 胡蝶  源氏物語 胡蝶

萌黄にやあらむ、小袿着て 源氏物語 若菜下
などなど物語に登場しますが、概ね内輪の面会や祝い、宴会で着用されていたようです。

IMG_4069_20160702214602def.jpg
IMG_4112.jpg
IMG_4143.jpg
細長姿 「院政時代の晴れの装束と褻の装束の間の装束」


この衣装は実はよくわからない衣装の一つです。というのも平安時代の絵巻でも画像がなくかろうじて文字による簡単な説明しかないからです。細くて長い物という表現しかないため細部はいまだ諸説あります。
年若の女性や少女の衣装とされることが多いものの37歳前後の女性も饗宴で着用した様子が源氏物語に出てきますので、必ずしもそうでもないようです。

小袖

長袴

三ツ小袖(本装束は五衣)

小袿

細長

桜の細長に、御髪は左右よりこぼれかかりて、 柳の糸のさましたり 源氏物語 若菜下 明石の女御
衣の中に細長は、さも言ひつべし。 枕草子より

女の装束どもあまた領に、細長どもも、ただあるにしたがひて、ただなる絹綾などとり具したまふ 源氏物語宿木

曇りなく赤きに、山吹の花の細長は、 かの西の対にたてまつれたまふ  源氏物語 玉鬘

桜の細長に、つややかなる掻練取り添へては、姫君の御料なり 同

濃き袿に、撫子とおぼしき細長、若苗色の小袿着たり。 源氏物語 宿木 浮舟

紅梅の御衣に、御髪のかかりはらはらときよらにて、火影の御姿、世になくうつくしげなるに、 紫の上は、葡萄染にやあらむ、色濃き小袿、薄蘇芳の細長に、御髪のたまれるほど、こちたくゆるるかに、大きさなどよきほどに、様体あらまほしく、 あたりに匂ひ満ちたる心地して、 花といはば桜に喩へても、なほものよりすぐれたるけはひ、ことにものしたまふ 。  源氏物語 若菜下
IMG_4065.jpg
「さて誰ぞ箏を弾いてたもれ」 と中宮が申し上げる。
IMG_4150.jpg
IMG_4162.jpg
IMG_4178_2016070221501365b.jpg
IMG_4181_201607022150174e2.jpg
IMG_4188_20160702215021c32.jpg
IMG_4192_2016070221502646c.jpg
IMG_4193_20160702215034f97.jpg

琴は、なほ若き方なれど、習ひたまふ盛りなれば、たどたどしからず、いとよくものに響きあひて、「 優になりにける御琴の音かな」と、大将聞きたまふ。拍子とりて 唱歌したまふ。院も、時々扇うち鳴らして、加へたまふ御声、 昔よりもいみじくおもしろく、すこしふつつかに、ものものしきけ添ひて聞こゆ。 大将も、声いとすぐれたまへる人にて、夜の静かになりゆくままに、言ふ限りなくなつかしき夜の御遊びなり。
                                                    源氏物語 若菜下女楽

IMG_4178_2016070221501365b.jpg
添ひ臥したる人は、琴の上に傾きかかりて、          源氏物語 宇治十帖 橋姫


「細長・小袿・裳付き姿 源氏物語若菜下女楽・明石の御方装束   
晴れの装束と褻の装束の間に」


小袿の下に裳を装着します。

そして細長をつけなおし、明石の御方
IMG_4196_20160702215121deb.jpg
IMG_4199.jpg
IMG_4230.jpg
IMG_4252_20160702215148fc1.jpg
IMG_4276.jpg
IMG_4301.jpg
柳の織物の細長、萌黄にやあらむ、小袿着て、羅の裳のはかなげなる引きかけて、ことさら卑下したれど、けはひ、思ひなしも、心にくくあなづらはしからず。 
明石の御方は明石の女御の生母ではありますが、明石の受領だった父いわば中流貴族出身でした。
他の女人よりも地位は下がります。よって自ら裳を装着する事で他の女人に敬意をはらっていたのです。

IMG_4325_201607022152110b2.jpg
IMG_4327_20160702215220910.jpg
IMG_4328_20160702215227b0d.jpg
もぬけの殻

お店の情報は【こちら】
スポンサーサイト

コメント

 

コメント

 
管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

フリーエリア

Powered by FC2 Blog

FC2Ad


Copyright © 京草子 雅な京都絵日記時々詣で All Rights Reserved.