舞少納言の「阿波国詣で」の巻き

舞少納言の阿波国詣で~~~

毎年4月は詣で月~~~季節が良いのでいつもの京草子、○○国詣でと盛り沢山に御紹介

今年は「十二単衣着装強化年」も相まって盛りだくさんな年となりました。

17日に開催される社の森でのイベントに参加申し込みをしました。
前日にいろいろ当日のスケジュールを聞くために電話をして出発準備をすませました。

阪急梅田駅にある成城石井でブランチを購入して、阪急三番街から出発する高速バスで土成ICへ。

車内で朝食&ブランチを頂きます。

土成到着そうそうみっちりスケなので、ここでがっつり食べないとです!

お店の情報は【こちら】

明石大橋を渡り、淡路島を突き抜けて鳴門大橋を超え徳島へ。

ここ土成は徳島県! 実は徳島 両親の出身地、子供の頃は帰省に年に2回帰っていました。

さて徳島四国の中ではちょっと残念な県です。
県民におこられそうですが・・・・・・いやおこるでしょう。

香川は饂飩、蜜柑、栗林公園が有名、愛媛は蜜柑、道後温泉で全国メジャー!高知は竜馬(もうこの人だけで十分でしょ)良さこい祭、皿鉢料理、土佐犬など

一方徳島と聞いてみなさん思いつくものはありますか?

確かになくはないですが、地理的に興味のない人にとっては阿波踊りくらいしかないでしょう・・・・・残念ながら・・・・・。
かずら橋、すだち、徳島ラーメンと言ってもぱっと思い浮かびませんよね。

でも香川にちかいからか「たらいうどん」といって、たらいに入った饂飩を濃いめのお汁で頂く郷土料理があるんですが美味しいですよ。あと海が傍なのでちくわ、鳴門金時、鳴門わかめ、半田そうめん、金長まんじゅう、阿波ういろうなど和菓子は和三糖の産地であったので美味しい物が多いのでお薦めです。


集合時間まで時間があるので、この辺り苺農家の多い地域土日祝で苺狩りが楽しめます。

なのでざ苺狩り

苺祭~~~今回は野田いちご園さんへ。
高速バス停から徒歩3分くらいです。

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こちらは期間限定で苺狩りを土日に開いていますが、苺の加工品も販売されています。
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苺農家さん直売所です。
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美味しそうな苺達~~~ビニールハウスで苺狩り
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苺の花も咲いています。
苺狩りハウスは冬が旬だそうですが、まあその頃はかきいれ時でしょうし。高価な苺を出荷したほうがいいでしょうから。
基本苺農家さんですから、旬のつみたて苺をいただければいいかくらいでOK
では苺狩りスタート1時間食べつくします。
苺の美味しい狩り方???

①奥から手前に

②根元が赤い

③真っ赤に色ずいてる

④種が沈んでいる

⑤葉と根の間があいているもの(首なしというそうです)

⑥いわゆる形悪ぶさいく苺実は美味しい説
てんこ盛りの苺をばさっと丸ごと苺~~~~さすがに安い!!!ちまたでは×2はするか???

⑦大きさよりも色ずきを重視するといいです。
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持ち帰り用は別途予約済み~~~

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大・小各1K合計2000円安~~~


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苺のアイスパフェ
美味しいです。今日は暑いのですごいいい~~~

観光の情報は【こちら】


タクシーを呼んででお宿「杜の森」へ向かいます。

この旅館は元々「縄文時代」を体験できる宿泊施設にしたかったのだそうです。
しかし開業するには縄文住宅は法律に違反することがわかり、平安時代の再現なら可能という事になったそうです。

平安時代の体験ができる宿泊として開業されました。
一部の文学好き、平安時代好きの中ではマニア宿泊地として利用されているそうです。

さすがに宿泊は高額3人でも3万強・・・一人泊では6万近くになります・・・・・・さすがにポンとは出せない金額ですね。
そんなマニアな友人はいないので・・・・・。

徳島は昔阿波国とよばれていました。
その阿波になぜ阿波に御所?という地名が???と思いませんか?
御所といえば天皇家縁の・・・・。でもここははるか遠く阿波国

これはこの地が土御門上皇の縁の地だからです。

土御門上皇は承久の乱(父後鳥羽上皇が討幕の兵を挙げて敗れた兵乱)の責を感じ、鎌倉幕府に自主的に遠流を願い過ごした最後の地がこの阿波国御所であった事に由来します。

鎌倉幕府も隠岐へ流刑した後鳥羽上皇とは違い、土御門上皇には阿波御所を造営させるなど厚遇していました。
上皇はこの地で静かに隠棲し、崩御後は京へ運ばれ陵は金原陵に制定されています。

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玄関から平安時代の寝殿造りの御門です。
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お庭も築山、池、赤い橋と平安時代の庭園を見事に再現されています。
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建物は寝殿造り京都の宮大工さんが建てられたそうです。すごい~~~
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共有スペースのロビー
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十二単衣がお出迎え~~~
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袿と薬玉
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こちらの調度品、および装束は「井筒」そう京都の装束店で風俗博物館を運営紫の縁主催の会社です。

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舞台
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舟形の温泉
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遣り水

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萌黄色
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十二単に頭だけ物具装束風にしています。

装束を着つけてもらい今回はまずは物具装束風に髪をあげて髪飾りと丸櫛と日蔭糸紐持参して装着しました。
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桜の花を折敷に乗せて天皇に献上するために足早に清涼殿へ向かう物具装束姿の内侍
桜を天皇に献上する内侍
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を手にする内侍
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天皇に折敷に乗せた薬玉を献上する内侍


薬玉とは「端午の節句」に貴族達が香木を入れた球状の玉に季節の花花を飾り、五色の紐で飾りつけた邪気を払う飾り物です。
柱にくくりつけ「重陽の節句」までそのままにしていました。

当時の天皇、皇族、貴族達は迷信に支配された生活を徹底していました。
その根拠は健康、権力、財力あらゆる欲を満たすため、ありとあらゆる日常を陰陽道に基ずいて過ごす。

かなりしんどい、やりたいことも出来ないんですからね。
しかも医療がまったく皆無だった(医療といえば鍼ぐらいだったそう)当時ちょっとした病で命を落とす事も多かったです。
なので邪気を払う事は=命をつなぐ!とても大切な行事でした。
しかし貴族がこんなでしたから、庶民はもっと切実でしたでしょう。
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藤の花を眺める内侍

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役目を終えてくつろぐ内侍
長橋の局でまったり~~
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行事の儀式まで貝覆いで遊ぶ

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釣り殿で涼む

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「第3回 平安王朝まつり開催


①十二単

②野点 抹茶+和菓子

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この辺りでなんとロビーで遊びが始まります。
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③お遊び 「聞香」
聞香は最初にたてたお香の後、いくつかの香木を|香りを当てる中世のセレブゲームです。

東福門院和子が特に得意にしていた遊びです。

おしくもはずれてしまいました。

④お遊び2「投扇興」
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投扇興は江戸時代中期京都で始まり流行した遊びです。
桐箱の台に立てられた「蝶」と呼ばれる的に向かって扇を投げ、その扇・蝶・枕によって作られる形を、源氏物語や百人一首になぞられた点式にそって採点し、その得点を競う日本式ゲーム江戸時代には京都で大変流行し、賭事にされ禁止令も出るも、がん無視されたいわくつきの遊びです。
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なんとNO1でした。
花散る里となんだっけ???合計6点でした。

⑤神楽舞
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巫女さんスタイル千早

⑥記念撮影

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ここで裳と唐衣をはずして髪型も整えて「重ね袿」小袿姿
平安時代十二単衣は女房装束の名の通り女房のいわば制服、当然雇い主の女主人は少し違う装束を着ていました。
では何を???物具装束?それとも袿?

それが小袿です。
不思議なんですが、身分が高くなるほど衣の数が減るのです。
さすがに天皇の御前では十二単ですが、儀式や行事、賓客の面談の際にはこの姿に短めの小袿を羽織り準礼服とされていました。
その姿が正式な小袿姿です。


髪を整えで釵子と日影糸紐を装着します。
「物具装束風」

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通常は唐衣の上から裳を装着するのですが、今回は裳を着けてから、唐衣を装着してもらいます。
裙帯
実際の物は再現できないので、今回は浴衣用帯を代用します。
裳の結び目でリボン結びします。
領巾
すけ感のあるポリエステル製の布を購入しました。

平安時代へタイムスリップ~~~

内待ふたりいづ、その日の髪あげうるはしきすがた、唐絵ををかしげにかきたるやうなり、左衛門の内待御佩刀とる、青色の無紋の唐衣、裾濃の裳、領巾、裙帯は浮線綾を櫨 に染めたり、表着は菊の五重、練 は紅、すがたつき、もてなし、いささかはづれて見ゆるかたはらめ、はなやかにきよげなり
紫式部日記より

後年采女が制度化されなくなると役目のみが残りその任には「内侍」が行い重要行事には物具装束姿で行いました。


で今回のおまつりは終了楽しい平安体験~~~

観光の情報は【こちら】

タクシーで土成インターチェンジのバス停へ

ここから高速バスに乗り大阪経由で自宅に帰ります。

夕食はパクッとねええ~~~

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楽し詣で楽し詣でいとおかし終了です。

今度はぜびお泊りしたい~~~
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