木の花は 濃きも薄きも紅梅

訳:木になる花できれいんわ濃いんも、薄いんも紅梅にきまってるやん。

今回は梅と美人とお菓子をテーマに京都に行ってきました。

まずは小野の隋心院へ。
ここはかの平安美人名高い小野小町伝屋敷跡に建つ寺。遅咲きの梅園でも知られます。
まずは総門を抜けて右折した所にある小野梅園を見学。
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丁度見頃との事、外からも薄紅色の梅が見れますが、ここは入園。半分以上がはねずの梅でうめつくされ、回遊しながら甘い香りに誘われて園内を散策。
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まだ午前中だったので、人も少なくてよかった。それでも小僧がパシャパシャ。
なんとも優雅なのが、香りにメジロが数匹その枝に止まって蜜をすっていました。
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素敵かわいい

梅を堪能した後、小町の化粧井戸を見学。なんせ伝・・・なので、本当に小町が使用したかわ謎。
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他にも小町にアタックした貴公子が送った文を埋めたという文塚
老女となった小町を写した像卒塔婆坐像
などなど

そもそも小野小町は謎だらけの女性で、生誕、没年、父母にいたるまでまったく不明な人物。
和歌だけが後世残った謎だらけの美女。
実は存在していなかったとまで言う学者もいるくらい。
かりに存在したとして、わかっているのは下記くらい
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①その姓によると小野氏出身の女性
②小町の歌は主に古今和歌集に選出されていて、その成立が嵯峨天皇在位中という事とそれより古い万葉集にはない事からその生存はその間とそれから少し後と推測される。
よって少なくてもその時代十二単は存在せず、貴族の女人は唐風の衣裳を身に纏ってました。
③和歌の内容がほぼ去った男を未練たらしく追う歌や又美貌が衰えるのを嘆いたりしている歌が多いので、若い時は非常に美しかった。と人々が世界三大美女に選出したと思われる。実際は不明。
④小町とは本名でなく通称で、町とは宮中に仕える女官の房をいう事から実は仁明天皇の后ではとも言われている。
  この天皇は深草帝とも呼ばれていた。そう小町に100日通いしたあの深草少将と同じ名を持つのです。
  ただ先の嵯峨天皇の頃にはすでに美貌が衰えている和歌が詠まれているのでお手がついたとしても即位前かと。

まあまったくわからないから、書き放題。
個人的にはあまり好きではありません。美人だった事を鼻にかけ若さに変わる物を手にいれずなまけていた結果だと思うので。
二条九条両家が厚く保護した門跡寺院らしく内部も庭も綺麗でした。
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お寺の情報は【こちら

その後、で京阪三条へ。
美女といえばスイート???。美女でなくても大好き。
まずは四条河原町にあるカナエ、四条の五条警察署を右折した先にあるS、そして大丸傍のオ・グルニエ・ドールのケーキ梯子。
近くの公園で早速食す。
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個人的にはSが大好き。ショーケースを見ただけで絶対美味しいオーラをまき散らしてました。
ムースが特にとの事ですが、いやいやタルトも美味しかったです。
シャルルフレーデル以来の感動でした。
オ・グルニエ・ドールは昼にもかかわらず5人くらい並び、お目当ての木苺のシブーストをいただきました。
ここは10年はまだたたないものの京都で筆頭格にあげられるスイート店。有名になりすぎると味が落ちる店が多い中、頑張ってますよ。近くのサロンでゆっくり楽しめます。
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右上下がS上がルージュ・下がサントのーレキャラメル
その左が上下オルグニエドール木苺のシブーストとりんごタルト、左端がカナエのあまおうタルト、ミルフィーユ
Sはさすが美味しかったです。ほろ苦いキャラメルに甘ーいカスタード!最高です。
オルグニドールはお勧めのシブーストGOOD!!!今度はミルフィーユにしよう。
カナエはビジュアルは女の子向けでよかったのに・・あまおうは甘かった。生地に味がないといおうか特徴がないといおうか・・・・私にはあわなかった。

Sのお店の情報は【こちら

それからで国立博物館へ。
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今日のメインイベントハプスブルグ展へ。
昼過ぎに長蛇の列、待ち時間50分。日曜の最終日しゃーないか。
ならんでみました。
ウイーンでも美術史博物館行きました。見ましたが、今回の楽しみはんんといってもヴィンタ―ハルタ―画のエリザベート像。ウイーンでも常時展示していません。私も本物は初めて。
すばらしい・・・・
エリザベートはバイエルン王族マクシミリアン公爵と王女ルドゥビィカとの間の二女、クリスマスに生誕し生まれた時に幸運の歯を持って誕生した公女。
少女時代はバイエルンの自然に親しみながら、ブルジョワの様な生活をしていました。その生活が一変したのが、16歳で姉ヘレネのお見合いにバートイシュルを訪れた時からでした。
見合い相手はハプスブルグ家の当主皇帝フランツヨーゼフ1世。彼が一目ぼれ、すぐ婚約彼女が皇后になってしまいます。
生活環境の変化と皇后職務の重みと姑との諍い、妊娠の不安が重なるなど心身症を患い度々保養と称して旅行に出かけます。その行為は皇太子で息子のルドルフの自殺で拍車がかかり、精神的にも不安定になり早く死にたいまで公言していました。
今でいう適応障害とか不安障害とか強迫性心身症、鬱病とかいう病を生涯抱えていたんでしょう。
大変な美人で、身長175CM体重50KG世紀末ヨーロッパで最も美しい高貴な女性。この方は証明できます。すでに写真が発明され好んでとってましたから。
ウイーンの宮廷に訪れるはずのない客まで尋ねたといい、ハンガリーでは好意を持って迎えられ後に二重帝国の成立に尽力しました。
その美貌を維持するため、過激なダイエットを重ね、競歩に近い長時間の散歩と外出で後年お肌がボロボロに!!
晩年は扇と傘で身を隠し、又公式表敬訪問申し入れもなく突然外国王室を訪ねたり、他人の家に突然侵入したりと奇行も目立ったので諸王侯では変人扱いされていたそうです。
61歳の時アナーキストによりレマン湖のほとりで暗殺されました。
訃報を聞いた皇帝は側近にこうもらしたと伝えられます。
「私がどんなにかシシーを愛していたか誰にもわかるまい」と。
彼女は死んだらその灰を海に散骨してほしいと言ってましたが、当然聞き入れられず、遺体はウイーンのカプチーナ教会に皇帝、皇太子と共に安置されています。
 今その名は宝塚や舞台で有名になりましたが、私は以前から注目して伝記やゆかりの地を訪れました。
生まれた時代を間違っただけなのでしょう。
展示のエリザベートはかすかに微笑みとても美しかったです。
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エリザベート皇后京都を訪問。嘘でーすあたりまえか。これは写真用の張りぼて。

エリザベートの情報は【こちら

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そしてかのマリアテレジアの若い頃の肖像画
あっ!!!でぶってない。
そう若い頃はそこそこ綺麗なんです。
高い鼻、大きな意志の固そうなその瞳、面長の輪郭・・・・予想外でした。
なんせ後年のでぶっとおっかさんの肖像画のイメージが大きく・・・・・まあ画家の手直しがあったと思うが。
あのハプスブルグ特有の鷲鼻と突き出た下唇、うざそうな瞳。あまり感じません。
マリーアントワネットの母として日本でも有名、ザ母の象徴であるマリアテレジアですが、実は子供の中で特に女の子の依怙贔屓がとてもひどかったんです。
まずは長女マリアアンナは病弱醜女で嫌われほとんど母親に会えなかったといいます。
   次女マリークリスティーナは美しく絵の才能にも恵まれ女帝の寵愛を受け、初恋の相手との結婚も許されます。
   三女マリアエリザベート彼女も美しく女帝の愛を次女と共に独占しますが、疱瘡にかかり醜女となると途端に嫌われます。
   四女マリアアマーリアは初恋の相手と引き裂かれパルマの精神薄弱者の公国後継者に嫁がされ、その恨みで婚家で荒れた生活をしたため女帝に帰国禁止の目に合います。
   五女マリアヨゼファはナポリ王太子に嫁ぐ直前、義理の姉が亡くなった折女帝の命でカプチーナ教会を訪れた為疱瘡に感染して死亡します。
   六女マリアカロリ―ネ姉の代わりにナポリ王太子妃になった人物。夫は無能ながら上手に手なずけ。そうまさに手なずけていました。この夫大変な手フェチ。妻はしばしそれを利用し言う事を聞いてくれないと手袋をはずさない!見せてあげない!と言っては強迫しながら側近達と政治の実権を握るが、革命後国を追われアヘン中毒になるなど不幸にしてウイーンで没す。
   七女マリーアントワネット まあ書くほどでもなく有名なんで省きますが、いくつかあまり知られていないお話
   ①クロワッサンは輿入れの際、同行したパン職人がドイツからフランスで初めて作られたパンです。
   ②アントワネットは生涯4人の子供を出産しました。3人しかしられてませんよね。末娘は生後すぐ死亡しまし    た。未熟児で障害児だったと言われています。
   ③よく「パンの変わりにお菓子を食べればいいのに」言ったといいますが。これは違います。
   ④革命前後「ドイツ女」と良く非難されましたが。彼女の父フランツ1世はフランス人でブルボン王家の血筋。
    なので彼女はフランス人とドイツ人ハーフなんです。
以上
なんなんでしょうか・・・・?????
美でわが子の優越が決まる???変な女帝です。
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ただし展示されていたのはこれとは別の肖像画です。
それとマリア・マルガリ―テ王女像
スペイン王フェリペ4世とハプスブルグ皇帝皇女マリアナ・デ・アウストリア王妃との長女
彼女の絵画は世界中で有名です。プラド美術館のラスメニ―ラス、8歳の時の像、父の葬儀で帰国した黒衣のマルガリータ像。ウイーンの美術史博物館にあるも数点は従兄で婚約者のレオポルト1世に送られた物です。
かわいいですね。
彼女はレオポルトに嫁ぐと1児(女子)をもうけ、次女の産後死亡します。当時の出産リスクは今の比ではなく、母体の安全性は低かったといいます。
ただ、両家は必要以上の婚姻を続けたため、遺伝病や虚弱体質の者が続いたために丈夫な後継者がなくなりスペインハプスブルグの血も彼の子息で最後に途絶え、支配はフランスブルボン家に移ります。
そりゃ従兄弟や従姉妹や姪甥、伯父叔母や叔父叔母を入れ違えに何度も繰りかえせばそうなるでしょうね。
かわいそうなのは彼女の弟でした。
顔はいがみ、一人で立てず、虚弱体質で始終病がちでせっかく生まれた長男なのに父王に気持ち悪がられます。
人々は魔法にかけられた王子と言ったそうです。

さて美術観賞した後は京都駅のグランヴィア京都の中のパン屋で京みたらしロールを予約GET
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京みたらしロールの情報は【こちら

そして帰宅!!!
みたらしロールのお味は??
なんじゃこら??みたらしを食べている感満載。
半分食べて、次の日ブログで見たトースターでチンやってみました。
あっ!!!いけるあったかい感と中のクリームが溶けて生地にしみおいしいやん。
でも個人的にはエスコヤマの小山ロールかな今のところロール大好き一番わ・・・




   

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