舞少納言古都奈良にあらわるの巻

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今日は正倉院展に行く為に奈良に行ってまいりました。

近鉄奈良駅から京急りんどう号1国立博物館へ。

すごい人・・・絵文字名を入力してください
ならんで館内へ。

正倉院は東大寺の倉庫で、宝物を保管する倉。
光明皇后が聖武天皇の崩御の後、遺品その他を東大寺に寄進した縁で現在宮内庁管理されています。
秋に虫干しを機会に幾つか展示されます。
では展示品へGO!

① 光明皇后直筆の書 楽毅論

  聖武天皇の皇后光明子が中国の将軍楽毅の伝記を王義之が書写したものを手本に744年の44歳時に書いた書。

まず感想。性格でまくり。角ばった字、はらいは大胆。
気は強い、頑固、社交的、自信家、明るい。
きっとそういう性格。
なにより自身のサインに「藤三娘」。
藤原氏の三番目の娘という意味なのだが・・・・・

光明皇后は藤原不比等(鎌足の二男)と橘三千代(持統天皇の後宮で活躍した女官、文武天皇の乳母)の間に三女として誕生。ちなみに藤一娘と二娘は賀茂比売の子文武天皇の夫人で聖武天皇の生母宮子と長屋王の正室長娥子。

不比等は当時持統天皇の信任厚い政治家で、律令制度の立役者。なんと天智天皇の御落胤?ともいわれる。天智天皇は鎌足に自分の妃の一人を与えた。その人物が不比等の母。で、そんな噂があるよう。日本史ではあまり出てこないが、後の摂関政治を藤原氏が独占する基盤を作ったと言っていいでしょう。

そして母は後宮の権力を握っていた三千代。

二人はお互いの権力基盤の強化に結婚した。
怖いこえー

そんな二人の子。
皇后になるために子供の頃から教育された事でしょう。
そして適齢期に甥の当時皇太子(後の聖武天皇)の後宮に夫人として入ります。
その後皇族でない初の皇后光明子の誕生となる訳です。

その後に夫聖武天皇の小刀が展示。
飾りが綺麗な刀で、帯に付けた装身具。・・・・でも小さい。
前に聖武天皇直筆の書をどこかで見たことがあるけど、細くて小さいて女性的な字。
体が弱く、とっても神経質で小心者(いいすぎ???)その事が仏教信仰に傾倒したとも。

②平螺鈿背円鏡
銅鏡に花型に夜光貝の螺鈿、赤い琥珀、べっ甲、トルコ石を散りばめた豪華な品。
すっごく綺麗うるうる

③紫壇木画槽琵琶
唐時代の琵琶。
ツゲ、象牙、鹿角などを木画技法で埋め込んで鳥や花を描いた素晴らしい品。

あ~~~天平文化素敵

奈良駅に戻り、和菓子屋なかにしへ。

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奈良だんご。mocimchi餡子、奈良漬け、よもぎ。

の後、藤原京跡へ。

藤原京は持統、文武、元明天皇の都。
今はほとんど、いや当時の面影ゼロ

ここは今コスモス畑cosmos
満開うるうる

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コスモス畑から耳成山を望む

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コスモス畑から畝傍山を望む

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コスモス畑から天香具山を望む

春過ぎて 夏来るらし 白妙の 衣干したり 天香具山 持統天皇

大和三山は神様に称えられ耳成山、畝傍山は男山、天香具山は女山。
△関係バトルの神話が語られています。

綺麗~~~~~~~~キラキラ感動







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