舞少納言「難波宮巡り」第五段

本編「京草子」の予定が急遽変更「難波草子」追加 

ようやく早春の頃梅も満開~~~こんな良い季節は御出掛~~でも黄砂、PM2.5、花粉の三拍子
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まず昼食をGETするため谷町6丁目のパン屋「gout」グーを訪問しました。
タケウチ閉店以来新規開拓をせまられていたこの頃、なかなか評判のお店に突撃~~~

「海老とアボガド、ゴルゴンゾーラとパストラミポーク」のカスクルーにラムレーズン、蜂蜜バター、栗とカシューナッツバトン、ベーコンポテト、目にとまったいろいろを厳選~~~



お店の情報は【こちら】


さてランチ場所に移動します。地下鉄谷町四丁目で下車、大坂城に向かいます。
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大坂城は上町台地の北側にあり、淀川と京への水路として交通の重要地でした。
元々は古墳があったと言われており、戦国時代末期から安土桃山時代初期には石山本願寺が1580年(天正8年)に石山合戦で焼失した後、豊臣秀吉によって大坂城が築かれ、豊臣氏の居城および豊臣政権の本拠地でした。
秀吉はあまりに有名なのであえて紹介は省きます。
秀吉死去後冬の陣で外堀が埋められ、夏の陣で消失した後、徳川幕府(特に徳川秀忠の治世)の手で再建されますが、火災の不運と明治維新による徳川家の没落により、明治時代には軍用地おして使用され昭和にかけて復元改修工事が行われ現在は大坂城公園として府民の憩いの場所です。

季節の梅が丁度見ごろを迎えています。

大坂城に梅
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秀吉の辞世の句を連想させます。

「露とおち 露と消えにし わが身かな 難波のことも 夢のまた夢」


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大手門
大阪城の正門で高麗門様式で寛永5年(1628)創建されました。
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千貫櫓
大手門を北西部から防御する重要な二層の隅櫓。名称は石山本願寺を攻めた信長軍にとって難攻不落の櫓がこの付近にあって「落とした者に千貫文与えても惜しくない」といったことに由来します。。元和6年(1620)の造営です。
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多聞櫓
松永久秀の多聞城の櫓に由来する様式名で他の枡形にもあったが、現存するのはこれのみ。櫓の鉄門を大手の大門、上部を渡櫓、南に折れ曲がった部分を続櫓といいます。
合わせた面積は600平方メートル余り、高さは17.7メートルもある。寛永5年(1628)創建嘉永元年(1848)再建されます。
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内堀
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城内の巨石
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天守閣
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天守閣と極楽橋
寛文5年(1665)の落雷で焼失したまま再建されず、その他の建物も、大手門や多聞櫓などの一部を残して明治維新(1886)の動乱で焼失してしまいました。昭和6年(1931)、当時の市長関一(せきはじめ)の提案と市民の募金により天守閣の再建、平成9年に行われた「平成の大改修」により改修され今の姿をとどめます。
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秀頼と淀殿終焉の地の碑

最後に秀頼と共に自害したと推測させる場所に記念碑として建てられました。

淀殿は近江大名浅井長政と織田信長の妹お市の方(一説に従兄妹とも言われる)の長女として生まれ、4歳で父を伯父信長に殺され、14歳で母を賤ヶ岳の闘いで秀吉に敗れた時に失い、二人の妹(後の京極高次正室、後のお江与)と共に親族を頼り安土城や聚楽第で過ごした後に19歳で秀吉の側室になったと言われます。
長男を出産後淀に城を与えられ以後淀の方と呼ばれ、秀吉の寵愛を一身に受け二男で後の秀頼を生みます。
大変自尊心が高く(ねねが秀吉から黒百合を贈られ側室達に披露した際には多くの黒百合をねだり同じ様に黒百合を披露したり、醍醐の花見の際には松の丸殿と秀吉の杯を競ったりとエピソードが残ります。)、北の政所ねね(おね)と張り合う逸話も多くあり唯一成人したの秀吉の子を生んだという事もあり権勢を誇っていました。

が、秀吉没後の関ヶ原の戦いの後は家康に権威を握られ劣勢となった後、追い込まれ冬、夏の陣で徳川側に敗北し豊臣家は滅亡します。
尚秀頼には一男一女がいたことはあまり知られていません。
というのも家康の孫で正室千姫が輿入れの際に側室との間に生れた国松を若狭京極家へ預けられ他家へ養子に出され、大坂夏の陣までは父と対面する事もかなわなかったのです。
敗戦後は残党狩りで捕まり処刑されてしまいます。
一方に別の側室との間に出来た一女奈阿姫は女子であったこともあり、大坂城で養育され千姫とも交流があったといわれています。敗戦後は千姫の助言もあり、出家し鎌倉の東慶寺「天秀尼」と名のり女人保護の掛け込み寺の住職として天寿を全うします。

この大坂冬の陣、夏の陣以前に淀殿が家康(すでにこの時朝廷から征夷大将軍の命を受けていた)やねねとうまく立ちまわっていれば少しは状況は変わっていたと思われます。
淀殿自身秀頼が天下人という意識に捕らわれず、大坂城を開け渡し、地方大名として生き残るすべはOではなかったはずです。

家康にはかなわないまでもねねや千姫、妹二人を味方につければ好転していたかもしれません。
秀頼もねねを慕っていたと伝えられていますし、淀殿が女の闘いに終止符を打ち、正室ねねをたてていれば血筋断絶まではいかなかったかもhしれません。まあ狸じじといわれた家康ですから絶対とはいいませんが。

家康はねねは秀吉死去後も礼を尽くし昵懇だった事が関ヶ原の戦いで小早川秀秋を裏切らせた大きな理由でした。秀秋はねねの養子であり、家康側への協力を要請したのはねねともと言われています。

ねねは家康の金銭的後見を受け建立した高台寺で燃え盛る大坂城を見ていた時の気持ちは?

高台寺では今は当然見えませんが、桃山時代は大阪まで見渡せたそうです。

お外で頂くランチパン祭り~~~
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梅林
ただいま盛りなりけり
数多くの品種の梅が植えられて早春を感じさせてくれます。

もういくつかの梅は見頃を過ぎていますが、まだまだ楽しめます。
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夫婦梅枝垂れ

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富後

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東錦

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紅千鳥

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淋子梅
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梅とめじろ
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大坂城と梅
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緋の袴

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摩耶紅

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富後とめじろ

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富後と摩耶紅とめじろ

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思いのまま

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楊貴妃

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八重揚羽
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観光の情報は【こちら】


梅見の後に近くにある大阪歴史博物館で大阪の歴史あれこれ探索~~~!

というのは口実でここで大宮人になれる体験「奈良時代の女官衣裳を着つけ体験」が出来ます。
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日程があらかじめ決まっていてこの日はたまたま衣裳着付けの日だったのでさっそく訪問します。
三フロアーにまたがり難波宮遺跡の展示、中世、近世に渡り大阪の歴史を知る事が出来ます。市内で意外と知られていない博物館ですよね。
この辺りは古墳時代から大陸との交流地点であり、古くから倉庫群があったそうです。
孝徳天皇、聖武天皇時代には難波宮が置かれた都でもありました。
昔はこの辺りまで海岸線で今よりも海抜がぐっと低かったんですね。
館内を見学し天下の台所と称し繁栄した中世の9階フロアーで大坂をお勉強。10階で奈良時代に難波宮が置かれた都の歴史をお勉強していざ!変身~~~

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奈良時代の難波宮大極殿跡

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奈良時代の女官の服装

中世時代の大坂
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文楽
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歌舞伎
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江戸時代の大坂の町並み

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中世の大坂の様子




観光の情報は【こちら】


さて今回はこの近くの大阪歴史博物館で大宮人の歴史体験が出来ます。
そう奈良時代の装束体験です~~~以前も紹介しましたが、今回はたまたまその日に当たりせっかくなので体験です。
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観光の後は扇町のPatisserie Ravi,e relier パティスリー ラヴィルリエを訪問します。

大阪で人気NO1のこちら本格的なフランス伝統菓子を得意とし、パリを彷彿とさせる外装が気分をMAXにしてくれます。
アドレナリン爆発~~~

ケーキをGETしてから家路に向かいます。

夕食もグーのパン頂きます。
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では帰宅後の茶会~~~

トロペジェンヌ
南仏サントロペの伝統菓子はブリオッシュ生地にクリームをサンドしたバター風味豊かなお菓子。
日本ではそんなに有名ではありませんね。普通はクリームにオレンジピールを入れるのですが、こちらはフランボワ―ズで。
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サントノーレ・ショコラフランボワ―ズ
シュー生地にカスタードを入れて上からキャラメルをかけたお菓子ですが、こちらはそのチョコバージョン。相性の良いフランボワ―ズソースを加えて~~~。
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シブースト・フリュイ・セ・デトラクエ・アンベルセ

御存じタルト生地にカスタードメレンゲを乗せフルーツを入れ、表面の砂糖を焦がしたお菓子です。
季節の苺バージョン~~~。

こちらの特徴は定番の生菓子も季節に合わせて微妙に変化させている所、ですしかも季節外ならショーケースからはずすという徹底ぶり、なるほどリピーター続出な訳ですね。


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