壺装束などにはあらで、ただひきはこえたるが

訳:ちゃんとしたなぁ~旅装束なんかじゃないん。下の着物をちゃちゃっと織り込んでるだけのかっこう
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ホテルで朝食をいただいてバスで江刺BCからタクシーで!!!
江刺は奥州藤原氏初代清衡生誕の地であり、清衡が平泉へ移るまで暮らした縁の地です。

えさし藤原の郷は平和都市平泉の構想を思案した地に建てられた奥州藤原氏時代の世界を再現したテーマーパークで時代ドラマや映画のロケ地としても使用されています。

最近だと「大河の平清盛」「陰陽師」「アテイル」なんか撮影されていました。
かなり忠実に再現出来ています。

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えさし藤原の郷

伽羅御所内で雰囲気もよくまさに奥州藤原時代にタイムスリップ出来ます。


奥州藤原氏は遠祖である藤原頼遠が、陸奥国に移住した事に始まります。
父親藤原正頼が従五位下だったので頼遠の家系は中流以下の貴族にすぎませんでした。

その子が豪族・安倍頼時の娘を娶って縁戚関係を結び、奥州にその地位を定着させてゆきます。
その間に出来たのが東北の奥州藤原氏の勢力を絶対的にした藤原 清衡です。
父なき後、後三年の役でその地位を確立した清衡が関白藤原忠実に金と献上品で事実上の奥州支配を容認し陸奥の押領使という役職を与えその支配を黙認していました。
東北に事実上の奥州藤原国を成立させます。

奥州藤原氏三代秀衡の居館を想定して再現しています。
平安時代寝殿造の様式で現在民間で再現された物では日本で唯一の建物です。
かなり忠実に再現されていてかなり本格的です。

この秀衡の時代に鞍馬山を逃亡した源氏の御曹司「源義経」を保護し養育した人物です。

当時平家を滅ぼし勢いずく源頼朝は奥州をも手にしようとします。
鎌倉との衝突を避けられないと考えた秀衡は文治3年(1187年)頼朝と対立して追われた義経を匿い、源頼朝の奥州討伐を危惧しながら死去します。

後を継いだ泰衡は文治4年(1188年)2月と10月に頼朝は朝廷に宣旨を出させて泰衡と基成に義経追討を要請を断り続ける事は困難として義経を襲撃し、義経と妻子彼の主従を自害に追い込みました。
しかし頼朝は奥州征伐を断行しついには文治5年9月3日に泰衡は頼朝軍に滅ぼされ斬罪されてしまいます。

ここに奥州藤原氏は滅亡しました。

今は昔の物語

伽羅御所で10時から有料十二単体験のために向います。
もちろん予約済みです。
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清衡の正室 北方平氏
その前に無料の袿を羽織り~~~平安気分~~

平安時代の遊びが体験できます。
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貝合わせ(貝覆い)

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基衡の正室 安倍氏(?)


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泰衡の正室 藤原 基成娘 
薬玉を手にします。
薬玉とは節句の日に贈られる厄除け的な飾り玉です。
丸い球体に造花を色どり、中にお香を入れて柱に吊るします。
藤原 基成娘は身分が他の当主の正室よりも身分が高いので小袿姿です。
大人用の袿に子供用の袿を羽織り代用しています。

藤原 基成は鳥羽院の近従で当時の関白の義理兄にあたります。
朝廷から陸奥守という実権のない国守に任じられますが、藤原基衡に重んじられ娘を正室に嫁がせます。
これはまさに青天の霹靂なぜなら奥州藤原氏はその姓に藤原と名乗るも都人からすると蛮族として激しい偏見を受けていました。
基成は外孫泰衡が源頼朝により滅亡させられると帰京して以後の消息は不明となります。
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秀衡の正室佐々木氏

十二単衣の着付けを前に装束をどれにしようかいろいろ悩みました。
色が良くても写真うつりや自分の顔色にあっているかとかいろいろ考えた後に季節に合った色合いで
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伽羅御所でも催された宴で舞を披露する舞姫
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伽羅御所でくつろぐ藤原秀衡室
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ありし日の無量光院が見えます。

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花籠を手に
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細殿でまったり
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部屋でくつろぐ
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清少納言の香炉峰の雪やいかならん
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これかれ、もの言ひ、笑ひなどするに、廂(ひさし)の柱に寄りかかりて、ものも言はでさぶらへば、「など、かうも音もせぬ。もの言へ。さうざうしきに」と、おほせらるれば、「ただ秋の月の心を見はべるなり」と申せば

訳:女房さんらは話をしたり笑っりしてんねんけどあたしは廂の間の柱に寄りかかって、だまってたんやけど、「だんで、そうだまっておんのん?淋しいやんか」いいはるねん。あたしは「ただ秋の月の情趣を見ていたんですよん」とお答えしたんやん。
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柱にもたれてまったりとしている舞少納言
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中宮さまに呼ばれて
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几帳に
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いろいろ撮影した後にお腹がすいたのでレストランで昼食を頂きます。お蕎麦にしました。

食後にゆっくりしてから、期間限定の「壺装束」の体験へ。
着物の裾をすぼめてもらいます。

市女笠を被り2時間をゆっくり散歩します。雨が心配ですが・・・・・・・・。と思っていたら始まる少し前に雨がやみ天気に!!!

御所車前
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御所車から降りる今奥州に到着した基成の夫人
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政庁
北側は8〜9世紀頃のまだ東北地方の全土が掌握されていない古い時代の様式で再現された官庁です。
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南側
朱塗りの建物は律令時代(12世紀)の政庁の再現
檜皮葺入母屋造正殿と脇殿は回廊で結び高床式の倉を築地塀と揚土塀が囲んでいます。
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鄙から上洛したが基成の夫人京見物願いを

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身分を隠して街中を歩く基成の夫人


伽羅御所
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反り橋を眺める

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釣殿
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江刺の館でくつろぐ

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