雨のうちはへ降るころ、今日も降るに。

訳:雨が毎日毎日降る頃、今日も降ってるわ

もう梅雨の季節どんよりと心も重いがそんな時ほど吹き飛ばして楽しもう
今回は6月の花をテーマにしようとっしたらなぜか平家数珠繋ぎになってしまいました。

阪急で京都市内からまずは妙心寺の東林院へ。
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本日から30日まで沙羅双樹の花を愛でる会開催。
釈迦が亡くなった時、四方を囲んで植えられてたが、枯れて鶴の羽根のように白くなった伝説から仏教で聖木の植物。実は日本では育たないのに僧がそれを知らず、見つけた夏椿を沙羅双樹と思い込み。
いつしか沙羅双樹=夏椿になったのだそうです。
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沙羅双樹のつくばい
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実は法金剛院の沙羅双樹・・・
祗園精舎の鐘の声
諸行無常の響きあり
沙羅双樹の花の色
盛者必滅の理をあらはす
おごれる人も久しからず
ただ春の夜の夢のごとし
猛き者も遂には亡びぬ
偏に風の風の前のちりに同じ
そう平家の栄光と衰退をビワにのせて物語る有名な一節。

平家と言うと皇族系伊勢平氏。平安後期活躍した武士集団その絶頂期に活躍した政治家平清盛は忠盛の嫡子。白河、後白河両上皇の元寵臣であり、実は白河院の愛人祇園女御又はその妹との落しだねという説もあるほど。童子の頃から白河上皇に特別に遇されたといいます。この上皇は藤原氏から政治を院政で取り戻した上皇として歴史の教科書にも載る人物。
「賀茂河の水、双六の賽、山法師、是ぞわが心にかなわぬもの」と嘆いたといったそうですが、逆に言うとそれ以外は何でも出来たといえます。
清盛はその彼に気に入られ若い時から藤原氏の中でも有力な貴族や白河、後白河上皇の院政の中枢に出入りし、妻時子は二条天皇乳母、義理の妹(時子の姉妹)の滋子は後白河上皇の后となったのを足掛かりに天皇家に接近、ついには太政大臣となり、娘徳子(建礼門院)を高倉天皇の後宮に入内を実現娘を中宮にした後、出来た孫の安徳天皇が即位。外戚として権力をほしいままにします。
それに危機感を持った後白河上皇(白河上皇の曾孫)に逆に疎んじられ、ついに源氏との争いは天皇家の皇位を背景に内戦勃発。
そのさなかに熱病(マラリア)で死去。ついに平家の栄華も終わりを迎えるのです。
壇ノ浦の戦い、大原行幸等皆さんもご存じですね。

一般的には武力で天皇家と貴族をおさえつけ権力をほしいままに「平氏であらずんば人にあらず」と言われたといいますが。武士というより、むしろ新興貴族の側面が強く見えます。
元々皇族が臣籍降下した訳で、しかも宮中では政務の実務者として目まわししながらの出世ですから、まあ最後に源氏に滅ぼされるのであまり良くは言われないですよん。
歴史書は勝者の書く物ですからね。
話しはそれますが、実は源頼朝を後押しした北条家は元々平氏の出、清盛が処刑するのを東国の同族に身柄を委ねたのを裏切られてしまうんですね。
まあ頼朝と政子の恋愛という偶発事故でしたがね。

この時期に咲く夏椿が咲く頃だけ特別拝観出来る山名豊国が寺号とした御寺。
妙心寺塔頭東林院では拝観料とお茶菓子つきで庭の沙羅双樹観賞が出来ます。

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右の苔の下は白は散った花弁。
世の儚さが感じられますでしょうか
開花はこれからという感じです。が、今日が初日、尺の奉納の後、香道の家元から香の奉納。そして読経。
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ぶれぎみ・・・香を奉納する所です。
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沙羅林の庭を観賞後鼓月の「沙羅の露」とお抹茶でほっこり。生菓子甘かった。
妙心寺境内に咲く花
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観光の情報は【こちら】

すぐ近くなので、法金剛院にも訪れました。
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門に花の寺と札あり。これは期待出来ます。
荒れていたこの寺を再興し、住まいとしたのが、鳥羽天皇(白河上皇の孫)中宮にして崇徳天皇、後白河天皇の母待賢門院です。
彼女は大納言の娘でしたが、幼い時に父を亡くしたので白河上皇と祗園女御の養女として育ち、当時人々に上皇の愛人と見なされていました。
彼女が本当に上皇の愛人だったか?ですが、当時の人々がそれを信じていたのは事実のようです。
もしそうだとしてもなんせあの十二単の姿で夜ばいされては抵抗無理でしょう。ましてやほぼ座ったきり生活の深層の令嬢。
不可能です(断言)
適齢期がくると何を思ったのか上皇は鳥羽天皇の内裏に入れ女御、そして中宮にしてしまいます。
上皇生存時は天皇とも表向きは良好な夫婦関係を保っていましたが、上皇が崩御するや寵愛は美福門院に移ります。しかも鳥羽上皇は生まれた第一皇子の崇徳天皇を叔父子と言って実子でないと公然と崇徳を嫌いました。
このあたり難しいのですが、鳥羽天皇は待賢門院を嫌っていたのでしょうか?
二人の間には五皇子二皇女の子に恵まれていました。白河上皇側の後宮女官にみはられているとはいえ(鳥羽上皇の乳母は待賢門院の実母)、その数は多いと思います。可愛さ余って憎さ100倍か?
知るは鳥羽上皇ただ一人ですね。
ここに美福門院腹の近衛天皇VS待賢門院腹崇徳上皇の天皇家の跡目争いが起こります。
(息子の崇徳は戦いに負け流刑の果て祟神に)待賢門院も最後は美福門院側を呪詛したとして疑われ、一人洛中を追われ出家して晩年をここで過ごした悲しい女性です。
西行法師の思い人としても知られていますね。
清盛が誕生したのは待賢門院の入内後です。祗園女御邸では面識はなかったので平家に直接関係はありませんが、崇徳、近衛両天皇家の血脈争いと平氏と源氏の争いの元であり、彼女が巻きこまれたのは確かです。
しかし平安時代も女には厳しい時代。やはり自分という自負を備えた自立した女性はこうはならなかったのでは?
と思えるふしが・・・女三宮を連想させますね。
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園内は平安様式を今に伝える回遊式庭園です。女性の寺らしく毎年季節の花が楽しめますが、とりわけ蓮は有名な寺院です。六月は菖蒲と紫陽花が咲いています。
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「いずれ待賢門院か美福門院」
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このあでやかさは美福門院でしょう。
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この気品ある菖蒲は待賢門院でしょう。
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園内は菖蒲が見ごろ、紫陽花はこれからといった感じですが、他にもいろいろ咲いています。
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蓮の葉、雨の露
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ニワナナカマド
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皐月
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釈迦が悟りを行った菩提樹。実は育たないので違う樹。
で北大路の嘯月へ予約のきんとん(紫陽花)「朝の露」と青梅を取りに行きました。

で丸太町へ。
甘楽花子に行く予定が閉店?ない!?
しかたないので近くの洋菓子店ブランブリュンでチョコで有名店2種類GET。
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京都御苑に入ると九条家跡の傍に厳島神社があります。
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そう安芸の宮島「厳島神社」清盛が深く崇高したあの神社の分社。清盛が厚く信仰した神社がここ旧御所近くにあったんです。しかも祗園女御合祀されています。
しかし九条家は平家の時代清盛廃絶に力を尽くした摂政兼実の血筋。なぜに清盛が崇拝した厳島神社が屋敷内に?謎・・。

今出川から京都御苑の白雲神社で例祭が催されています。
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苑内ひっそりと建つ西園寺家(藤原氏が源流)の旧邸にある神社。今日は例祭で神事の後白拍子の今様と狂言の舞が奉納されます。
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ぶれぎみ
白拍子といえば後白河上皇お気に入りの舞の芸人(男女をとわなかったそうです)が美しい女性が酒宴などで舞を披露しました。聞こえはいいものの、ようは貴族や金持ちの寝所で夜の勤めた遊女がほとんどだったといいます。
清盛の愛人祇王、仏御前、義経の側室静御前など知られていますね。
はあ・・・平家数珠繋がり~~~
今の昔を思いつつ。
観光の情報は【こちら】

そして祗園へ。
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祗園といえば八坂神社昔、祇園社といったそうです。
この近くに白河上皇の愛人祗園女御が住んでいた邸があったそうで、上皇が後の八坂神社に行幸した折、出会って関係したそうです。元はいずれかの源氏の室とも後に平忠盛の室ともいわれていますが、はっきりした素性はわからないそうです。ただ、女色(寵童もあった)の晩年の上皇の寵愛を一身に受けていたのは間違いないでしょう。
円山音楽堂の西側に祗園寺という阿弥陀寺があります。祗園女御が崇拝し建てた寺跡に建立されました。
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そして丸山公園の奥にひっそりと建つ寺が長楽寺、壇ノ浦で入水するも源氏に助けられた建礼門院が落飾。髪をそり、出家した寺です。
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建礼門院はしばらくここで過ごしますが、なにせ八坂神社すぐ傍です。静かにといかず、騒がしさにうんざりし、京都の奥大原の寂光院に居を移し、生涯を祈りに捧げました。
山桜、紅葉もいいですが、賑やかな祗園の中で静かに新緑を楽しめながら女院の思いを感じつつ参拝しました。
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本堂には建礼門院御像(複製)、建礼門院画像、安徳天皇画像(複製)、安徳天皇御衣の旗(複製)展示。
庭は蓮華寺のものにています。同じ時代のお約束なんでしょう。
境内に建礼門院の御髪(遺灰との)の供養塔があります。
雨が降り、蛙の声が聞こえてなんともしんみり。
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辻利と土井しば漬本舗、幸楽屋で買い物して帰宅へ

帰宅後、大好きな陶庵の器と辻利の瑞雲の玉露
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左からブランブリュン2点、幸楽屋1点、嘯月2点と手前が幸楽屋の金魚鉢
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「朝の露」色のグラデーションが美しくて、裏ごしの餡も繊細で他ではなかなか見れない仕事ぶり。寒天の露のみたてはこんな所にも気配りが・・・感じられ。中はつぶあん味はなめらかで好きな甘味です。
和菓子ってこうよねと思わせます。

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幸楽屋は京高で発見。
金魚鉢は見た目は涼しげ、だが味は?せめて寒天に味がほしい。サイダーでもミントでも、大葉でもいいかな。
わらび餅は直正とよく似ているが、少し大きい。
開けたとたん黄粉の香りがプーン。プルンとして柔らかとした舌触り、美味しい!!!

今回はブログをUPしながら、平家物語をCDで聞いています。
図書館で予約していたのだけど、取りにいけず今回は自宅で聞きながらです。(残念
拝観しながら聞きたかった。

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