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2019度年衣紋道への道 進歩状況 第三段

あけましておめでとうございます2020年


昨年は私見満載のブログをご愛読ありがとうございます。
本年も頑張ってUPするのでよろしくお願いいたします。

 昨年2019年は積極的に京都装束店さんや装束製作者さんへ装束の制作依頼をお願いしました。
少しずつですが、出来上がってまいりました。
私も手仕事できる物は自主製作をと思い、装束を体験していただく時の持ち具の入れ物にいろいろ製作しています。


①筥
本来は大きいのですが、持ち運びを考え、持ち具を置く筥の制作を試みました。
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桐の板
サンドペーパー
水溶性工芸漆液
刷毛
織物店で購入した本物の錦

板をのこぎりできり、三とペーパーでスリスリ、液を塗塗りを何度か繰り返しては乾かしを!
そしてなんにでもくっつく強力接着剤で錦を貼り付け!!!
素人感が半端ないけど遠目には・・・・・・・・・・・大丈夫だよね・・・・・。

どうだ!!!
こんなん出来ました


②懐紙たとう
季節それぞれの色目と四季通用を男性物と女性物を用意しました。
たとうは和歌をしたためたり、鼻をかんだりしていた実用品です。
今のような二枚重ねの厚紙ではとても使用できません。
二枚じゃたりないし・・・・。
熊野大社の神様使用のたとうは数枚重ねてあるのでいろいろな寸法でつくってみました。
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紅の薄様・紅の匂い・霰文様紅
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撫子・若菖蒲
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四季通用春柳・夏卯の花・秋白菊・冬松の雪
白菊
藤袴


③装束店さんや織元さんHPの絹綾織、楽天での和装の生地調達

お知り合いに和装をされる方がいて、その方にお願いするつもりで収集した装束生地達
どんな子たちになるのかご期待。
年初めに楽天で羽二重2M購入すごく安く手に入りました。B級反物切り売り「900円」助かります。
これを御願いして衣紋紐をつくってもらいます。

そのあと18匁の綾織を見つけしかも1M2000円しない。
一回直衣できれば無理なら捻り重ねでネ圭ができればと22M購入。
即配達。

やはり薄すぎて直衣には無理、ここは夏用の捻り重ねでと思い、同サイトで染色も安くされているのでぽちっとして「濃き呉藍」を注
文しました。
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写真うつりでやや紫色っぽいですが、濃い紅です、これはいい感じ~~~~
残りは「女郎花色」「二藍」「比翼仕立て用の紅匂い」候補を絞り・・・・・・。


紅染は後日京都の手染屋さんでワークショップ体験して染めてからチチクとネ圭の比翼仕立て自分で製作。
隣は以前染めてもらった濃き紅です。
TEZOMEYA京都さんで中紅色染めてもらい&染めてみました。

延喜式にのっとって、染色家の方のご意見で中紅色
そめ材料はべに花1K、絹500G、炭酸カリウム、クエン酸です。
まず紅色と想像すると明るい赤ですが、実は延喜の頃(醍醐天皇治世)はいわゆるショキピンでした。
こちろんこれよりも赤い色は韓紅、紅の八塩とありますが、濃い色は当然高価ですので禁色対象です。
しかし赤色の欲求はおさえる事が出来ず、どんどん紅色は赤くなり現在の明るい赤色をさすようになります。
平安時代に初期前期の紅色が標準化は正直?その身につけた身分に大きく左右していたし。難しい所です。
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暗い所ではこんな色に

お知り合いの方にたのんで鶴岡八幡宮の御神服に近い縫製で装束にしていただきました。
袖の取り付け方が特徴的ですが、これは鎌倉初期の装束、平安時代の現存する装束はありません。
平安時代の装束はいまいちはっきりしません。
この装束は袖部分が見ごろに取り付けられていますが、平安時代そうだったかは源氏物語絵巻でもはっきり確認できません。
文学上では男君が女君を口どいて部屋へ連れ込む際にはよく袖を捕らえる行為がみられます。

源氏物語 花宴

如月の二十日あまり、南殿の桜の宴せさせたまふ。中略 后、春宮の御局、左右にして、参う上りたまふ。中略
夜い源氏の君、酔ひ心地に、見過ぐしがたくおぼえたまひければ、「 上の人びともうち休みて、かやうに思ひかけぬほどに、もしさりぬべき隙もやある」と、藤壺わたりを、わりなう忍びてうかがひありけど、語らふべき戸口も鎖してければ、うち嘆きて、 なほあらじに、弘徽殿の細殿に立ち寄りたまへれば、三の口開きたり。たう更けてなむ、事果てける中略
かやうにて、世の中のあやまちはするぞかし」と思ひて、 やをら上りて覗きたまふ。人は皆寝たるべし。いと若うをかしげなる声の、 なべての人とは聞こえぬ中略
朧月夜に似るものぞなき」
うち誦じて、 こなたざまには来るものか。いとうれしくて、ふと袖をとらへたまふ。女、恐ろしと思へるけしきにて、
「 あな、むくつけ。こは、誰そ」とのたまへど、

何か、疎ましき」とて、中略
とて、やをら抱き下ろして、戸は押し立てつ。あさましきにあきれたるさま、いとなつかしうをかしげなり。わななくわななく、
「 ここに、人」
と、のたまへど、
まろは、皆人に許されたれば、召し寄せたりとも、なんでふことかあらむ。ただ、忍びてこそ」
とのたまふ声に、 この君なりけりと聞き定めて、いささか慰めけり。 わびしと思へるものから、 情けなくこはごはしうは見えじ、と思へり。 酔ひ心地や例ならざりけむ、許さむことは口惜しきに、女も若うたをやぎて、強き心も知らぬなるべし。

源氏物語 夕霧
まだ夕暮の、霧に閉ぢられて、内は暗くなりにたるほどなり。 あさましうて見返りたるに、宮はいとむくつけうなりたまうて、 北の御障子の外にゐざり出でさせたまふを、 いとようたどりて、ひきとどめたてまつりつ。
御身は入り果てたまへれど、御衣の裾の残りて、 障子は、あなたより鎖すべき方なかりければ、引きたてさして、水のやうにわななきおはす。

前記は袖とあるのでやはり袖は身頃と別れている解釈が出来るように思います。
この単衣重ねは袖を身頃に縫い付ける縫製をとりました。


④巻纓冠繁紋緌付き
個人的に平安朝の冠が希望ですが馬鹿高い10万~15万くらい&こじがでかすぎて個人的にはNG
修理に出したら新品とそんなに変わらない価格に。でもいいか・・・・・。
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大嘗祭の宰相の中将
6月に齋藤専商店さんで巻纓を製作してもらいました。
ついでに緌もGET
纓の留は現在白木で弔ですが、平安時代は檜扇の板を折り、纓に挟んだので白木でちょうどよいです。

⑤荒目紗(俗称 羅)

平安時代薄い衣といえば「羅」でした。
捩り網の一種で網や網に見られる織組織
目が粗いので生地に隙間が出来て暑い夏にはもってこいの袿でした。
主に表着に用いられたり、時に唐衣や裳にも使用されていました。
紗の古典での記述はたまきはるやまさすけ装束抄あたりでしょうか?

羅の中でも文羅は縦糸で模様を描く文羅は応仁の乱で技法が失なわれ長らく途絶えていた技法でしたが、近年人間国宝の北村氏によって見事に再現されました。
これには正倉院に残っていた残衣が大きく貢献しています。
但その技法は非常に手間と時間がかかるのであまり一般的ではなく販売されていても帯で70万~上代は???
安価で夏の名古屋帯に出ている羅は昔の羅ではないようです。

しかし羅は平安文学にも多く出てくるし、おそらく紗の帯の生地を装束に取り入れたいと思い濃き紅梅色の羅の名古屋帯でまだ使用しても問題なさそうな「流水文」をGET

いまの所は「唐衣裏地用」に2枚GETしています。
生地が帯なのでかなり厚いですが、青色との組み合わせの配色がドンピシャで気にいっています。
左は以前購入した裳の腰用の羅草文様です。

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>無文羅

どうしても羅にひかれる舞
羅で装束再現できないのか?
CPで常にチェックしていたら人間国宝の武村氏もう絶対無理高い高すぎる!!!
帯の長さ4Mで最低70万~100万以上

でも・・・・・・・・ほしいと西陣にもいてはる羅織職人さん~~~どうだろうお話できるかな???
何度かメールして
6月に工房へおじゃましました。

とても気さくで笑顔の素敵な方でよい感じでお年をおめしでおられるも本当にお若い!!年齢聞いてびっくり
まず舞の何がほしいのかお話ししていたらおもむろに奥からこれええと思いますわ。
でてきたのは46CMの反物「古来の無文羅」


ひゃ~~~~なんでも〇〇神社さんの別注品の第一号試作品

「四隅のかがり方がうまくいかず商品にならない。でもおっしゃってるのこんな感じやね。」

「そうそうそうです!!幅もちょうどいいです」

しかもお値段もお勉強してくださり、さらに全部もってかえってええとこだけ切って後は返してお代も年末でええよ。

神様ですか?神様ですよね・・・(*'▽')神様降臨
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これを科学先染料の黒で染めて黒の無紋羅にしました!!!
あと見取り図を作って、菱の刺繍をしてから裁断、端を練り練り練り仕立てからの纓出来るかな????

やはり「半臂」「冠」

半臂

半臂とは闕腋袍の下にきる今でいうベスト
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元々は下着に近い物で奈良時代はこんな感じの物でした。

両脇と後がビラビラとアコーディアン式になっていて足を動かすとビラビラと揺れて素敵
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今の舞装束用の半臂
半袖もしくは袖なしの上衣・胴着で男性官人が朝服(束帯)の袍の下に着る内衣
はじめは文官武官とも使用していましたが文官は冬は肌着が見えないこともあって肩脱ぎする時、夏以外は使用されなくなりました。
『延喜式』に天皇のために毎月揃える衣料の一覧の中に藍、紫、白の半臂計10領との記載があります。

垂領で衽を重ねる形式の腰丈の胴着で、裾に襴がぐるりと縫い付けられています。
身は二幅で、袖はない。
襴には横と背後に多くの襞が取られ、動きやすく出来ている。
正倉院伝来の半臂は裾に紐が縫いつけられていますが、束帯の半臂はいつしか独立した「小紐」で結びあわせるようになりました

小紐には「忘緒」という飾り紐を通して垂らします。
中世以降の記録によれば、忘緒は襴と同じ生地で、長さ1丈2尺(約3メートル半)、幅3寸3分(約10センチメートル)の帯形に作り、これを三重に折りたたんで左腰に通します。

色は平安時代中期には平素は黒になりました。
それ以前は基本公卿や禁色勅許を得た者は滅紫色、特例日には白色もありました。
なお舞人の半臂は文献によると唐織や打衣で季節に応じいろんな色だったそうです。

生地は、『延喜式』において、公卿以外は羅を用いてはならない
五位以上でなければ滅紫色が使えないという禁制が示されている。
また、『西宮記』によれば、襴は冬でも羅で作った。
12世紀から13世紀の有職故実書の記述によれば、公卿および禁色勅許を受けた蔵人と殿上人(禁色人)は、冬は胴は黒の打ち綾(文様は小葵等)の袷、襴の部分は羅で裏をつけない。
但し応仁の乱以前この欄は紋羅でしたが、紋羅の襴の再現はもったいないので今回は無紋羅
夏は胴も襴も三重襷の黒の羅や薄物(裏はない)。
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紫根で天然染色してみました。
これは襴と忘れ緒になります。


それ以外の者は、冬は黒平絹、夏は下襲と同じ二藍の薄物で、いずれも無文。
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画像だ青系の紫に見えますがちゃんと赤紫色です。


半臂の裏
身頃の裏は昔下襲に中陪を入れる際には身頃の裏は中陪の色を使用するというのでこの有職故実を参考に、おかだやさんで6匁蘇芳と縹を重ねて出来るグラデーションを参考に色を決しました。

概ね「赤紫色」葡萄染は平安時代好まれた色目です。
おそらく禁色の赤色の織物に近い色になっているので、多様されたのでしょう。





身頃の色は黒が標準だけど、黒だと他の体験所でも同じだし、白色は変色しやすいし、初心にかえり滅紫色に決めます。

延喜式や西宮記に半臂は藍色・滅紫色・黒色・白色などがあったと記述があるのでその中で
一日晴れの染装束で下襲に中陪をつける際には中陪の色を半臂の裏にもちいたそうです。
滅紫色なら両方使用できます。

延喜式 縫殿寮 雜染用度

深滅紫綾一疋(二反)  
紫草八斤(4.8K) 
酢一升(500ML平安時代は升の計算は律令の崩壊で曖昧で統一されていない律令を元に計算)
灰一石(100L) 平安時代は不明のため唐時代の尺度で換算 
薪百廿斤120(72K)すごい量です。

滅紫色は明るさのない紫色黒ずんだ紫色をけしむらさきいろといいます。
高価な紫草を惜しげもなく使用してわざとくすんだ色にする。

ちなみにこの延喜式の色材料のみの記載で、染め方までは記述されていません。
なので現在の染色家の方には色の選別に大きくぶれが生じます。
まあ天然素材ですからどちらみち大きな差異が生じますね。


見ごろ部分はまた小川織物さんで別注の依頼のご相談して綾織で小葵文様でできればいいな。

滅紫色
裏ももちろん滅紫色ですが、ここは経糸が淡いグレーなので下地に影響するかも・・・・・・・。
ひょっとしたら同じグレーで仕上げ、紫根で染めるかも~~~~



⑧挿頭花
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髪に花を飾るのは女子だけ?
平安時代は男子も行事や舞を披露する際に挿頭花を冠に挿していました。
生花や時に造花など行事や身分によって場所や位置を変えていました。


⑩垂纓冠の纓製作途中
無紋羅が手に入ったので、半臂をつくるのはすぐに決まったのですが、残りをどうするか?
内容→悩んだ所、垂纓の纓で柏挟したい願望がメラメラしたものの、難題なのは今の纓は自由にまげられないという悩み。
今の纓は平安時代物とは材質が違う鯨の髭を使用していました。今はそうではないようですが、縁を漆塗りしているので曲げると劣化してしまいます。
絵巻物によると縦菱で額もどうも透け磯と額部分は和紙を張っていないように思えます。しかし現品がないのでここは絵巻物を参考に製作します。

なので考えたあげくまず纓作り、羅を科学染料で黒く染めます。→染めました
その後どう裁断するか企画図をつくります。

それがすんだら」刺繍したい場所を決めて、京都の中村刺繍教室で一日体験をします。
縦菱を規則的に刺していきます。❖にね。
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磯が高いしかも透け額でも今の磯は透けではありませんが、どうも平安時代は透け磯額?

昔は透額は若人用だけど、絵巻物には高齢の源氏も透け磯額です。

でも馨が御所で帝と碁を打っている時は厚磯です。
ん~~~~~~結局どちらが????
夏や普段は透け磯・額で、御所では被るのは厚磯ということでしょうか?
いまいち不明???


そして裁断して端を練り練り練り練りして先端を竹櫛で糊で接着します。
これで柏挟出来ます!!!
問題は本体の冠&こじ・・・・・・・・・・・・・・・・


⑪石帯
しろくま堂さんで1年近く待ち無事に到着
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懸緒・受緒・待緒は正絹 本体は黒本革 石はおそらくアクリル
始めのお話では本体革・緒は正絹・石はアルミペイントと聞いていましたが石はどうもアクリル半透明

しかもなんと一般的な通用帯でなく、石が全部正方形の巡方無紋!!!
ひゃ~~~公卿だと晴れの日使用ですが有紋が本儀なんと無紋は天皇さんの神事用です・・・・・
とりあえず要検討です!!これは加工が必要です。とりあえず加工会社を調べていきます。



舞的 完全私見 平安時代装束見解

平安時代の衣

平安時代貴族達の装束は基本的に絹で仕立てていました。
絹は当時も高価でそれを染めるのも高価な染料を使用しました。
当時京都と地方を結ぶ流通過程がほぼ整っておらず、また流通通貨も定まらない時代。たとえ公卿であっても膨大な量と質の絹をそうそう調達できません。

衣だけではありません。
衣食住の調達は公卿であっても資産がなければ苦しい暮らしをしいられました。
ましてはその娘たちは親と死別するとたちまち命の危機がおとずれます。

藤原兼道の妾の一人源兼忠の娘は一女をもうけながら、離縁された後妻子は食べる物にも事欠き。
兼道のもう一人の道綱の母は養女にしました。その時の娘は栄養失調で髪の毛のていれが悪く大変痩せていたといいます。

藤原公任(四納言の一人)は道長の息子を婿取りし所顕の儀式の際に実資に袍を借りていたほど。
公任は生まれこそよかったが後見人に恵まれず、正妻も皇族出身で財産的に恵まれていませんでした。
まさに公卿であってもそうそうよい絹は手にはいらなかったのです。
ではどうやって手にいれていたか?地方に赴いた受領達(四位上下相当)が現地で調達し、これはと思う実力者に献上していました。献上された絹はそのまま下賜したり、家庭内で使用したり、内裏へ献上したりと用途はさまざまです。

道兼が妻に袍の修繕を依頼したり、道兼が蜻蛉日記の作者で妻に修繕を頼んだり、公任がボロボロの袍を道に捨てるまで使用したりと苦労していた記述があります。
もし当時彼らが捨てるほど絹を手に入れているならそんなものは必要ないです。

また日常では基本的に練絹・生絹が、また縦と横を練生絹で織りあげたり物を二種の衣(生絹・煉絹)を袷、裏をとり単衣にしたり、生絹は単衣で季節によって練り重ねたりしていました・。

また寒くなると中に綿を詰めたりと今と違い日常に着ていたので、さまざまな工夫があったようです。

今とは違い重ね袿の寸法を同寸に、裁断もCP重視だったのです。
これこそ装束の貴重さを物語っています。

なのでここは平安時代式に

①透け感とグラディーションを重視

化繊・絹のみならず、今の糸は平安時代の糸とはまったく違います。
特に絹は日本原産の小石丸という蚕から生産されていました。
この糸は大変細く滑らかさや保温効果が高かったものの生産性に乏しく明治の頃には西洋蚕と掛け合わされたためにほぼ絶滅の危機に瀕していました。

それを存続したのが美智子皇后
蚕を守るため宮内庁にあった蚕小屋での生産を守り、伝統産業の保存を果たしたのです。
現在絶滅せずにわずかではありますが、今も生産されています。
なので正絹では現在の生地厚い。

小石丸の絹は薄く綾地綾(6本使用)で今の大体18匁くらいの厚みの感覚です。
だからこそ裏地をかえてそのグラデーションを楽しんだんです。

平絹もいいですが、すけ感のありの「単袴姿」は平絹として、最低でも綾織「現在の三枚以上糸を使用した縦横に斜めに三枚目が入る綾模様」を出来るだけ揃えます。

また出来る様なら縦横の色の色を替える織物を再現したいと思います。
いわゆる玉虫色ですね。
縦黄色横青で女郎花の織物

出来れはいいですね~~~

時に生地にこだわらずに風合いを重視する装束になる予定です。

例えば張袴にこだわる場合は平安時代にはない厚手の張のある生地を使用するかもしれません。

絹 綾地綾を→これを予算内化繊にすると風合いがごつくなり印象が違う
あえて平織のオーガンジーで時に化繊時に絹になるでしょう。



②袷・単など平安時代風を再現

平安時代も現在も季節が変わるごとに装束も返るのは不経済だし保管の大変です。
それなら同寸で袷もそろえますが、単衣を練り重ねてみたほうがいろんな色目が楽しめます。

で時に単で時に袷


③寸法と仕立て

絹が貴重であったというはさきほどから何度もupしていますが、当時の裁断にも見てとれます。
日本最古の装束鶴岡八幡宮にある御神服の再現本
時代衣装の縫い方にありますが、なんと古い装束の仕立ては現在の物とは違います。
まず左右非対称、そして袖は現在の物よりも短い。
全体的にずんくりしています。
美意識の差なのでしょうか?
基本は御神服で寸法・袖と身頃の取り付けの是非


男子装束は基本お装束屋さんで、女性装束は主に和装をされる方に「時代衣装の縫い方」という縫製の本を基本に
仕立ててもらいます。
勿論女性物の装束屋さん仕立てもあります。
平安時代縫製と染は女のお仕事でした。
各家の女房達が女主人の指示の元要望にそって縫製していたのです。

裁縫の良し悪しがその妻の名を揚げるといっても過言ではありません。
なので意外かもしれませんが、細かい所など各家それぞれだったと考察します。
なので裁縫上手な方にお願いするのもあり。と解釈しています。
現在の装束とは違う仕立てになるでしょう。そのもレア感がいいかと・・・・・。


④装着

平安時代特に女性装束は内内の物で特に作法や着付けがあるわけではなく、いろいろな重ね方があったようです。
要はその時の褻と晴れの状況に応じて叉環境でいろいろな着たかがあったのです。

そこを重視します。
枕草子
・・・・・・御簾のうちに、女房櫻の唐衣どもくつろかにぬぎ垂れつつ・・・・・・・・・・・・

・・・・濃き綾のつややかなるが、いたくはなえぬを、かしらこめてひき著てぞねためる・・・・・・・・・・・・

ようはだらりとした様子が好ましい描写が多い。
平安時代中期萎え装束であった証拠ですね。
強装束は衣紋道の基本中核ですが、基本一人着付けなのでここは工夫していきます。



⑫一日晴れの装束

なんどもUPしますが、装束店さんで本物の装束を体験できるのです。
でもここでしか出来ないそういう装束着付けもあるではないか?
そんな野望がスタートです。
他にはない一日晴れ装束・幻の装束・激レア装束を主に展開してゆきたいです。

ではその達°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°装束達

向鶴丸の文様 三丁織  紗

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平安時代っぽく指貫はダボダボにしてみました。わざとです!!!
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夏用紗 布衣

見た目狩衣ですが、裏がないので布衣です。
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青色を再現
公家の色彩は自然の色が基本その後さらに時代を下る毎に深く濃く、流行とともに色合いが変化してゆきます。
つまり現在平安装束で平安時代の装束は現存しません。かろうじて安徳天皇の半臂くらいでしょうか?
なので色の指定にはかなりの広い許容範囲に・・・・・・・・・・。



指貫は外出可能用の無紋平絹風
有職故実的にはない組み合わせですが、外出ではアクシデントを踏まえて無紋で。


直衣

淡紅色直衣
やや色目が薄いですが、当時の染色は天然染ですので一つの色の表現は大きな幅があったと考えていいでしょう。

色目あえていえば紅の薄様
表薄紅色 裏濃薄紅色
小葵文様
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直衣は雑袍なので色目は自由でした。
勅許があれば内裏でも冠を被り参内が可能になるうちに今の白色紋あり裏地紅色・青色・二藍に固定化していったのです。
薄色・桜・濃紫・紅梅などの一日晴れ直衣で参内したという記録もあります。
この色はまさに雑袍です。


⑯大帷子 青色人形仕立て
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帷子は青色のリネンラミーを50%ずつの混合。
本当は大麻でいきたかったですが、当然国内産は手に入るわけはなく外国産も少なく高価
苧でいきたかったですが、国産は高価、ラミーでとも考え当時はオカダヤになかった。
妥協してリネン50%混合。この後なんとラミー100%入荷していました。嘘!!!やられた!1!
単は繁菱青色
衵秘色小葵文様裏は霰文様本儀は平絹ですが、直衣なのでここは遊びました。


束帯用は白が本儀ですが、束帯で使用する時は襟物を隠す装着で使用するかも。
その時は下襲の襟、袖口を別に製作、軽くつける細工にします。

⑰指貫 萌黄  八藤丸紋様
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裾括り式
縦白色横萌黄色
八藤丸紋様
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足首でしばるタイプの古式にのっとって注文しました。
がこれは装束用の生地ではありません。残念ながら指貫は化繊でも意外と高価
しかもこの縫製は今や幻~~~~的なレア
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前後同寸法です。これも古式にのっとって腹白にしてみた!でも有職故実的にはOUT
腹白は二陪織物で
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この紋は25歳以上なので
乱れ腹白

からの源氏物語絵巻柏木での夕霧
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乱れ腹白変則バージョン
生地をたっぷりめに裁断してもらいましたので満足腰紐が少し短いので体格の良い方には不安はあります。対策が必要です。
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2018年「衣紋道への道 進捗状況 第二段」

昨年はいろいろバタバタというかどたばたとあわただしかった我が家ようやく年を越し落ち着きました。

いろいろありましたが昨年の衣紋道への道進捗状況を報告いたします。

昨年度は装束の小物を購入&製作の一年としました。まずは
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廃盤品
国士舘大学名誉教授と元宮中御用達高田装束店さんの復元

装束本
やりたい事としていい事ダメな事・・・・この世界はあるんですねえ~~~
でも有職故実道理の鉄板お約束のダメではなくてこの時代はこれもあり・・・・・。
そんな考えでもいいんだ。という考えにいたり意外と力が抜けた感・・・・・・。
原則変な事をしなければ・・・・・・・
例えば平安時代にはなかった織物の柄で装束をつくったり、縫製がどうみてもなんちゃって・・・・になっていたり。
なんて思っている今日この頃。

平安時代の資料は平面図、立体的な絵巻物末期に描かれた源氏物語絵巻物・聖徳太子絵詞・宮中年中行事絵巻物のみ、
後は鎌倉・室町時代の絵師の平安時代っぽく描いた絵
資料は古典の字だけです。
久方ぶりに古典を読みまくる
苦手な源氏物語宇治十帖にまで手を出し・・・・・でも宇治十帖だけど、

源氏物語古典文学の鉄板本

しかし苦手・・・・・あの女性差別のセクハラ満載のエロ本

なんせ平安貴族は年齢問わず女性を強姦しまくり、その後女が泣いているとつれないといって男もなきまくる・・・・・。
意味がわからん???
さらに女も何度となく男が通うとこういう仲になる運命だったと男に従順に尽くす????。

まぁあくまで多くの子供が出来ると立場は逆転するが。

しかし源氏なんでもあり
義理の母をほぼ強姦して、妊娠させ。その姪をほぼ幼児誘拐して自宅に囲い、15歳でむりやり関係少女趣味まるだし・・・・。
正直王朝文学の最高峰だけど・・・・・・・。
そりゃ絵合わせ女楽の所なんか雅だけど。。。

個人的には落窪物語とか、とりかえばやとか人物少な目で展開のはっきりしていて、つきつめていくタイプの話が好き。
源氏物語の女性達は強姦されて好き❤・・・・・意味わからん・・・・

まだ浮舟、薫、匂宮の人間臭さの方がまだわかりかな??
トレンディードラマ仕立てのラブコメで見ると面白い。
草食男子理科系男子の薫
肉食男子文系男子 匂宮

そしておぼこい少女から匂宮によって女性の苦悩と妖艶さを見せ最後に自我を芽生えさせて男をはね付ける浮舟

強い女の成長を見せたといえば納得の終わり方・・・・・・。



さて現在確保中の装束&持ち具


改良版 大帷子  化繊ポリエステル100%

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平安時代の猛暑
男子装束には単の下に汗取り用の肌着帷子という下着を着ていました。

しかし政治の中心が武家に移り、財政事情が悪くなるにつけて褻では省略するようになり。
さらに室町期ではこの帷子に単や下襲を見える部分だけ縫い付けたいわゆる人形仕立てが一般的になります。
こちらはさらに下に小袖の襟を縫い付けて改良版の大帷です。

正式な大帷子でも夏用で身の部分が紅色
冬用の場合は白色ですから冬物には使用できません。

人形仕立てですがネ包の下はすべてかくれていまい、しかも着付けは一人で行う予定(文官束帯は無理かも・・・)
ですから省ける部分は省略して予算は他にまわしたいと思います。

現在これとは色の違う大帷子を装束店さんで注文予定です。
それには本当に襟や袖だけきちんと縫い付けてもらって本当に着ているように縫製してもらいます。

帷子は本来は大麻(大麻100%・現在ヘンプと呼ばれる物)が本義です。
国産品は勿論×外国産は輸入されているもののやはり国産であることと色目にこだわりラミー50%リネン50%で妥協しました。
リネンはヨーロッパ産麻で当然平安時代には輸入されていません。
ラミーでもしかなたいかなと手を打とうかと思っていたのですが、色目が気にいらず。
おかだやでこのラミーの混合を発見して!!これに決めました。
意外と高いです。
次回は生地セールの時に大量購入します。

単は現在の緑色
平安時代に青色と呼んだ色を横菱で、衵も青色系統小葵紋様です。

青色

大変謎の多い色ですが、現在若葉を青々しいとか、信号機の色を青色と呼んだり元々は緑系統であったと考えられています。
なので青色系統はすべて青色とします。

これを帷子に人形仕立てにして袖裾に縫製していただき、価格を抑え保管場所にも配慮できます。
これは来年の冬完成予定

その後白重ねバージョンを制作予定です。

現在は単のきちんとした物を濃きにするか青色にするか思案中です。
まさすけだと童束帯は単が青色でも、濃き色もとあるし・・・・。青色人形仕立てで製作しますしね。



せきのくつ 

ただいま改良中
年中行事絵巻物内宴の妓女がはく奈良時代のせきのくつを自作してみました。
奈良時代内親王は青色のせきのくつをはいたというので、緑色のフエルトと、ガラス玉の真珠風・トルコ石風・金の丸玉。
手書きで金色の唐草風を描いてみました。
まだ改良を試みないと、見本が正倉院の天皇の靴しかないので???

宝冠
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物具装束用にとイメージを江戸時代の源氏物語の絵巻物からインスピレーションを得て、これも現在もう少し改良を重ねる予定です。

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同じく妓女がかぶる宝冠も製作してみました。
これは見本用の予定です。
唐風な感じを想像で製作したので異論はあると思いますが、これ!というオリジナルがないです。

④櫛
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私達が今見る「平額」は江戸時代に考えられた髪飾りで、平安時代にはなかった物です。
平安時代、女子は成人すると頭頂部に髷を結ってさいしを三本刺して髷を紐で結いました。
さらに晴れの日にそのさいしに紐や布を通して物忌にしていました。
櫛も金具製ではなかったのでは???なんて想像ですが。
なので桃ノ木から製作された丸型の櫛に平安時代は螺鈿や金の金具で細工していたというので、それらしきものを製作しました。
金の丸玉やトルコ石を飾ってみました。本来は漆や顔料で塗られていたでしょうが、なんせ素人です。出来上がりがまずくては・・・・・・ですからね。

⑤帖紙
ネ包の中に入れる懐紙です。
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近世では壮年用の白に金泊の物を購入しました。
平安時代の帖紙が実際年齢別で違いがあったのかは?
というので銀色の折り紙をを購入して小さく切ってはりつけたり、銀のアクリル絵の具で彩色してみました。
25歳以下は金銀泊が有職故実やはり泊付きは素敵


女性物の鳥の子紅も購入予定

⑥衵扇
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衵扇は高額なので初めは不要と考えていましたが、小ネ圭を予定していますし。
さすがに無しは厳しいと考え思い直し試案していました。
平安時代は五色の紐も飾り花もなかったのでこれはなし。
絵も通常の物泥絵は好みに合わずこれといった物を見つけられずにいたら。
丁度、浦安の舞用の物があり、なかなかよさそうなので決めました。
金銀雲付き、白菊の花に尾長鳥~~~いいじゃないですか~~~~
色を替えてかつ「まさすけしょうぞくしょうに出てくる青色の扇」からヒントを得て裏面を青色で全塗してもらいました。

これに江戸組紐でぬな結びと鮑結びした蘇芳色と青色の二色の紐を製作しました。
青色に金粉をふってもよかったかな?
自分でする???でも修理に出した時にばれるし・・・・・・・・。

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&扇
宮脇売扇堂さんでかなり綺麗な扇があり、美しさに一目ぼれ平安朝の蝙蝠ではありませんが、たまきはるでは数骨の扇とあり、また源氏物語絵巻物でも扇の骨が5本以上あるのでこれでもありかと。。。しかも裏付きですが。。。。。、
美しいので買い!!!
後日扇面法華経冊子から「紅葉狩り」をただいま捜索中です。

⑦高烏帽子
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雅楽演奏者さん御用達の雅房さんで購入
花菱紋のポリエステル・人工皮
平安時代でこういう柄物の烏帽子はないけれど・・・・・・これはこれでおしゃれオリジナル感がいい

⑧指貫紫色
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神主さん用の物なので引上げ式かつ幅が六尺、くくり紐なしで平安式ではありませんが、金銭面で妥協して、殿上人の五位六位想定し平絹風紫にしました。
これは外出用とネ包が無紋の際に六位の殿上人設定で使用します。

⑨笏拍子
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平安時代普段から音楽にいそしんでいた殿上人はちょっとした歌をくちずさんだり、踊る際も拍子をとるときに手にた笏を打ち合い、楽器の様にしてしようしていました。
古い笏「柾目」を購入して、加工ニスを塗って塗装しました。


⑩初装束 布衣(狩衣風)夏使用 肩裏付き
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初めての装束は狩衣風布衣
総裏付きを狩衣というそうで、裏なしはただの布衣

青色萌黄色は二丁仕上げで微妙なグラデーションになり最高!!!
向鶴丸の紋様 天平雲 でございます。
これは外出可能
袴は平安チックにダボダボにしてみました。

⑪御冠・繁紋(但修理要・纓別途購入必要有)

御冠は高額です。
なぜなら和紙を固めて漆を何度も塗り重ね、額部分は正絹紗、しかも横菱の刺繍付き。
大体正式な物で10万近くポリエステル製の物で6万位します。
これは骨董店でオークションされたものが「烏帽子」の名で出ていました。
纓がなく修理がかなり必要なので修理してくれる所を探さないといけません。
しかし修理してもらえればラッキーです。
東京で修理だけでもしてもらえそうなお店をHPで探してみましたので。
それまでクロークイン纓の御話がまとまり次第完成したらupします。

課題大大大・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 

現在とある神主さんに装束に近い生地で下括り式の指貫を制作注文中です。

装束生地は本格的な装束店さんのみ取り扱いで生地だけというのは相当信頼関係がないと難しい。
あと価格面もかなり厳しくなる。
遠目の写真だと装束の生地かどうかわかりずらいし・・・・・・ここは妥協

今回は平織りにジャガード機で文様を織りだした生地です。
実は神職さんが縫製をされて装束を制作されている方がいて、そちらに相談した所思う物が製作できそうだったので注文しました。

萌黄色八藤文様で下括り
緒は緑系と白系でお願いしました。
出来るだけ下部分を膨らませたいので、裾の縫製にもこだわりをお願いしました。
今から楽しみ

来年からは本格的に装束を製作するのですが、

そのテーマは
一日晴れの装束 季節限定の装束など珍しい装束を中心にしたいと思っています。

まずは現在装束店さんが仕立てられている織物と仕立て方法はあくまで明治の有職故実にもとずき職人さんが製作されています
なので当然職人さんならではのプロの技がきらきら~~~~な正式装束
施返し、単の捻り仕立て等

しかし平安時代布を染めたり、縫ったりするのは主人が先導し女房が行う女性の嗜みでした。
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ねたきもの。
とみの物縫ふに、かしこう縫ひつと思ふに、針をひきぬきつれば、はやくしりをむすばざりけり。また、かへさまに縫ひたるもねたし。
南の院におはしますころ、
「とみの御物なり。誰も誰も時かはさず、あまたして縫ひてまゐらせよ」
とて給はせたるに、南面(みなみおもて)にあつまりて、御衣の片身づつ、誰かとく縫ふと、ちかくもむかはず縫ふさまも、いとものぐるほし。命婦の乳母(めのと)、いととく縫ひはてて、うちをきつる、ゆたけの片の身を縫ひつるが、そむきざまなるを見つけで、とぢめもしあへず、まどひをきて立ちぬるが、御背あはすれば、はやくたがひたりけり。
わらひののしりて、
「はやくこれ縫ひなほせ」
といふを、
「誰あしう縫ひたりとしりてかなほさむ。綾などならばこそ、裏を見ざらむ人もげにとなほさめ、無紋の御衣なれば、何をしるしにてか。なほす人誰もあらむ。まだ縫ひ給はむ人になほさせよ」
とて聞かねば、さいひてあらむやとて、源少納言、中納言の君などいふ人たち、もの憂げにとりよせて縫ひ給ひしを、見やりてゐたりしこそをかしかしりか。
枕草子より


癪にさわるもん
急ぎの着物を縫うんに、上手く縫えたやんと思ったのにな、針を引き抜いたら、糸の終わりを玉で結んでへんから抜けてしもた時。また、裏返しで縫ってしもんんも不快なものやなぁ。
南の院に中宮様がいてはった時、「急ぎのお召し物やで。みなさん、時間かけずに、大勢で手分けして着物を縫ってやぁ」というんで、着物の生地をもらったんやけど、南側の部屋に女房たちが集まって、着物の片身ごろずつを、誰が早く縫えるかと競争しててん、近くで向かい合わずに離れて縫っている様子も、とても興奮してな狂おしいやんか。
命婦の乳母が、一番早く縫い終わって下に置いたけど。
ゆきの長いほうの片身を縫ってたけど、裏返しになっているのに気づかんと、糸の縫い止めもしてへんねん、焦って混乱して立ち上がったら、背中を合わせると全く合わずに違ってんねん。
みんなめtちゃ笑って騒いで、女房が「早くこれを縫い直してやと言うと、乳母は「誰が縫い間違えてんと認めて縫い直せへんもん。綾なんか模様があるから、裏表を見ないような人でも、なるほどやん直すやろう。無文のお着物やから、何を目印にして裏表を決められるんか。誰も直す人などいいへん。まだ縫っていない人に縫い直しをさせたらええねん」と言って聞かないので、「そんなんゆうて済まされるわけないやん」と言って、源少納言、中納言の君などという人たちが、物憂い感じで取り寄せて、お縫いになられたのを、こちらから見てたんは面白かったやん。

女主人が指揮して染のうまい女房、縫物のうまい女房をかかえている事が必修だったのです。
勿論それにかかる衣装代が一番大事でしたが、絹や染料は大変高価で現在の感覚でいうと億ションクラスです。
その生地をいかに美しく仕立てるか、宮中で着ている者が衣装を称賛されるのは名誉なことだったのです。

なので今の仕立て方法が「平安時代そのままである。」・・・・・・・・・はずありません。

今こそ洋服は買い物するものですが、戦前は母が縫っていたのです。
ということは現在の本装束とは縫製があきらかに違う可能性が高いのです。

そして着付けもそうです。
皆様学生時代制服に一工夫していた記憶はありませんか?
みんな同じ物を着ていると個性が光りません。

現在の装束は装束の色や着付け方の流派は違えどほぼ同じ、平安時代の女房達は少しでも他と違う装いがおしゃれさんと考えていた。
その証拠に文学には現在ではない裳の彩色や着付け方が多様に記述されています。
となると・・・・・・・。

発想を大きく変えて、いろいろな工夫をしてもいいのでは???

女性装束は
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①平安時代の装束を基本に見本は鶴岡八幡宮の御神服
八つ口を設けない。
左右非対称
襟は折って着付ける。
新聞紙でサイズを復元するとこんな感じ。
そごいやぼったい感じにそういえば古典でも衣にうずもれた的な文章が多いのはこのためかな???
このままだとやはり・・・・寸法変更は必要です。

②寸法は幾分替える
平安時代から女性の身長は20CM以上高くなっています。
そのままの再現だとなんだかやぼったい。袖を長くして全体の調整と御神服はなぜか上の衣が大きいので中の衣が見えない。
これではよくわからないので上の衣を少し小さめに縫製することにします。

③重ね五衣はすべて同寸
これで違う色目に出来る。色目にバリエーションをつけると保管とリピート面でメリットあり。

楽しみです~~~~でもちゃんと基本はおさえます。
でないとなんちゃって装束になりますからね。そこは避けたい

大前提として

まず計画をきちんと立てて急がずに予算の範囲を超えない

宮仕えの身、裕福な育ちでもないのでここはしっかり押さえます。
これだけでは生計を立てられないです。
あくまでもご奉仕なのだという気持ちを持ちたいので。


現在古典の物語を中心にどんな装束にするか妄想中

古典の登場人物の着た装束を再現してみる。
ただいま可能な物を思案中

でも好きな有職文様を中心にします。
個人的には小葵紋様、尾長鳥牡丹唐草、梅襷なんかが好き~~~


平安時代当時と同じの復元は不可能ですが、それに近い物

下立てよりも生地の質感、当時の絹は薄く滑らかで光沢があり肌に触れると特有の肌触りがありました。
私は光栄なことに当時の蚕でおられた古石丸の絹を触れさせていただいたことがあります。
なんともいえない現在の絹にはない密着度と柔らかさ、そして薄さがあります。
どちらか選択を言われれば質感を優先します。

生地は時に装束生地でない場合があります。
例えば地が綾織でないとか、平織りで文様だけが綾織だとか。
生絹に近いがいわゆる生絹風だとか。
生地のそのものを優先するか風合いを優先するか。
例えば五衣は綾地綾(綾の生地に紋も綾織)が本義ですが、これは非常に高価で装束店さんでも格式の高いお店でないと出来ない。
しかし現在の生地は江戸以前の「小石丸」ではないために生地が厚くいわゆるすけ感が出ません。

そして装束マニアの方々には不服でしょうが。
平安時代装束は日常着であった。という事実にてらして
今の明治時代に新たに決められた衣紋道や有職故実には当てはまらない装束になるだろうと思います。
勿論有職故実に添いながらも、自由な発想しかし自由すぎてその時代にはあわない柄や素材。
例えば絽や綸子は外していきます。


②他ではあまりない珍しい装束

本当の装束を着てみたければ京都にお装束店さんが体験で着せてくれるお店が沢山あります。
装束店さんは勿論本職さんなので、縫製は間違いありません。
ただ多くの装束店さんは神社さん向けであるというのを忘れてはいけないのです。

有職故実的に完璧に熟知されているお装束店さんは意外と少ない。
勿論舞がそうだとはいいません
本物はお装束店さんの体験所で、本物の正絹のお装束を体験

舞はその反面他ではない珍しい一日晴れの装束や物語で出てくる文学に登場する人々の姿の再現をしていければと思っています。

紅梅直衣や香衣直衣、濃紫直衣
平安時代には今よりもぐっと自由な発想の装束があったのです。
本義を無視せずにを守りつつ製作依頼をしてゆきたいと思います。

化繊を主に、人形仕立てや比翼仕立ては取り入れますが
こだわるところはこだわります。

例えば平安時代の指貫の下には夏冬関わらずに下袴という下着をはいていました。

また夏には帷子という下着を着てから単を着ていました。
衵も用意します。

さぁ~~~~思うように出来ますでしょうか????

本年から精進します。

最近とても色目に???
なにせ勉強すればするほど色目で????
同じ色の指定でも、研究者や装束店さんなど色のふり幅が超広い。
例えば
紅梅一つをとってもそれ淡桃やんそれ濃紅梅やんそれ!!!!どういうこと・・・・・となり。
まぁ舞は先生の御本を基礎に考えればいいですが、そここれドンピチャという色がなかなかない。
濃すぎたり薄すぎたり、違う色を足してしまいすぎてやや違う色になったりと・・・・・・。なかなか難しいですね。


現在
あるお装束店さんで直衣を注文中

ある神主さんに下括りの指貫を注文中

あるお装束やさんで生地をゆずっていただいた生地で下襲の裾と袖、襟をある神主さんで注文中

来年には女性装束に手をつけつつ幻の装束にも挑戦する予定。

そのために織物工房さんへ相談にゆくゆくは訪問するつもりです。
織物は装束店さんで細かい所が違うものの最近の織物業界の下火ぐあいはかなりやばいようです。
着物を着ない・・・当然帯もしない。なので斜陽の業界。
後継者不足と職人の高年齢化で廃業が目立つ業界です。
かといってなくなるのはもったいない日本が誇る雅の業界です。
京都で一軒個人でも織物の小口発注を受けてくれそうな織元さんを見つけました。
来年くらいにはお伺いしたいです。

またゆくゆくはブログで紹介します。


では本編今後もご愛読お願いいたします。


目指せ2020年プレオープン

舞少納言主催 装束体験・進捗状況及び2018年予定


新年明けましておめでとうございます

ご愛読いただきありがとうございます。
昨年とある時代衣装体験所のスタッフの方から私のブログを見た方から衣装の問い合わせのお電話がありますと伺い。
まぁおそらく企画は以前から進行中だったとは思うのですが、そのあとお願いした装束の特別企画が開催された事も御縁を感じ。
うれしいやらはずかしいやら

今回の企画はおそらくスルーとなると思いますが、なるほどやはりニーズって大事なのね。
と思った出来事でした。


有職故実は難しいので間違っている点、勉強不足な点もまだまだ多いのですが、頑張って身につけたいと思っております。
妄想ワールド全開ですが、どうぞ今後とも暖かくお守りくださいませ。

これまで武蔵国詣で衣紋道への道で日々精進してきましたが、この度平安時代装束の体験主催者として
「ベルエポック古き時代」の進捗状況を報告させていただきます。



御挨拶

社会人になってから主に接客を中心とする職種に従事し、現在とある企業で電話オペレーターとして勤務の傍ら
2017年より早稲田待賢殿で、本格的に有職故実のお勉強と実践を行っております。
本年度より本格的に衣紋道 平安装束の体験主催として開業に向け日日勉学中でございます。


元々短大とはいえ文化史専攻をしていた事もあり歴史書物も好きでした。
京都や奈良を訪れブログ開設してからはいろいろご紹介させていただいております。
特に京都が好きでその機会に時折平安装束を体験していました。
2015年最後の装束体験を企画し、2年後に卒業をするを目標にしてまいりました。

そんな中で京都のとある老舗の装束店さんでの特別な別注装束の体験を機会に

「自分でも珍しい装束を着つけてみたい」

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という野望が芽生え始め時同じ頃、武蔵国の早稲田「待賢殿」でのお勉強会の生徒さんを募集されている偶然も重なり、参加をして日々装束のお勉強を重ねてまいりました。
参考書は随時揃えてきます。

と同時に平安装束体験用に少しずつ衣、装身具を増やしております。



主催趣旨


時代の波なのか、体験価格が年々値上がり、比較的リーズナブルな施設が閉店する現状と、私自身本業でいずれはくるであろう定年に備え「手に職を」と考えていました。

そんな時に出会った早稲田の待賢殿での生徒募集
これだと思い、その門をたたいた事に始まります。

現在着付けの勉強と装束文献の講読と平安時代の風俗等のお勉強を行っております。
同時に体験主催を行う上で必要な小物、道具、装束装着備品も前年から収集しております。
ただ予算の都合もありますので、少額の物から始めたいと思います。

ご体験に興味のある方ますばご購読ねがいます。


体験に際し私の趣旨は以下の通りでございます。


①まずはどなたにでもご利用しやすいように
比較的手ごろな価格で提供したい。


装束店さんはいまだ皇室や寺院、神社さんを顧客にされている素人には非常に狭き門の業種です。
それもしかたありません。

装束の特異性、素材や管理保管等やはりかなりの高額な商品なのですから。
しかも製作のすべての過程が分業制で、それぞれに利益率が加算されていくのです。
だからといっても、装束店以外でそれらしきぬのを購入しても、「えせ装束」「なんちゃって装束」となってしまいます。

しかしながらそこばかりにこだわると体験料金を高額の物にせざるをえません。
そして保管、クリーニングと諸経費は一般価格とはかけはなれた物で、所有しても保管にそれなりに経費がかかるのです。
ではどこで折り合いをつけるのか?

(1)装束と仕立てについて

装束は主に化繊で+少しの正絹で揃えます。
絹は大変美しく、しかし高価です。
しかし全て絹で揃えるとなると、価格面や保管の難しさがあります。
見える所、見えない所を考慮して化繊と絹の両方で、製作いたします。
表に出ない装束は出来るだけ安価な物を人形仕立てや比翼仕立てを行います。
衣紋道としては高倉流での着付けをいたします。装束について一部山科流の装束も含む場合もあるかもしれません。

           
比翼仕立てとは:概ね女性装束に行われる仕立てで五衣を着ている風に見えているだけに部分的に縫い込まれ、五衣に多く用い            られる仕立て方です。男子装束では外に見える部分だけ生地を見せる人形仕立てと同じ様式です。
           +は安価な価格で装束をそろえる事が出来る。それにより装束を多く所有できる。
           -は見た目にボリュームがなくやはり着ていない感が出て貧弱に見える。

実は現在の皇族方の女房装束はこの仕立てで装着されます。
なにせ装束15K~20Kくらいはあります。重いです。
平安時代の絹は現在の絹よりも40%の密度しかなく、当然軽い15K→6K~8K
なので表裏違う色目で楽しめる重ねの色目や襲め色目というおしゃれもでき、動作も今よりもしやすかったと考えられます。


この装束の仕立てでは衣紋道ではない、又女房装束とはいえない。
やはり正式でと望まれているのも事実です。
私も正式な装束の全てを揃えたいという気持ちはあるのですが、やはり手軽に体験してほしい。
という気持ちが強いのです。

特に比翼仕立ての場合、中に着こむ装束の数が少なくなり、長時間着付けても疲れないというメリットもあります。
又着こむ数も衣を増やす事で五衣以上の数を着こんでいる様にも見せる事が出来ます。
そして多くの襲を着装する事が出来るのです。

ここはバランスをとりながら装束を揃えてゆきます。
たとえば5衣は揃えながらも1枚で3枚着ているように比翼仕立ます。


他の体験所ではなかなか出来ない装束を揃えるという目的を常に目指してゆきます。


プレオープン時の装束は夏用狩衣」「猛暑の褻の女房装束 単袴・単重ね」「白拍子」「初夏の薄衣褻の装束」「待賢門院(尼姿通常時・忌中姿)」などから始めて以降装束を増やし、

最終的には
舞装束東遊・神楽人長舞」「内宴の公卿の装束」「汗衫」「小袿」「蔵人・端午の節句 物具装束姿」「内宴妓女物具装束姿一日晴れの装束・紅梅直衣」「蔵人の直衣」「殿上童宿直装束」・・・・・・・・
など最終的には絶対的幻装束を実体験していただくコースもしてゆきたいと考えています。

・・・・・絶対的幻の装束とは秘密です( ´艸`)絶対に公言出来ません。できないということはわかる方にはわかる・・・・・・。
そうあの御装束でございます。・・・・・・・・わかった方そうとうな平安時代マニアでございます。

但主に東遊・神楽人長舞と内宴の装束を除き春夏初秋用装束に限定します。
冬物は生地が分厚くなりどうしても高額になりますし、他業者さんが主にそろえていますのでわざわざ競わなくてもと思った結果であります。

(2)体験所の開設場所について


場所の提供ですが、やはり体験所を開設すると賃貸料が発生いたします。
すると定期経費が発生してしまい、同じく価格に上乗せせざるをえません。
自宅を開放するには市内から遠く家族もいるので今の所開放する事が出来ません。

そこで出張という形式をとる事にいたしました。

出張費は大阪・兵庫・京都市内近郊は3000円ぐらい、その他は実費とさせていただきます。

出張といってもご自宅に伺うのではなく、お客様の御指定場所にお伺いして場所を提供していただき体験を堪能してほしい。
これにはお客様の希望の雰囲気で撮影が出来るという利点があります。

但貸出室料必要時間は 
装束準備~着替え~装着~撮影(散歩がある場合はその時間も含む)~着替え~体験後のかたずけの総時間です。
なので1着のみの場合でも3時間くらいは見ていただきたいと思っています。

場所は?
やはり京都がお薦めですが、お客様の指定場所で行います。

お客様で体験場所を指定していただき、予約願います。

その賃貸料と私の出張費が別途かかりますが、比較的リーズナブルな場所を紹介いたします。

そして利用時間にかかわらず、お客様が予約された時間まで着ていただきたいと、体験時間が長くても体験料の追加料金はいただきません。

また最大3名様迄(ただしいっぺんに着付け出来る数に限りがあるため、希望の装束を着装していただけないケースがございます。)で御利用いただければ施設利用料金は人数分で割れてお得です。

ただし女性限定の男性不可 女性の男装は可でございます。

賃貸料の予約や支払いはお客様で
またキャンセル発生時は各施設の定めるキャンセル料はお客様でお願いします。

また地方へも交通費・宿泊費・諸経費を実費で清算いただけると同伴にて装束と着付け、撮影をお手伝いいたします。



(3)「平安時代の装束」を出来るだけ体験してほしい。


可能な限り衣装と着装方法にはこだわりたいと思っております。

但し現在の学術的調査においても平安時代の装束の完全模写はかなり難しい不可能な状況にあります。

何せ残っている絵画は主に仏教的な物がほとんどで、源氏物語絵巻、信貴山絵巻、聖徳太子絵伝、伴大納言絵詞、扇面法華経冊子、平家納経と物語や随筆、日記、公卿の儀式に関する記録書、平安後期の儀式装束指南書ぐらいです。

しかも絵画のほとんどが平安時代末期に描かれた物、それよりも以前であっても女房装束に関しては平面的な文での記述しかありません。

現存する最古の女房装束が鎌倉時代の装束である事から、平安時代の装束の再現特に女性装束ではほぼ不可能なのです。
限られた絵巻物での推測と物語や書物の平面的な材料と現在の明治時代に定められた装束の約束事でしか確認出来ない。
と言う事は現在の有職故実も明治時代に設定された有職故実であるので、すでに有職故実ではないといえます。


では平安時代の女性装束と明治時代の制定された装束の規定にどう折り合いをつけるのか?
鎌倉時代の「御神服」を参考に発注し平安時代に近い縫製をお願いします。


①女性装束の衣の袖奥、下の衣の袖を逃がす袖裾の縦の部分(八ツ口)は縫いつけます。

平安時代ではこの部分は縫い付けられていて、袖口の重ねた衣が木の年輪の様に重なっている襲色目の美しさを演出したのでした。
現在の装束は上の衣ほど、小型に裁断してずれを作り襲色目を作りだしています。
袖脇もその部分を縫い付けない事で袖の逃げ場所を確保しています。
中に着こむ袿のサイズも比翼仕立てを行う事を考慮しつつ、寸法も変更していこうと考えています。

出来るだけ平安時代の装束を再現したく、製作の過程で装束屋さんに細かい裁断をお願いします。
なので現在の体験所さんの装束とは違うという印象を持たれると思います。

寸法を同じにしてゆくことで中の五衣の襲ね色目にバリエーションが生まれます。


②女性装束の着装方法は衣紋道を基本に平安時代の着付け方で行います。

現在の着付けでは「点点前」または「共合わせ」で装着いたします。

そして五衣も室町時代頃に正式に五衣を定め始まったにすぎません。
当時は絶対的に五衣ではなく季節の気候に応じて単重、二衣重ね~○○重ねとしていました。
なので五衣にこだわりません。


最終的には打衣をご用意しています。
打衣はなえ装束での衣の形を整える大事な衣です。
一枚で少し高いですが、1枚きちんと着ていただきたいと思っております。


③装束の寸法はオリジナルです。

現在装束店さんで購入出来る装束の寸法はほぼ決まっています。
これは明治時代に装束の規定化が改められたためです。よって平安時代は寸法の違うと理解していいと思います。
しかも女子装束は禁色以外身分不相応でなければほぼ制約がありません。
なので見た目の美しさを優先します。

具体的に単の袖、裾の長さを長く、袿も五衣の比翼仕立てとして衣を組み合わせ方で襲の違いを変化させます。
そして寸法は当時に比べ、日本女性は15cmも身長が高い。
私の体験上、裾や袖が短い?と思っていた疑問はこれが原因かも?と、女性装束は寸法をオリジナルで長めに仕立てます。


④時間内で可能な場合は平安時代の遊び体験を行います。

平安時代の装束を着たまま平安時代の遊び
総角作り・貝覆い・写経遊び・貝和歌遊び、薫香作りなど。

皆さまの設定時間に合わせてオリジナルの平安時代歴史体験研究会を開催します。


⑤外出可能な装束は時間制限ですが散歩出来ます

外出時も体験場所の賃貸料はかかります。
あくまでもルームレンタルの使用時間内での外出です。

外出時間が短めの装束(1か所だけ・撮影時間30分等)と不可の装束もあります。

散歩には私が同行します。
出来るだけ御希望の場所へ参りますが、観光地として有名な場所で人出が多い場所は周りの方への配慮と御迷惑がかかる可能性が高いのでエチケットとして御遠慮くださいませ。
外出時に発生する経費拝観料、入場料、タクシー代はお客様負担でございます。



⑥他の体験所にはない珍しい装束を体験してもらう。

平安装束というと女房装束、束帯、衣冠、白拍子、狩衣です。
他さんでしかも正絹で出来る装束もあり、あえてそれらを選んでいただきてもはたして満足していただけるのか?

そう私は装束店さんでもなく、有職専門家でも、神社関係者でもないのです。

そんな主催者に申し込まれたいと思われるのはレア感ではないでしょうか?
ほかでは出来ない!これこそ遠方に来ていただける要素に思えるのです。

前記いたしましたが、初めは3・4種類で徐々に増やしてゆきたいと思っています。
新着状況はこのFC2にて更新してゆきます。


⑦装身具と遊び道具

袙扇

2018年度入手予定
扇も平安時代は板が細く板のかさなりが小さいので、軽量で大きく開くのが特徴ですが、現在の物は板の半分ほどが重なっていて、金彩や胡粉・紅・緑青などで吉祥画を描き、六色の紐を両端に蜷結びして松や梅などの造花を飾り付けた美しいものです。
しかしこれは近世に定められた衵扇であり、平安時代では違います。
平安時代の扇の完全コピーは無理ですが、平安風の板が細く二重四橋の無地を購入し、平安時代の文様を岩絵の具を用いて絵を描いてみることにします。
左右には赤色と紫色の二組の紐と赤色緑色(平安時代の青色)をあわび結び蜷結びをして飾ります。 
絵は表裏に描く予定です。

これは枕草子に皇后定子の元を離れる乳母に下賜する扇に由来します。

御乳母の大輔の命婦、日向(宮崎県)へ下るに、賜はする扇どもの中に、片つ方は日いとうららかにさしたる田舎の館など多くして、今片つ方は京のさるべきところにて雨いみじう降りたるに、

あかねさす 日に向ひても 思ひ出でよ 都は晴れぬ ながめすらむと
御手にて書かせたまへる、いみじうあはれなり。さる君を見おきたてまつりてこそ、え行くまじけれ。

つまり表裏にやまと絵を描いてよいということです。

現在の檜扇には表裏で彩色がいとなります。
扇も36橋と大変大きいです。
平安時代諸説ありますが、造花と紐をごちゃごちゃ飾ることはなく、橋を三重にして表裏に重ねた薄様の紙親組の板の端に板を括り付けた紐を長く伸ばしていたようです。
源氏物語の絵巻の女房の檜扇を見る限りそのようです。
これに近い物を再現してみます。

さらに夏用のかわほりもご用意しました。

かわほり
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国宝扇面法華経冊子より 「七夕」この絵がえがかれたのは鎌倉後期か室町前期
七夕の葉に答えがあります。平安時代は赤芽柏、その後梶の葉に代わるのです。ですがやはりこのアンニュイな雰囲気に~~~。


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薬玉
平安時代端午の節句に貴族たちが贈呈しあった贈り物。
中に香木を入れ、造花と五色の紐で飾られた邪気はらいの縁起物です。
山田高木店の薬玉です。
端午の節句の汗衫の飾りにしようと思っています。

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和歌を書き込んだ和歌読み用の貝
平安時代古和歌を覚えるために貝の裏に古い和歌を書いた故実を再現

胡床
脇息は高額なためにその代用と男子装束の座り姿の撮影のために用意します。
布部分は母の名古屋帯の刺繍の綺麗な物を別注で制作していただきます。

練り香作りと衣移し
山田香木店さんの練り香セット
遊びの一つとして練香を楽しんでもらう予定。開業直前に購入予定です。

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尼女院用の平安時代の数珠
法金剛院にある待賢門院の肖像画で手にもっている数珠に近いものを製作しました。
見た感じ手作り感は半端ありませんが、古さをかもしだすためにあえて素人感を出しました。

2018年購入予定装束リスト

①夏用の狩衣
神社のはかまやさんでお取り置き中です。
手元に入ったらまたアップしますね。
夏用のすけ感のある青色の綺麗な狩衣です。

②懐中用高烏帽子・檜扇
扇には岩絵の具と筆で絵を描き、江戸紐で細工した紐飾りを装飾した衵扇を製作予定です。
叉宝鈿も自作製作中です。
お楽しみに!!!


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