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京草子 雅な京都絵日記時々詣で 韓流ドラマロケ地

舞少納言「韓流ドラマ宮ラブインパレス」ロケ地巡り

別編第一段韓流mbcドラマ「宮」撮影地巡り

韓国大手テレビ局MBCが2006年1月11日から3月30日までの全24話で構成された当時最高視聴率28.8%の人気ドラマのソウルでの撮影地を紹介します。
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なんでも韓国で人気のマンガ家パク・ソヒ原作の「らぶきょん LOVEin景福宮」を映像化したドラマです。

日本でも度々放送されて韓流ファンを熱狂させたドラマなのでご存じの方も多いはず。
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もしも韓国にまだ皇室が存在していたらを想定して皇室内の恋愛や人間関係を中心に展開していくラブコメです。
韓国の人気アイドルユニット「BabyVOX」の元メンバー「ユンウネ」とモデルの「チュ ジフン」歌手「キム ジョンフン」の初ドラマ挑戦これにソン ジヒョが加わり、新進気鋭の抜擢にマンガファンから異論も飛び出る配役でしたが、いざ始まると上り調子に人気が出て4話延長し、二人を名実女優、男優としても注目されるきっかけを作ったドラマでした。

貧しいながら暖かい家庭で元気いっぱいに美術高校に通う学生シン チェギョンが祖父と前皇帝の約束で同高校に通う皇太子と突然結婚するというシンデレラストーリーです。

宮家での結婚生活に戸惑いながらシン皇太子に好意を持つチェギョンとクールなシン皇太子(いわゆる男盤ツンデレ系)、初めはそっけない態度を取りながらも段々とチェギョンの事が気になりだすシンと深まりあう二人の関係、そしてここに元彼女ヒョリンが再びシンを取り戻そうとする。そして英国から戻ったシンの従兄弟で元皇太孫のユル君がチェギョンに恋し4角関係が絡み合います。しかもここに親同士の確執(皇帝は昔ユル君の母と恋人同士で結婚してからも皇太子妃の座がつらかったら二人で逃げようと言っていたほどの仲だった。)と権力憎悪(その事を皇后も知って嫉妬にかられながらここに皇后対ユル君母(夫孝烈皇太子が事故で死亡後前皇帝が二人の息子をもてあそんだとして国外退去を命じた為外国暮らしをしていた事と皇帝の母になる夢を捨てきれないのでユル君を皇太子にしたい欲望のある元皇太子妃の恵政宮。追尊後は皇太后となる))が絡むなかなか面白いドラマでした。
セットもかなり本格的に作られ、衣裳や調度品、小物にいたるまで15憶Wもかけたという熱の入れように脱帽!

実は韓国は現在立憲君主国になったていたかもはかなりありえたことでした。
朝鮮王朝最後の王「高宗」初代大韓帝国皇帝がもしも優れた政治家で自国の利益を優先出来るカリスマ性のある人物であったならの話しですが。

朝鮮王朝末期最後の王高宗は気が弱く常に廻りの影響力のある人物に同調する政治を行う事が多く、その行動も時にぶれる事が多かった人物でした。初めは父府院君、そして妻閔妃、そして厳妃と誰かの影響を常に受け強い決断力を到底ふるえないという弱みが、巨大帝国ロシアと新勢力日本帝国の触手から朝鮮国を守れなかった大きな要因だったと思われます。

その皇帝高宗に唯一残された道こそ1896年に結成された「独立協会」と協力し、朝鮮を民主化し立憲君主国として皇室を存続させる最後の好機だったのです。
朝鮮皇室は当時も称賛の的であり、尊敬の対象であったのでこの同盟が成功していれば王朝は存在した可能性が高いのです。

しかし彼は息子「後の純宗」への政治権力の継承にこだわった事と独立協会を信用できず皇室を廃止するという噂を信じた為に1898年に解散させた事がありました。
もし民主化に成功していれば海外からの朝鮮国の認知度は大きく変わっていたかもしれません。

当時の世界認識では日露戦争で名実的に勝利した日本が朝鮮半島を影響下に置くというのが常識でした。それほど朝鮮の政治力は信用されていなかったのです。

事実日本政府抵抗するため朝鮮の独立性を模索した高宗は1905年アメリカにいた李承晩(李王族)をルーズベルト大統領との面会を求めたものの、正式な訪問要求を求められ事実上門前払いをくい、さらに、1907年第二回万国平和会議に密使を派遣するも門前払いされていました。
まさに朝鮮国は当時の政治腐敗や国内の混乱に加え混乱期で、各国には独立国とはみなされていないまでの存在だったのです。

そのために実現せず最後はほとんど強制的に一部の親日派の両班官僚達や日本の朝鮮半島統合賛成派によりその座を息子に渡し、最後には朝鮮併合という結末を迎えるのです。

高宗が実権力の放棄を宣言し、民主的な選挙による政治を目指し、協会と強いきずなを構築出来ていれば、おそらく現在の朝鮮半島はまったく違った国になっていたと想像出来ます。
北朝鮮、大韓民国ではなく半島の分裂もなかったでしょう。という事は現在の拉致被害もなかったでしょう。
歴史って本当に少しのボタンの掛け違いで大きく変わるのでしょうね。きっと・・・・・。


#余談ですが独立協会には大韓民国初代大統領「李承晩」も在籍していました。その字の通り彼は全州李氏王族の一人でした。高宗と厳妃の息子垠皇太子(併合後は王)と方子皇太子妃(王妃)(梨本宮方子女王)が日本敗戦後自国に帰国したい意向も無視し続けたと言われています。
同じ王家の出身ですから、又王家復活などと国民意識が高まる事が不快だったと言われています。結局彼は後年失脚してしまうのですがね。
ようやく朴 正煕の時代になり初めて帰国がかなったものの垠は脳卒中の為意識がなく、方子と垠の腹違いの精神障害を負った妹徳恵姫の三人で昌徳宮の中の宮殿でひっそりと暮らしていたと言われています。
後年方子は亡くなるまで社会福祉活動で名をはせ、死亡時には準国葬扱いで取り上げられた女性です。
二人には男子が誕生していましたが、結婚したものの子孫を残す事なく死亡し、血筋は途絶えました。

まあ暗い話しはこれまでにして。

物語順に限られた時間内で訪問可能な撮影場所を紹介します。(訪問日はまったく違います。)

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シン皇太子登場のシーン慶熙宮の正殿
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始めて王宮に向かい皇后と皇太后に会いに行く正門前
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許婚と知ってから初めてチェギョンとシン皇太子が出会ったシーン一和堂の2階エレベーター前
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コン内官に怒られていた女官の場所。
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王宮でユル君が登場する場所
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ユル君が初めて宮に参内しコン内官と出会う場所。
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ユル君が久しぶりにあった乳母の尚宮と出会う場所。
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まずはチェギョンの姫宮教育と二人の結婚式が行われた「雲峴宮」
ここでは韓服の体験が出来ます。
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車から降りたチョギョン

ここは元高宗の誕生地で即位するまですごした興宣大院君(高宗の父)の邸宅郡王族の邸宅です。
荒れ果てていたのを所有していた遺族から譲り受け、改修され公開されている建物です。


二老堂
驪興府大夫人閔(ミン)氏(高宗の母)の邸宅であり、明成皇后(高宗の妻閔妃)が宮中に入る前、宮中作法を学んだ場所です。
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ドラマではチェギョンがガレの作法の勉強をしていた場所です。
シン君が来て王でチェギョンがいて手前でシン君が「離婚」について話していた撮影場所です。
シン皇太子が教育中のチェギョンを訪問していましたね。
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皇后も心配で様子を見にきてましたね。
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二老堂を逃げ出したチェギョンが通った門のシーン
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建物の間をくぐった場所。
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チェ尚宮に見つかって叱られた場所。
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結婚式が行われた老安堂
興宣大院君の男性の居住空間で、客人の接待をする場所として使用していた建物です。
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ここから始めて雲峴宮に来た時に通ったり、結婚式を終えて出てくる門
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馬車に乗り込みパレードに出かける所。

チェギョンが御茶会で詩をいえたので皇太后の命令で韓国式ゴルフをシン皇太子から教えてもらう撮影をしていた慶熙宮

元は王族の邸宅があったのを光海君が「王の光道の宿る所」という噂に没収し、宮殿を建てた場所。
しばらくは正宮としても使用されていた時期があったものの当時の建物は日本併合時、移築解体されたので今ある建物はほとんど新たに建築された物。

正門は皇宮の正門として撮影されていました。
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建物に旗が立てられます。朝鮮式ゴルフ開始
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チェギョンがシン皇太子に手ほどきを習うシーン
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チェギョンがホールインワンしたシーン
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うまく出来たチェギョンに面白くないシンがユル君と韓国式ポロをするとチェギョンを置いて二人で駆けはしるシーンの撮影をした場所。王宮の正門としても使用されました。
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東宮殿の正門に使用された徳成女子大学の建物。
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ここで皇太后から年代物の車をもらっていたシーンの撮影
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逃げ出すシン皇太子を追いかけるチェギョンの撮影がされた場所です。

内部は烏山撮影場所に作られた仮想とCGで構成していたそうです。
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チェギョンが乗っていた自転車を受け取ったコン内官が興味本位に乗り、操縦不能になり追突した三清閣の正門
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皇宮の正殿、英国のウイリアム王子の接待場所としても外装を撮影した三清閣にある一和堂
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ユル君とチェギョンが遊んでいるのを眺めているシン皇太子 聴泉堂
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ユル君と遊ぶチェギョン
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いなくなったチェギョンを探す二人のシーン三清閣にて
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チェギョンとユル君が遊んでいた場所、いなくなったチェギョンを発見して連れ出す撮影が行われた幽霞亭
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車で行きついてチェギョンをシン皇太子が抱きしめる雑木林のシーン

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シン皇太子とチェギョンの二人が2500万年の星の周期を話すシーン
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シン君に石を投げるチェギョン
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放火犯の容疑で任意の事情聴取に向かうシン皇太子の撮影シーン
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そこを目撃するチェギョンとユル君
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泣きながら追い懸けるチェギョン
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車から降りるシン皇太子
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抱き合う二人の撮影のシーン

物語は紆余曲折を経て、ユル君は皇帝になるのをあきらめ母と共に宮殿を去り、チェギョンはチェ尚宮と二人マカオで過ごしてます。
そこへ皇太后とシン大君(皇帝は退位しシン皇太子は自主的に廃位を申し出大君になり、姉が女皇帝に即位後)が
が訪問して改めて結婚の申し出をした後教会で式を挙げ、チェギョンが吐き気をもようす所で終わりって内容でしした。ただの食べ過ぎか?妊娠?ってかそんなシーン0だったんで・・・・?
続編がないので?????真偽のほどは?です。

ちなみにあまりの人気にパート2を期待され、企画されたものの著作権の争いでおながれになってしまいました。
宮Sという全然違うドラマが後日スタートしました。時は女皇帝の時代、従兄弟の二人に皇太弟を競わせ、二人は皇位と女官との三角関係にバトルするという内容なんですが。これミスキャストの上に全然面白くなかったんでこちらはあまりヒットしなかったんですね。

ドラマ撮影場所巡りの情報は【こちら】

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舞少納言「韓流ドラマ同伊&イサン」ロケ地巡り

別編第二段韓流mbc時代劇ロケ地
「同伊」&付録ちょっとだけ「イ サン」ロケ地巡り


前回「善徳女王」ロケ地巡りで訪れたmbc龍仁ドラミアに再びやってきました。

以前は一部のツアーのみの見学施設だったこのロケ地が今年の秋に一般公開される事になりました。
今回は日本BSで放送中の時代劇ドラマ「同伊」と何度も放送されている「イサン」のロケ地を中心に紹介します。
いい意味でも悪い意味でもすごく観光施設化されていました。こんなんで今も撮影出来ているんでしょうか?

いきなりですが、高句麗、李朝朝鮮時代で正宮として撮影されていた宮殿内部でドラマ使用の衣裳を体験&各ドラマ撮影内部を再現したゾーンでカメラ撮影
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同伊の世界へようこそ!

2010年 mbc49周年記念ドラマ「同伊」

同伊とは李朝朝鮮王朝19代王粛宗(1661年生1720年没)の側室「淑嬪 海州崔氏(1670年生1718年没)」で英祖(1694年生1776年没)の生母の架空の名です。

彼女は宮殿のムスリ(王の水汲みする下女)出身で、粛宗の寵愛を受け承恩尚宮(王の手がついた女官に与えられた称号まあ愛人って意味の地位です)となり、1693年には正式に側室「淑媛」の地位を得て、同年王子を出産するもその子は2ヶ月で死亡、1694年には延礽君を産み「淑儀」に、1695年には「貴人」に1699年にはさらに「淑嬪」正一品(内命婦で最高の地位)に封じられ、1718年に亡くなった実在の人物です。
粛宗の数少ない子の内3人(内2人は早夭)を出産した女性としかわかっていません。

ただ、粛宗がわざわざムスリという当時としては卑しい身分の女性を承恩尚宮として迎えたのにはそれなりの理由があるように思います。
後宮に多くの側室を持ちながら、中人出身の張氏(1659年生1701年没)が初めて出産した時の粛宗の年齢は当時としては遅い方でした。
王妃、側室が妊娠しない中、王は両班の娘の体は弱く妊娠に向かないと考えたのではないでしょうか。
賎民の娘は美貌も血筋も良くはなかったようですが健康で丈夫な男子を産む可能性が多いと思ったのでしょう。
結果として海州崔氏は王朝一番の長寿を成し遂げた英祖を産んだのです。

ドラマmbc ホ ジュン、大長今の監督イビョンフン、演出イ ビョンフン 脚本 キム イヨン

物語全60話シンデレラサクセス時代劇ストーリーを第一部奴婢の娘同伊が宮殿で女官まで上り積め張氏と対立するまでを第二部は粛宗の側室となり張氏を嬪に降格させて閔氏を復位させすが、出生の秘密の為に宮殿を去り息子と共に入宮するまで。第三部は張氏と息子達の王位継承争いや最後閔氏の死と張氏の死薬の刑まで第四部を新王妃の対立と和解までの長編ドラマです。
ドラミアでは主に王宮殿付近、左右の付近、町中、少し離れた善徳女王使用建物後方部分が使われています。

主たる配役

同伊(トンイ)主人公ハン ヒョジュ明朗、聡明、才覚あふれ王の寵愛を受け後の王母#実在の人物

粛宗王 チ  ジニ 李朝朝鮮王朝最後の絶対君主王権強化し朋党政治#実在の人物
を利用、その反面少しおちゃめで多情多感

禧嬪張氏イ  ソヨン 南人派擁立の粛宗の側室、権力執着が強い。#実在の人物

張希載(張氏の兄)キム ユソク遊び人を装いながら裏工作に長けた張氏の実兄 #実在の人物                  
車天寿主人公の兄の親友ペ スビン同伊を陽に影になり助ける兄的存在。
仁顕王后 継妃 パク ハソン粛宗の二番目の王妃西人派擁立の王妃両家の子女 #実在の人物                              
徐龍基 捕盗庁の従事官ソ ヨンギ王の信頼厚い武官、同伊の父と友というほどの仲だった

呉太錫 南人派重臣オ テソク漢城府左伊以前出世の為同じ南人派の重臣を暗殺張氏を利用して政権を手中におさめる同伊の敵

沈雲澤 老論派の両班シム ウンテク流刑地の義州で同伊に出会い政界入り同伊協力者#金春澤がモデル

張武流少論派の漢城府庶尹チャンムヨル父が呉氏と張氏に暗殺されたのも知らず剣契を追う後に張氏から同伊に同調するも最後は同伊に摘発され処刑される

延礽君 粛宗と同伊の息子  クム私邸で育った為わんぱくだが賢い二男後の英祖#実在の人物
世子粛宗と張氏の息子 張氏に似ず優しい坊っちゃんキャラ後の景宗 #実在の人物
             
同伊を演じたハンヒョジュは聡明ながら明るく元気いっぱいの演技が光っています。正直尚宮以上に昇格してから宮中服があまりに合っていないほどで。どちらかというとちゃめっけあるかわいらしい顔つきなので気品ある後宮の側室としてはいまいち。女官服の方がとても良く似合っていましたね。

王役のチジニは大長今でチャングムの夫ミンジョンホ役で出演されていましたね。
今回は朝廷では権威をしめしながら後宮ではめそめそ、おちゃめ御坊っちゃん系王役を熱演しています。
笑っちゃいますよん~~~今までの粛宗像をイメチェン大変でしたでしょうね。

ライバルの張氏役のイ ソヨンはその美貌と気品で宮中服がぴったりお似合いのいじわる美人系^^でした。

ほぼ架空の作り話しですが、所々に史実もいれて物語は展開していきます。

ストーリー前半1話から10話
賎民出身の主人公「同伊」は町で朝廷の高官が殺される事件に遭遇し謎の手信号を知ります。突然始まる?ストーリー展開。
父は賎民という身分制度を改革しようとした集団「剣契」の首領その正体を隠してソヨンギの身分を超えた友でもありました。しかし南人派の工作で政敵を殺害した無実の罪(後に協力者となるソヨンギの父も含む)で父兄を殺され、彼女は兄の親友チョンスに助けられ逃げます。その後妓生に預けられました。しかし父や兄の汚名をはらすため手掛かりとなる女官(尚宮張氏が謎の手暗号をしているのを偶然見、それが以前傷をおった男の手信号と同じで何かてがかりになるのでは?と思っていました。)を探すため兄が在籍していた宮廷の「掌楽院」(宮廷の音楽部署)の部署の奴婢として働いていました。
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掌楽院
その頃の朝廷は南人、西人(老論派、少論派で分裂)派に分かれ、壮絶な派閥政争のはざまで王権を最大限に活用しつつ、両派閥の粛清重用を繰り返した王権を保持した最後の王粛宗の時代です。

王宮殿に隕石が落ち、朝廷ではなぜかこれが国が乱れると言って大騒ぎになり、何故か当時王宮を追われていた尚宮張氏が原因だから絶対に入宮させてはならないという?な西人派家臣の進言を王ははなつけ再び張氏を入宮されたある日王宮の演奏会で「音変」が起こります。
これは「王宮音楽の音色が乱れると国が乱れる」という古事に由来し、朝廷の西人派は南人派のおす承恩尚宮張氏が宮中に戻ったせいだと主張しますが、実は大妃(粛宗の生母)と西人派の仕業でした。
これを同伊は原因が元になる調整役の楽器に岩塩を使用したために起こった事を付きとめ解決します。
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ソヨンギが長官のポドチョンの建物
同伊はその時の調査で偶然両班に身を隠し町に出ていた粛宗と出会いました。しかも王とは知らなかったので粛宗の背を借り馬乗りになって岩塩を隠していた邸の塀を超えるというやんちゃぶり。
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この事件解説で同伊は張氏の後見を得て王命により「監察庁」の女官に昇格します。
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監察庁の建物
これまでで11話です。まだまだなっが~~~い

【朝鮮王朝実実録余談1】

粛宗は13歳で即位しながら垂廉政治を受けず王権の強化を進めた王でした。壬辰倭乱、丙子胡乱で社会混乱を正し民生を安定させ、衰退していた王権を朋党政争を利用し粛清を繰り返す換局政治を行ったとして評価の高い王です。
当時の政治主導は西人派で構成されていました。
南人派は主要重臣が死刑や流罪になっていたものの虎視眈眈と政権を狙い、まずは張師鍚(右議政で荘烈王后の弟)と東平君(粛宗の伯父)の後ろ盾で内命婦の足掛かりに訳官張の姪を荘烈王后の女官として入宮させます。(何故か張氏の父は不明一説に張師鍚の隠し子とも言われています。)彼女こそ朝鮮王朝三大悪女の一人と言われた美貌の持ち主「張玉貞」です。粛宗は承恩尚宮として寵愛を受け後宮に入り込みます。1686年淑媛に88年には昭儀昇格し、1688年念願の長男「」を出産します。
ちなみに実は粛宗の母明聖大妃は尚宮張氏の再入宮の時にはすでに死去していました。し、南人派の大物趙師鍚や東平君、閔黯、李義微もまったく登場しません。なんででしょうわざとか???

11話から23話まで

監察庁は女官を取り締まる部署で初め皆同伊を元奴婢という身分に認めようとしませんが、その聡明さと明るさで次々と問題を解決し信頼を得て清国の密輸調査も手掛けます。王も時々身分を隠して同伊と会っては楽しんでいましたがその時に以前出会った両班が実は王だったと知るのです。
粛宗は母大妃と西人派の反対を押し切り張氏をついに正式に側室となる宣旨を下し、数年後張氏は男子を出産し南人派と結託して政治介入を開始していきます。
張氏は同伊に好意を持っていました。しかし張氏の兄が甥を世子にするため反対する大妃を毒殺しようとした事件がきっかけで張氏と同伊は対立します。大妃は崩御し、張氏はそれを王妃閔氏にかぶせ毒殺しようとしたのは王妃閔氏だという工作を行います。
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同伊は必死で無実の調査するも確実な証拠がなく閔妃は廃妃されてしまいます。
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輿に乗る廃妃
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廃妃となり宮殿を去る際に見ていた張氏
同伊は張氏に付いた尹尚宮の策で内需司(王の財産管理部署)という内官の部署というやりずらい担当にさせられます。そこで廃妃閔氏の無実の手がかりをつかみかけますが、丁度王は貨幣に使用する材料が不足している問題を調査していた所内需司が関わっていた事を知り調査中の同伊をしばらく中止するように伝言します。
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手掛かりをつかんだ同伊が廃妃の住まいを訪ねるシーン
同伊はその部署で大妃の薬の調合した医師に渡った賄賂の証拠の書類とそれ以前に入手した手形と証拠を発見します。が、張氏の兄の刺客に会い傷をおいながら王宮を脱出しました。道で倒れていたのを義州の商団に助けられます。なんにも知らない王は狩りで射止めた鹿で同伊の靴を作らせえる様に内官に指示しました。
これまで23話まだまだ続きます。

【朝鮮王朝実録余談2】

粛宗の生母聖明大后は張氏が再び入宮する前に病気で崩御します。つまり史実では物語が始まる前には死去していたのです。まあそこんとこは張氏対大妃という対立の構図の必要性から存命させたのでしょう。ややこしいですね

貨幣鋳造事業の成果「常平通宝」の鋳造
粛宗は経済発展の必要性を重んじ支援するため、新しい貨幣を鋳造させます。

#貨幣の鋳造の件はこの事実と合わせてストーリーに組み込まれます。

王妃閔氏廃妃事件と己已換変
張氏が生んだ王子を寵愛した粛宗は3歳で世太子にしようと王妃閔氏の養子する様重臣に進言した所、これを老論派が反対しました。すると王は生母張氏を嬪に昇格させ、さらに老論派を刺激して牽制した後西人派の大量追放と南人派の朝廷大量登用を行います。ここに閔氏は廃位され、禧嬪張氏は王妃へと昇格していくのです。

この時の実年齢粛宗は28歳、同伊19歳、王妃閔氏22歳でした。


24話から30話

行方不明なっている同伊を気付ずかいながら心穏やかでない粛宗、どことなく王の心が自分にないのを不安に思う張氏は王妃に昇格します。
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王妃の戴冠式のシーンを撮影した場所
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王妃の宮殿「中殿」
必死に同伊の居場所を探し始めるヨンギとチャンス
義州の商人の邸で商売を手伝っている所で清国の世太子承認が遅れている問題を解決するためやってきた張氏の兄と出会い、張氏を王妃にする王に嘆願書を朝廷に提出した罪で流刑されていた両班沈氏の助けを借り清国が張氏の兄にせがんだ国境警備隊の配置録の記録書「謄録類抄」を張氏側から奪い必死の思いで逃げ切りました。王の密命「同伊を探せ!」を受けヨンギとチャンスは同伊が義州に居ると知り駆け付けるも一足ちがいで同伊は妓生雪姫と義州を離れ会えず。同伊は都漢陽に戻り、今度は洗濯する下女として宮殿に入り込み王に証拠の品を渡そうとするも、張氏の兄の刺客に狙われまたも宮殿を去ります。
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同伊が洗濯していた井戸
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同伊から見た位置
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王様から同伊を見た位置
偶然王を見つけるも警備兵に取り押さえられる撮影場所
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王妃が同伊が生きているのではと不安になり王様の気を引こうと考え込むシーンで撮影した場所
が、結局王様の同伊への気持ちが勝ってしまうんですね。
同伊は失意のまま戻った酒屋で楽器を演奏している所に散歩といって宮殿から出て外出していた王に再会しました。
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王を思いながら楽器を演奏していた場所
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町を散歩していた時に偶然同伊を見かけた場所
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王様が同伊を抱きしめた場所

その後王の実家に身を寄せ、兄の親友にも出会います。

王様はこの頃には同伊にラブ自覚していました。しかも探していたコムングの演奏家が同伊だと知りますますラブ!!がとうの同伊は???って感じです。
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夜宮殿をぬけだした後、王妃と大殿で会う二人
同伊は張氏の兄が医官を買収した際の手形の証拠を王に渡すと体調を崩し危篤になります。
王様は王命で特別な薬を同伊に与え回復させます。
張氏の兄は買収の罪と女官殺害の容疑を問われチョンス率いる親衛隊に逮捕されソヨンギの尋問を受けてしまいます。
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ヒジェが親衛隊に取り囲まれた場所
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ヒジェを捕え親衛隊の副官チャチョンスが現れた場所

王は同伊が宮殿に戻り廃妃の汚名を晴らしたいと知ると、自身の思いも重ねて今度は承恩尚宮として宮殿に戻します。
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承恩尚宮となった同伊が着た宮廷衣裳
ここまで30話~~~まだまだ

【朝鮮王朝実録余談3】
清国国境問題の解決
粛宗は当時あいまいだった北部の旧領土回復運動を繰り広げ、鴨緑江付近の朝鮮人出入りを活発化させて1712年清国と交渉して国境線に碑文を建てて領土境界線を確保しました。

#張氏の兄が清国の使者と会い国境の警備録を欲しがっていたのは当時の国境線問題と史実と合わせているからです


31話から46話
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同伊の籠が宮廷に入る時の撮影された場所
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同伊が籠から降りて一瞬後ろを振り向いた場所
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宮廷に入る同伊を撮影した場所
突然尚宮になった同伊は動揺しながらも粛宗から指輪を与えられ寵愛を受けます。
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王様が同伊に好意を持って尚宮として迎える意思を伝え指輪を渡した場所
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王様の気持ちを知って考え込む同伊を撮影した場所
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同伊が内宮のしきたりを勉強していた場所
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同伊の住まい
ところが入宮すると同伊が罪人で無断で宮中から逃亡した罪人という理由で猛反対します。張氏は南人派を押えこむ替わりに兄の釈放をするように粛宗に取引を要請します。粛宗はこれを承諾した後、同伊の女官が次々疫病で倒れます。そんな時病監察庁のポン尚宮と同期の女官エジョンが同伊付きになり味方を増やします。気苦労の多い同伊を気遣い粛宗はファンとヨンダルを誘い御忍び酒屋でワイワイ~~と突然雨が!!!
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ここは以前王様とファン、ヨンダルと同伊が一緒に飲んだ酒屋です。
二人はLOVE!!!張氏の兄は接待部署に左遷、兄は部下を使いシムウンテクを暗殺しようとした所を同伊にたのまれたソヨンギとチャンスに助けられ、雪姫から同伊を通じソヨンギに「謄録類抄」が渡ります。その後も同伊の女官達が病に倒れ世子暗殺の疑いをかけられます。実はこれは張氏の母が宮中に流した化粧品にヒ素を入れた為に起こった出来事で同伊を陥れる罠でした。その疑いをはらす調査をする同伊と張氏は南人派の力を借り同伊の弱みの調査をしますがどうしても同伊の身元が明るみに出ません。チャンスが身元資料を焼きましたからでません。不信がる王妃は正式な側室に格上げさせよとします。これは罠、その手続きには身元確認の戸籍が必要でしたチャンスと雪姫はにせの戸籍を用意、その時司憲府持平になった沈とソヨンギに正体を見破られますが味方になってくれ、粛宗には違う話しでなんとか誤魔化しのりきりました。同時進行で清国の大使が宮殿で世子容認の許可の為に宮殿に来ます。すると再び張氏兄と清国使節団の使者に「謄録類抄」の請求が始まります。同伊はわざと「謄録類抄」に盗まれた証拠をつけて張氏派に渡させ、国の防備を売り渡そうとした罪を明らかにしました。
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中殿前で同伊と王妃張氏が向かい合う撮影場所
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王に面会した後、同伊とすれ違う大殿前の撮影場所
張氏の兄を流刑、南人派が復活、西人派は朝廷追放流罪、王妃張氏を禧嬪へ降格、そして廃妃閔氏の王妃復位計画を実行します。

この時粛宗は33歳、 海州崔氏24歳、王妃張氏35歳、廃妃閔氏27歳でした。


【朝鮮王朝実録4】
甲戌換局と海州崔氏
粛宗は承恩尚宮になっていた海州崔氏が老論派と組んで王妃張氏の悪口を告げ口し張氏の影響力を排除した影響と又謝氏南征記(書 西人派 南萬重)という物語(明国の名士の息子が本妻を追い出し側女を本妻にしたが後悔し、本妻を再び迎え入れたという内容。当時の宮中の話しを中国の古典文学になぞって書かれたハングル文字の大衆文学の書)が大流行している事実を知ると張氏を遠ざけます。そしてしだいに廃妃閔氏を復位させようと思い始めます。
当然閔氏復位を御膳だてするための西人派の策略でした。閔氏復位運動に危機感を抱いていた南人派は完全に西人派を追撃しようと粛宗に進言するも、南人派勢力の拡大化と張氏への不審と海州崔氏への寵愛につけ、南人派の一部からも閔氏復位の声もありも、張氏嬪へ降格、閔氏復位を達成し政権は再び西人少論派へわたることになりました。

#同伊のモデル海州崔氏は物語どうりとはいわないまでも粛宗の寵愛を受け、後宮内部から海州崔氏が積極的に閔氏復位を進言していました。


ここからの撮影写真の続きがあるかもないかも???

復位した閔氏は同伊に監察府を任せられ同伊は最高尚宮にチョン尚宮を指名、同期のジョンイムを尚宮に昇格させます。そして正式な側室「淑嬪」になり念願の男子も誕生し幸せいっぱい。でも民の事も忘れず粥を賎民に奉仕します。呉氏に父を殺された漢城府庶尹チャン・ムリョルは剣契の両班襲撃事件の担当となり、父のものだった南人の長の座を狙う為に父をオ氏に殺害されたと知りながら張氏に近ずき、オ氏まで黙らせます。その頃父の指導した「剣契」が両班を襲い同伊とチョンスを不安にさせていました。同伊は王妃に静養を願いでてシムウンテクと共に手暗号の調査もしていました。調査していたチョンスはそのリーダーが同伊の幼馴染ケドォラと知り、剣契が同伊を暗殺しようとしている事実を知り動揺します。同伊は刺客に剣契に自分が首領の娘であると告白してひそかに宮殿から逃がします。張氏は密かに同伊の素性を調べさせ、張氏の兄や追放された南人派に貧民に救済を指示し王はその行為を称え南人を朝廷に戻します。同伊もシムウンテクと共に手暗号の謎にせまります。そして南人派の重鎮(呉氏)が当時の南人の実力者を暗殺して今の地位を獲得した事(途中で登場する漢城府庶尹チャン・ムリョルは息子)、同伊が剣契の父を持ち手配されていた子供だった事実を張氏に報告します。張氏はその時あの蝶のノリゲを拾った娘が同伊である事を知り、同伊も当時出会った尚宮が張氏である事実も付きとめます。王は剣契を襲撃を計画してその時に怪我を負ったケドラを逃がそうとしていた同伊とも鉢合わせします。同伊は契の首領が父であることをしゃべってしまいます。自分の身分を王に話し、王は剣契は民にひどい仕打ちをしていた両班しか襲っていなかったと知ります。王は同伊をどうしても別れたくありませんから重臣達の同伊の処分にも貸す耳を持ちません。しかし同じ時期に同伊は息子を病気で亡くしてしまい、そのつらさから宮中を去る事を王に願い出ます。王は泣く泣くケドラを処刑し他の者とチョンスを流刑に昔の罪は無実であると認められます。同伊は身分をそのままにして宮殿から追放する事で命を繋げました。でもその時同伊は妊娠中で!同伊の実家を王様はお忍びで訪れます。お酒で泥酔した王様は翌朝我にかえり内官を叱りつけます。???すると同伊につわりが!ご懐妊~~~

宮殿の外で王子を出産し、王はその子に「昑クム」という名を与え、陰ながら見守ります。6年後、同伊は王子として教育を延礽君(クム)に行い、元気いっぱいのやんちゃな男の子に育っていました。世子は病弱でしかも子種がない病気である事を張氏が王にだまっていました。
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同伊とクムの家を岡から見守る王のシーン
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偶然王が同伊と息子クムを見たシーン
王は宮殿でいても同伊と息子の事が忘れられずたまらず同伊に内緒で王子と宮殿の外で会い、わが子の聡明さにうたれ度々遊んでいました。張氏は世子が世継ぎをもうける事が出来ない体である事を王に内緒にしていました。それを知らない王は世子に婚姻を望みます。しかし張氏がこれに反対します。同じ頃張氏の母が同伊と王が宮殿外で会っている事実を知り、同伊の家を放火してしまいます。しかし親子は間一髪の所内密に王から警護を受け持っていた兵士に助けられ粛宗は再び宮殿に側室淑儀と昇格し王子延礽君として戻します。
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張氏が宮殿に入る同伊と王子クムを睨みつけるシーン

47話から55話
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遊んでいた官吏が実は父王様だったと知り、ショックを受けて逃亡したシーン
宮殿で二人を待ち受けていたのは与継ぎ問題でした。王妃は世子を交代延礽君させる意思を西人派と同伊に打ち明けます。同伊は息子延礽君に頭が良くないふりをする様に指導するも、プライドから優秀である事を見せてしまいます。朝廷は大騒ぎ世子派と延礽君派を二分する政局に粛宗も悩みます。張氏と兄の延礽君への動揺を見て漢城府庶尹チャン・ムリョルは世子に問題があるのではと疑い出します。王妃は延礽君を世子にすると同伊に宣言!とうの二人は異父兄弟ながら仲が良いからなお悲しい。そのうちチョンスも宮殿で義禁府都事として戻ります。王妃は世子の病気を知っていて張氏に粛宗に話す様に命令しますが拒絶されました。その後に心不全で倒れ、同じ頃張氏の母と兄が宮殿の張氏の殿の神堂を造り巫女に王妃を呪う儀式をしていました。
なんとその呪いの札を延礽君が掘り出してしまいます。同伊は怒り、同じ頃?に思っていたチャン・ムリョルが張氏側の弱みを握ります。
王妃は次の王妃を同伊にと粛宗に遺言して死去します。粛宗は王命を下しますが同伊は世子と息子の命が危険にさらされるのでこれを拒絶します。さらに張氏に兄弟なのだからと就善堂の調査も中止させ張氏に呪いの人形も返し牽制し合うのをやめようと持ちだします。しかし張氏は呪いの人形を返しきっぱり拒絶します。この頃世子は自分の病(子供が作れない)の事を知るのです。相変わらず兄弟の間で争いが絶えません。東宮殿世子が内医院に行った間帝王学の書が盗まれるという事件が発生しました。
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ウナクとクムが御勉強しているシーン
その犯人は延礽君と疑われますが張氏兄の仕業でした。世子は自分が異母弟にあげた事にしたと粛宗に打ち明け問題は無事解決します。同伊も淑嬪に昇格します。するとチャン・ムリョルは張氏の弱みを同伊に告げ証拠を渡します。すぐにまた問題発生世子と延礽君が宮殿を抜け出し大騒ぎが起こります。宮殿に戻った世子が母張氏に自分の病について話し張氏を驚かします。チャン・ムリョルも同伊に世子の病いを王に告白してはと助言します。そして世子は悩みながらも父王に病気である事をうちあけます。
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王は張氏を責め激昂し張氏は窮地に陥ります。南人派重臣も世子が後継ぎが出来ない病いであると知ると張氏を告発する運動を行い張氏側の陣営は一気に離れていきます。追いつめられた張氏の母は逃亡途中に捕まり、神堂の巫女も捕まり、兄は張氏の指示で東宮殿を放火、その際延礽君が刺客に襲われかかるのを同伊が庇い間一髪で助かります。世子は無事だったのですが張氏は追いつめられて部屋に監禁、母と兄は逮捕、王はシムウンテクから張氏の容疑について報告を受け激昂します。同伊は今度は情けをかけないと張氏と決別宣言します。
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母の処刑に反対する世子が王に嘆願、同伊にも懇願するシーン
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張氏が世子と最後の別れをし、同伊がその場面に遭遇するシーン
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張氏が世子の将来を同伊に懇願し、チマにしがみついて涙するシーン
王は兄と母を流刑に、張氏は死薬の刑に処する王命を下します。
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最後に張氏は同伊に世子の身の安全を懇願して薬を飲み絶命しました。
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張氏役の女優さん!美人系です。

巫蠱の獄の事件があった時は張氏が42歳で死薬の刑で死去、粛宗はこの時40歳、海州崔氏は31歳です。

【朝鮮王朝実録5】

巫蠱の獄
閔氏は復位した後体調が優れず、病で死亡してしまいます。すると老論派から閔氏は張氏が呪った為に死亡したと主張しはじめます。
当時の政権は張氏腹の世子派の少論が掌握していました。ほどなく1701年に粛宗は張氏の居室就善堂西に神堂を設け、巫女を呼び夜な夜な閔氏の死と自らの復位を祈った事を知り激昂しました。張氏は死薬の刑、張氏の兄は
死刑になります。又政権も世子派の少論は失脚し、老論派へと移行していきました。
しかし以降も少論派は世子(景宗)と老論派延礽君(英祖)に分かれ互いを牽制し合っていきます。

#張玉貞はよく嫉妬深く高慢な人物と演じられる事が多いのですが、「同伊」では聡明さと美貌、権力欲の強い策略家という両面性を持たせ又粛宗を深く愛した人物として演じさせています。この点なかなか面白い描きかたですね。実際の所朝鮮王朝実録ではけちょんけちょんに書かれているのですが、本当の所?ですね。実録といえど両班が記述した正記ですから中人で母が奴婢という張氏は身分社会制度の李朝朝鮮時代では嫌われる所以ではありますからね。
又粛宗は表の朝廷の権力政争と裏の後宮の権力抗争に連動した対応をしていましたから、張氏からすると振り回された感はいなめないかも?


55話新王妃誕生から60話まで

同伊は二人を即位される意思があり、そのためには王妃にならないと王に宣言します。王は側室から王妃に昇格させる事を禁止します。世子は母の処刑後あれまくりみかねた同伊は優しく接します。
すると西人派の押す金柱臣氏の娘を王妃にします。
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前王妃は監察府を同伊にまかせていたのでそれを知らない新王妃は「内命婦の規律を正す」と同伊と対決する姿勢を取り始める王妃。しかも同伊の息子延礽君の結婚を薦めます。
同伊に鞍替えしていたチャン・ムリョルはすぐに新王妃につきます。息子の結婚を西人派の大物の娘を推薦されるもこれをはねつけ自分が嫁を決定すると宣言、少論派(世子派いわば敵の陣営の娘)進人の徐宗悌の娘を選びます。実はこの家は王流の気が流れると民衆に知られており、王家とも縁のある家でした。それに牽制したチャン・ムリョルはその家の木を抜いてしまようとした所チョンスに捕まりまり又チャンの容疑の調査を命じます。この頃同伊は世子も息子も王位につけるのが二人を救う道と王に告白します。
王は同伊を宮殿から離宮へ移動させ、世子に朝廷での政務を勉強させるように王命を宣言します。
実は王は世子に譲位して同伊と二人離宮で隠居する意思がありました。清国へその意向を伝達する為静養と嘘をつき都を離れます。チャンは譲位の意思を疑います。そして王妃を味方につけて王がいない事をいい事に世子を亡きものにしようとしていると同伊を追い出し、その後逮捕するつもりです。チョンスは同伊の身に危険がせまっているのをシムウンテクにたのみ西人派の重臣の私兵を同伊の警護をたのみます。同伊が宮殿を出る日、チャンはその近くを世子の行列が通る様に工作してその罪を同伊になすりつける計画です。案の定行列に火薬がドッカ~~ン!
チャンは同伊が犯人ですと王妃に進言すると王妃は兵を同伊の元に向かわせます。兵が到着後チャンはしてやったりな得意げな顔で現れます。ところが同伊もしてやったり顔です。王妃登場!でチャンが逮捕されます。同伊はチャンの陰謀を事前に王妃に伝達しておりチャンを躍らせていました。チャンは処刑され一安心です。王は譲位の遺構を大臣に告げるが反対に合い、同伊は息子を養子にするという王妃の意思を受けて離宮に暮らす事にしました。
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王は泣く泣く同伊の意思を尊重します。が、離宮に暇だといっては遊びに行きます。
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同伊が離宮の壁を壊したシーン
今は板壁になっていました。

同伊は離宮でソヨンギ、シムウンテク、チャチョンスらの協力で貧民相談所の様な所にして町を出て、いろんな調査をして時々王もおとずれ楽しく暮らしていました。また調査の為に王様の背中に乗り邸の塀を乗り越えようとしています。爆笑~~~
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最後に即位した延礽君(英祖)が同伊の墓を訪れ「聖君になる」と宣言し、近くでそれを聞いているチョンスが嬉しそうに微笑んでいました。

おしまい!!!


【朝鮮王朝実録6】

王妃閔氏が死去すると粛宗は王妃に金柱臣の娘14歳の金氏を王妃に迎えます。彼女は1720年に王大妃に1724年には英祖が即位すると大王大妃になります。金氏は貞純王后の様に大きな政治的影響力は持たなかったものの景宗と王世弟延礽君の間に入り、特に王世弟延礽君を擁護する立場をとり時にその命を助け即位を手助けしました。ドラマでは14歳より確実に年上の女優さんが演じていましたね。少女には無理な演技でしょうね。

#最後に王妃金氏は延礽君を養子に迎え同伊は王宮を離れ別宮で暮らすという展開で終わります。この新王妃本当は14歳なのに演じている役者は20ずっと上、養子にはならなかったものの大きな後見人であったのは事実です。おかげで老論と少論の政争に命を落としかける事度々でその都度王妃金氏は常に延礽君を助けた英祖となった後も重んじられたと言われています。

実際にも粛宗はこの宮中のごたごが一段落すると淑嬪海州崔氏を宮殿の外の息子延礽君の私邸に移し宮殿を去らせています。
やはり息子延礽君を次王にするために賎民出身の生母をとうざけたのかもしれません。愛情が冷めたというより政治的判断のように思われます。
事実淑嬪海州崔氏の役割は老論派が廃妃閔氏を復位させ、さらに王位継承者の誕生をと望んだ事とも言えます。
特に金春澤(老論派の若手政治家)は積極的に彼女に接近していました。つまり閔氏の復位が叶い又張氏が処刑された後彼女の役割は終了した訳です。
その犠牲か息子の延礽君は世子が景宗として即位するも病弱なために子供が出来ない為世弟として更に王位につきます。まあ老論派と少論派の政治的対立で大変な政務を経験していくのですが、そこは「イサン」で!!!

#本当の海州崔氏は全然知られていません。実録にも先に書いた様に張氏の悪口を告げ口し閔氏の復位を協力し、英祖が母は聡明だったと伝えたくらいしか伝承がありません。不思議ですね、王様の生母なのに・・・。
まあそれなら描き放題ですね~



情報は【こちら】


同伊より前に「イサン」というのドラマがありました。



mbc46周年特別企画2007年放送「イ サン」ちょっとだけ

ちなみに監督は「同伊」と同じ人物です。

イサンは李朝朝鮮王朝22代王正祖の本名です。

正祖は英祖と映嬪の子「荘献世子」と恵慶宮洪氏の長子で、英祖の王太孫海州崔氏の玄孫です。
韓国でも世宗大王と並び人気の高い王で聡明かつ秀才でありながら、政争に父を亡くし、政治改革の途中で崩御した悲劇の王でもありました。英祖の時代政権闘争は西人派が老論、少論派に分かれお互いをけん制し合っていました。
英祖は老論を支持しながらも出来るだけ政権を双方で二分させながら統治していましたが、長く兄景宗とその支持者グループ少論派に命の危機を味わった英祖は少論派が起したクーデターで老論派に政権を渡してしまいます。これに危機感を覚えた少論派は世子の荘献世子に近ずき、逆に老論派と貞純王妃は危惧し英祖に当時政務代行を行っていた世子の攻撃し始めます。すると二人は親子でありながら政治的に反目してしまい、ついに英祖は息子世子を1762年に米びつに閉じ込め死なせてしまう辛壬士禍が起ってしまいます。

英祖は後年この行為を深く後悔し、その孫を世孫として1775年から事実上世孫に政治をまかせ、老衰により崩御しました。

ここに正祖1776年4月に即位しました。

その頃政争は老論は僻派(非思悼世子派主に老論)と時派(思悼世子派と南人派)に分裂していました。
正祖は実父が世子であったにも関わらず父が罪人として扱われた為、老論の主張により叔父の養子になってから即位しました。しかしその即位式で「余は荘献世子の息子である」と宣言し、老論派を牽制します。
生涯に渡り老論派の力弱めながら、少論南人派を重用しながら王権を強化しつつ文芸、学問の強化、地方政治の管理、商業の活性化など多様な政治を行い「東洋のルネッサンス」という時代で呼ばれます。水原へ遷都も計画するも道半ばで突然崩御してしまいます。
結果、幼い王子が即位すると老論派は英祖の王妃貞純王后に睡廉政治をさせ、その後2代続いた幼い王の為に勢道政治(日本でいうと摂関時代のような政治体制)が行われ朝廷は腐敗し始め王朝の末期を向えていきます。正祖が20年長いきしていれば歴史も少し違っていたかものしれません。

ちなみに後宮は他の王と比べても少なく王妃は清風王后、ソンソンヨンのモデル宜嬪昌寧成氏、元嬪豊山洪氏(病死してしまいます。)、和嬪南原尹氏、顕穆綏嬪潘南朴氏の1妃4側室、中でも正租自身が和嬪の女官だった見染めて迎えた昌寧成氏は寵愛が深く彼女の産んだ文孝を世子にしたほどでした。しかし昌寧成氏は世子が病死した年、出産を控えていたにもかかわらず死亡してしまいます。正祖は政務が滞るほど悲しんだと伝えられています。悲劇の王様なんですね~

主たる配役
イ  サン     イ  ソジン   朝鮮後期最大最後の聖君であり不運な王でもありました
ソン ソンヨン   ハン ジミン   図画署所属の女官、後に側室となり世子の母となるも病いで死亡
パク テス     イ  ジョンス  護衛部隊の武官 ソンヨンとサンの幼馴染
ヨンジョ      イ  スンジェ  英祖、世祖の祖父
ホン グギョン   ハン サンジン  世祖の寵臣。宿衛所隊長、都承旨。後に失脚する。

ストーリーは祖父の王から父が幽閉され餓死し、世太孫にそして王になった正祖を中心に幼馴染の宮女ソン ソンヨンとの恋愛と別れ、継母貞純王妃と老論派との確執、政争、暗殺等繰り広げられた一大時代劇です。
物語が長すぎるので大まかにしか説明できません・・・・・・ごめんなんさい。
ただ逸話で一だけ興味をそそそる話しが出てきます。同伊が粛宗から貰った指輪はイサンの大切な場面で登場します。英祖が生母の遺品の指輪をソンヨンに下賜し、その指輪はソンヨンから息子に渡り「文孝世子」が誕生する大切な小道具として登場します。ソンヨンが元茶母という身分が低い理由で老論派はその息子を世子と認めないと大反対します。その時に恵慶宮が㬀の身に付けた指輪の存在を知り、英祖がソンヨンが認めた娘と解釈されます。世祖は重臣達にその事実を伝え、世子の身分に相応しいと皆を黙らせ晴れて世子になるのですが、残念な事に病気で死去してしまいます。しかもソンヨンも病で正租を残し死去してしまいます。
物語は残された正租が父の墓水原で行幸し、遷都を計画するも道半ばで崩御、まだ幼い世子(ソンヨンの息子が死去の後別の側室との出来た息子)に夢を託すという終わり方です。
DVDでも見てくださいませ。

物語の終盤世祖とソンヨンが晴れて結ばれからソンヨンが病気で亡くなるまでの撮影地を紹介します。

ハンジミンさんはチャングムの誓いでシンビ役で正租の王妃は同ドラマのヨンセン役のパクウネが配役されています。韓国ドラマは監督要望なのか?テレビ局要望なのか同伊もそうですが同じ人が良く出演していますね。
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側室と迎えられる前に王様と昔のお話をしていた場所
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ソンヨンの本当の気持ちを知りたい王様が二人っきりで気持ちを確かめようと話していた撮影場所
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側室として入宮し、息子を産んだソンヨンと世子になった息子と遊んでいた場所。
この後世子ははしかで死去してしまいます。
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ソンヨンは妊娠中で病気になり、余命いくばくもなく王様に肖像画を描いていた場所。
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ソンヨンに薬を飲んで側にいてほしいと嘆願する王様とソンヨンの二人を撮影した場所
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昔正租に貰った結び紐をなくしソンヨンが探していた場所。
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世祖が倒れたソンヨンを見つけた場所
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世祖の腕の中で亡くなるソンヨンを抱きしめる正租の撮影場所

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