春は空のけしきのどかにて、うらうらとあるに

訳:春はなぁ~空の景色がのどかやねん。うららかやねん

それでもまだ寒さの残る
今日は天候に恵まれて青空です。

家の用事で京詣で~~~到着!!!
早々と用事を済ませ、7月に体験をお願いしている黒田装束店さんんへ打ち合わせに伺います。
メールではなかなか細かい所が伝えきれないので、それと調度品も見たかったのでお電話すると快く時間を作ってくれることになりました。
よかった!

黒田装束店さんの装束は「なえ装束」平安朝のお仕立てで、なめらかなで流線的な曲線が特徴です。
大好きです。
優美でなんか「はんなり」している様子がいかにも平安時代の雅を感じさせます。
現在なえ装束をされている体験所は少なく他はほぼ強装束です。
強装束は平安時代末期に鳥羽上皇(後白河上皇の孫)と源有仁が生地を厚くしたり、糊をきかせて着付けした装束以降主流となります。

すると着付けにも変化が現れます。
生地が重く、一人では着付け出来なくなり衣紋道という着付けを専門に行う者が現れます。
またそれより以前女性の場合は裳をつけてから上に唐衣を装着していたのが、生地が厚くなった事で唐衣を押える必要が出て着装が逆になりました。
男子の場合はその他の装着付属品の改良、また男女問わず中に小袖を着る様になりました。
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前日小物を製作しました。髪に付ける「総角結びの髪紐」です。
紐が短くて短い紫紐を繋げて繋げて、髪に結ぶ様に別紐をつけて作成しました。
平安時代の殿上童は髪を結い紐を結びます。
この髪形を美豆良といいます。
平安時代幼いうちは男子も女子も髪をのばし、少し成長すると男子は左右の髪を両耳の上で輪にして結っていました。
「美豆良」、「角髪」、「総角」などといいます。
古墳時代の埴輪の髪形といえばよくわかると思います。
輪にした後に残りの髪を下にさげるのを「下げ美豆良」といい、下げずに上で結ぶのを「上げ美豆良」といいます。


今回の京草子目的NO2
さて話をもとに戻して、黒田さまと打ち合わせ
まず

IMG_8205 - コピー
源氏物語竹河の玉鬘邸家女房姿の完コピーをお願いします。
すると大丈夫との事、後日画像を送信するようと承諾いただけました。

7月の体験汗衫は
「宿直装束」風の着付けにつまり、前記の裳をはずしその上に汗衫を着せてもらい両側の前みごろを後ろ前にしてから袿に重ねます。
これもご理解いただけて2パターンの装束を体験できそうです。
丁度七夕の頃ですから、「乞巧奠」用の小物を用意しようと思います。

で調度品を拝見出来ました。
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すごく素敵優雅な屏風です。京都御所にでも飾ってもおかしくないでき!ぜひ用意していただきたいけど・・・・・・。
その時にお願いするかどうかは予算次第・・・・・・・・かなし。

打ち合わせが終わり丁寧に(自分ではそう思っているが・・・)お礼を言って失礼しました。
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京都御苑の黒木の梅丁度満開
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今年は春が遅かったのでまだ梅が楽しめますね。

さて昼食はプチ腹ごしらえ以前から気になっていた「フリッツケイ」さんへ。
途中で軽くカップ野菜スティック&野菜ジュースをいただきます。
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フリッツケイさんは簡単にいうと揚げピザ天門店で以前テレビでとりあがられていて気になっていましたが未来店でした。
今回はアフタヌーンビュッフェの為に軽めにこちらに訪問!
ナポリ伝統のピッツァの一つである「揚げピッツァ」
大変こだわりのあるお店で特に生地に手間暇をかけているそうです。

なににしようかな???シンプルにマルガリータ・メキシカンも気になるし・・・・・・・・・・・NNN~~~ん
「フンギ」にしました。
きのことハム、チーズです。
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生地がもちもちで表面はサクサク中はもちもち美味しい~~~
美味しい!せっかくならランチをしてほしい~~~~夜はバールで食事もできるようです。

お店の情報は【こちら】

ここから京都駅へ。
今回の京草子の目的3 苺ビュッフェ

3月といえば苺の季節
この時期ホテルで行われるスイートビュッフェ「苺」となるとなんだか行きたいモード点滅
4月にはセンチュリーで予約済みですが、3月訪問時にもチャレンジしてみます。
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事前にグランディア京都のHPでアフタヌーンティービュッフェを予約しました。
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「カフェルタン」

こちらは約1時間の短め設定 効率良く食べないとね。
Very! Lovely! Strawberry!


ここでビュフェ鉄則
苺は勿論軽食もちゃんとありますよ。

朝昼は軽めにすませておきました。
①まずは軽食コーナーへ
絶対苺ゾーンは混むので時間がもったいない!!!先に空腹時の胃に負担の少ない物を摂取
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果物の前に野菜をきちんと摂取

サラダから食事の血糖値を下げてくれます。

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いざ苺を!!!
女峰 
紅ほっぺ
さとのか?
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まずは苺三種を豪華に盛り付ける~~~食べ比べ~~~贅沢ですね。
美味しかったのは女峰
苺も品種で味が違います。甘くてジューシーだったのは「女峰」でした!!!

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軽いムース系を軽めに徐々にしっかりとした濃いめの苺スイートへ。
MYオリジナルデザートメイド

オリジナル苺パフェ
苺、アイス、ソフトクリーム、タルトショートケーキを乗せて

オリジナルベリーパンケーキ
パンケーキ、苺、ブルーベリー、アイス、ソフトを乗せて
苺ブリュレ / 苺とチョコレートのタルト /
チョコレートムース 赤いフルーツとクリームチーズのクネル /
苺のタルト / 苺とアーモンドの焼き菓子 /
ヨーグルトのムース 苺のソースと共に

パンケーキ / クレープ / プリン / 和菓子 /
アイスクリーム / ソフトクリーム / フルーツ

②カレーライス、寿司、パスタ、ポテトなどの炭水化物はさけるべし

途中であきない為にハンバーガーカレーをMYオリジナルメインで!
ハンバーガー / フライドポテト / カレー /
サンドイッチ / スープ / サラダ

③食事途中の飲料を最小限にすべし

消化を助ける為に珈琲系

④原価償却の高い苺単体、サラダ、沢山苺ののっているケーキをGETすべし。

腹パン後には伊勢丹京都店へ。
地下2階の食料品売り場
土井の志ば漬け本舗~~~試食品をたらふくGTE、甘さの次はしょっぱさでしょ。でしょ。
&桜フェスINKYOTO
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京詣で終了~~~帰宅後のおみやの数数


お知らせ 今後の平安装束体験予定 後半編

4月福井県武生 藤波亭十二単・重ね袿 桜と共にをテーマに

昨年は紅葉の時期にと思い計画していましたが
諸事情により中止、桜の時期にと考えて予約しました。

7月京都市    黒田装束店 汗衫 宿直装束体験 宮中行事乞巧奠
                       袿+裳 玉鬘邸家女房
            アスニー京都 狩衣 藤原行成

10月徳島県   社ノ森 十二単・重ね袿 重陽の節句

 
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舞皇妃・舞公主・林夫人参上!

台湾で中国大陸古代・近代王朝の貴婦人になるをテーマに台湾で変身~~~

①舞皇妃参上

中国古代王朝皇帝の妃

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皇帝に箏を演奏するために練習する皇妃
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皇帝の離宮で笛を演奏してなごませる皇妃

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この写真は夢工場で撮影しました。こちらはクオリティーの高い写真館で今回はキャンペーンなので比較的リーズナブルでした。


②舞公主・林夫人参上

今回は台中の霧峰林家に観光ついでに変身することにしました。
清朝末期の豪族林家の邸宅を改修し一部公開しています。貴重な建造物で撮影なんてなかなかない機会です。
霧峰林家は台湾で五大家族の一族、台北にも同じ林家の邸宅と庭が公開されています。しかしこちらは今工事中でほとんど拝観する事が出来ません。

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今日は清朝の王女(公主)様がご訪問で、夫人は朝からそわそわ
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まだかしら?
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まあ~~しかたないから準備をしないと
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でもおそいわ~~
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舞台の様子は大丈夫かしら~~~
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なんだか疲れたので中庭で休憩
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先に林家の様子を見に公主の側近が訪問挨拶する夫人
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問題のないことを説明している夫人
さていよいよ公主到着
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さあ公主さまと舞台へご案内
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豪華な林家でゆっくりと過ごす公主
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舞台を見て満足されています。

こちらも楽し~~~~

五位、六位などの、下襲の裾はさみて、笏のいと白き扇うち置きなどしてとかく行き違ひ


訳:五位・六位の位(中級から下流の間くらいの地位)のなぁ下襲の鋸(後ろに長く引いてる袖)を後ろに挟んでなぁ~~新品の笏となぁ扇を添えてんのに

続・八千代市立郷土博物館 平安装束体験



前回の蛮絵装束の体験で意外と男子装束いけるんじゃないかと思いチャレンジしようと
八千代市郷土博物館の平安装束体験に応募して無事当選しました。

汗衫体験が終了し今回は遠方からの参加という事で先生の御厚意で二着目の着装を許していただけました。ありがたやぁ~~

(2)武官束帯

なかなか体験出来ない武官束帯は四位以下の闕腋袍は動きやすい様に脇が縫われていません。文人に対して武官はその名の通り「軍事」に従事する官人です。古くは坂上田村麻呂が有名ですが、武官の所属する衛府官達は平安中期は戦がほぼなく戦う事がなくなってしまいます。
武官達は神楽舞や天皇・皇族の警護が主な従事になり、戦いとは無縁になってしまいます。

小袖





下襲

下襲の裾

半臂
脇が開いている状態なので中に着る胴着です。


闕腋袍と呼ばれ脇は縫いません。
着用して袍の上から腰の部位に革製のベルトである石帯を当てる。
袴は大口袴・表袴の2種類で大口を履き、その上に表袴を重ねて履きます。
冠も違い、柏夾と丸めて両サイドに緌がついています。

太刀

平緒

帖紙


大納言兼任以下の大将は弓と矢羽を入れた胡籙を持ちます。
この武官束帯の色は緋色なので五位の武官ですね。


桜の造花を取り付けてみました。

靴の沓
武官用の靴
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弓を持ち護衛に立ち親王さまが誕生して鳴弦の儀を行う。
本来この儀式は蔵人が行います。
が、弓を持つ武人が行うという想定で演じてみました。
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書を持つ
楽坐
足を組まずに足の裏と裏を密着させるように座ります
五位、六位などの、下襲の裾はさみて、笏のいと白き扇うち置きなどしてとかく行き違ひ、また、装束し、壺胡[竹/録](つぼやなぐひ)負ひたる随身の出で入りしたる、いとつきづきし

訳:五位・六位の位(中級から下流の間くらいの地位)のなぁ下襲の鋸(後ろに長く引いてる袖)を後ろに挟んでなぁ~~新品の笏となぁ扇を添えてんのに。めっちゃ行ったり来たりしてんのん。
あとなぁちゃんと正装してなぁ~~壺胡を背負ってんのがすごくらしい~~~やんかぁ~~~~
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桃と桜を持つ

大変貴重な装束体験をしていただけて八千代市立博物館の担当者様、装束指導をされている先生、装束班の学生さん達本当にありがとうございました。

最近よく思うのですが、自分がやりたいと要求ばかりでは、それがかなったとしても。
衣紋道の方にいやな思いをさせたり、陰で人に後ろ指をさされる事になったり誹謗中傷の的(自分ではなんでそんなにいわれのない事をいわれるのか?わからないそいわゆる空気の読めないという人だったりするものです。)になるものです。
願いを伝えそれに答えてくれたら感謝して、ダメな場合は潔く引く精神が大事なんだと思います。
今回の汗衫は中に五衣を着つけてもらえたらなと思いましたが、2着も体験させてもらえるので遠慮しました。
これは後日黒田装束店さんでお願いしようと思います。

感謝しお礼申し上げて博物館を後にします。

姫宮の御かたの童女に、裝束せさすべきよし

訳:内親王様(一条天皇と定子皇后の女一宮・脩子内親王)のお付きの童女達になァ~~ど~~~んな汗衫を着せさたらええんでしょうかァ~~~なぁ~

皇后定子が第二皇女・媄子内親王の出産の準備の為に平生昌邸に滞在していた時
なんの因果か長兄の伊周が左遷され、天皇の許しなしでひそかに帰京した時に道長に密告した生昌の屋敷で出産しなくてはならなくなりました。
皇后がお産の際には里内裏で出産するのが通常でしたが、この時里内裏は火災の為なく、自邸を里内裏として提供する者の現れず(この時すでに藤原道長が摂関政治の中枢に座していた。貴族達は落ち目の中関白家に恩を売ろうという者はいなかったので。)

兄惟仲が中宮大夫であったにもかかわらず、そくざに辞任し、めんどうな中宮の貢献の役目を弟生昌に押し付けました。
生昌はこの役目をいやいや引受、皇后が滞在する場所に四足の豪華な御門を立てなければいいけないのに、金がかかるからと中宮が通るところだけ門を大きくし後の門を小さく作っていました。
当然車が入らず中宮付きの女房達は普段の姿を人に見られるという恥ずかしい思いをしたと清少納言の枕草子に記述されています。

この里下がりの一大事が藤原行成は日記にこのように記述しています。
まず中宮定子が行啓するのを命じる上卿がいなかったんです。なんでか?藤原道長が公卿たちをつれて宇治の別荘へ遊覧してしまったからです。
困った藤原行成は天皇にこの事を奏上すると、天皇は急ぎ上卿を連れて行啓させるようにと命じます。
すると一人病と物忌で家に籠っていた藤原時光(藤中納言)が手を揚げようやく中宮の行啓が実現したのです。
権記より
この時に出産したのが一条天皇の第一男宮「敦康親王」でした。
こ皇子は天皇の第一親王でありながら、天皇の鐘愛され東宮にもと考えたものの道長の後見が得られないと行成に助言され、後に彰子が生んだ敦成親王(後一条天皇)を東宮に立てざあるをえなかったといいます。
御才(ざえ)いとかしこう、御心ばへもいとめでたうぞおはしましし
大鏡より
道長には警戒されましたが、その息子嫡男摂政頼通と親しく、相婿となり、一女嫄子女王は後朱雀天皇の中宮となり2内親王を授かります。
なお中宮(皇后)定子の生んだ親と王内親王の後継はなく中関白家の摂関政治は完全に終わりを告げました。

この後中宮定子は媄子内親王を出産した後、産熟熱で帰らる人となり鳥辺野南陵に土葬されました。

辞世の和歌
「夜もすがら契りし事を忘れずは こひむ涙の色ぞゆかしき」

武蔵国詣で今回は2月5日八千代市立郷土博物館さんで行われる「平安装束体験」に当選して参加しにきました。
毎年開催の催しの様でお手伝いは東京成徳大学大学平安装束班が着付けをされています。
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今回力を入れた小物はこの二つ
小物は薬玉、五色紐、髪紐、高杯、お菓子、桃桜の造花、ウィッグ
そして物忌みこの物忌みには鳥と蝶の絵を描きました。
綺陽研究所さんで「汗衫」を着た女子が似た物忌みを髪に飾っていたので不器用ながら再現してみました。

そして今回初めて日の目を見た高杯、ひな人形用の高杯を代用しています。

当日は関空第一ターミナル出発のジェットスターの早朝便出発やはりLCC便は助かります。


前回は「十二単衣」でしたが、
今回は本格的に童女になりきるために髪はあげまに結い髪紐を着けて初期の公家童女晴れの装束を体験します。

本当は千葉県立博物館大利根分室で行われる装束体験にいきたかったのですが、なんせ募集人数が少なくてはずれる危険性が大いにあるのでこちらの方が18組募集昨年も空きがあるという情報を聞いていますのでまあ安全と思い応募しました。
でも今回は1日だけなので応募が多かったそうです。

八千代市立郷土博物館は成田の方が近いのです。
京成本線特急 京成上野行に乗り勝田台駅で降りて、バスに乗り換え「博物館前」で降ります。
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八千代市立郷土博物館に到着です。
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玄関にひな人形が飾っていました。

化粧は機内ですませているので、髪形を待ち時間の中でセットしてゆきます。
両側の髪を二つに束ねて耳の上で○にして美豆良にします。
髪がたらないのでウィッグでつけたします。
髪の根元で組紐を結んでリボン結びにします。
そして物忌みを取り付けて髪に結びます。
待っていたら早稲田の装束研究会のメンバーの子も助っ人でいてた!
すごくひとなつっこい子で直垂を着てました。

(1)初期汗衫(かざみ)童女・晴れの装束

汗衫とは本来単が(肌着)だった衣が表衣となって、更に長大化して公家童女の正装晴れの装束です。

円領(あげくび)、衽つき、闕腋、身二巾、袖二巾で身丈は後身曲尺1丈5尺、前身曲尺1丈2尺の長さがあります。
円領(あげくび)の汗衫を垂領(たれくび)に着け、汗衫の下は衵(あこめ・童女の表着)、五つ衣、打衣、単、白の表袴を、濃きの長い張袴の上にかさねて着付けれらていました。

平安時代初期から中期の着つけは不明ですが、現在は後期公家・装束家の「満佐須計装束抄」の姿でに再現される事が多いようです。

初期は公家男子の身なりに近く、髪もみずらを結い紐を結んで物忌の髪飾りをつけ、腰には石帯を装着していたそうですよ。

平安初期の晴れの装束実現可能か?
希望としては衵に五衣(いつつぎぬ)単、打衣と束帯につける石帯の装着が可能かどうか聞いてみる事にしました。

結果

この汗衫の特徴的な着付けはなんといっても足元です。
わざわざ濃き(紫色)長袴をはいてから上から表袴をはきます。
なんでも童女達はいろいろと貴人のお手伝いをしないといけないので動きやすくこの形式がとられたんではないでしょうか?
長袴は歩行には不向きですからね。子供はこけやすそうですし。

小袖
濃き長袴
表袴



そして

汗衫

特別にお願いして石帯を装着してもらえました。

後ろを向いてゆっくり前に向いてゆくと長い後ろ姿が印象に残りますね。
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中宮さんに唐菓子をお持ちする童女
平安時代の菓子は果物、揚げて甘葛の汁を甘味料して使用した唐菓子です。
今回は時間と準備に間に合わずほんまものの唐菓子はあきらめ、唐菓子の影響を受けて現在も菓子として食べられている物で代用しました。

煎餅
唐菓子が原型と言われ小麦粉や米の粉をこねて薄く成形し、油で焼いた菓子
奈良時代にはすでにあったといわれています。

フライパスタ
索餅に形状が似ていたので用意しました。サイズはもっと大きいそうです。
索餅は小麦粉を捏ねて茹でたものでやはり奈良時代までに伝えられたといわれています。

かりんとう
桃枝桃の枝に似ていなくもなく油で揚げているという理由で採用しました。
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折敷には大納言伊周さまから届いた薬玉を乗せて献上する童女
薬玉は端午の節句の際に贈られる邪気を払う飾り玉、中には香木を入れて周りを造花で飾り五色の紐をたらせた物です。
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桃と桜を眺めて春を楽しむ童女
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「竹取翁の物語」を夢中で読む童女
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中宮さんから下賜されたお菓子を食べながら
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薬玉を眺める童女

童女って・・・・・やばい厚かましい事この上ない!!!
でもたのしんじゃいました。

体験後、化粧を落として武蔵国・下総国詣でGO

「舞少納言の播磨国詣で」第四段

二ヶ月連続で播磨国詣で~~~

訪問予定になかった播磨国詣で今回締め切り直前で小野市新春十二単衣&束帯体験の募集があり、他にも予定しているし・・・・どうしようと思ったものの・・・・束帯って意外と有料体験所では高額なので・・・・
締め切りまじかだったので申しこんじゃいました。

29日をみごとGETできました!

まずは神戸経由なので寄り道してから小野市へ。
今日はかなりの早起きで早朝バスにも間に合わないの
ママチャリで最寄り駅までぶっ飛ばし~~~~

朝一風呂で体ほぐすぞ~~~お風呂!
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どこいくか散々悩みましたが、初鶴見緑地の「水春
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成分
ナトリウム ~塩化物温泉
溶存物質を含み、47℃は温泉にしては高温です。
効能
切り傷・やけど・神経痛・筋肉痛・関節痛・五十肩・運動麻痺・関節のこわばり・うちみ・くじき・慢性消化器病・冷え性

上段は源泉かけ流し
炭酸泉、ミルキー風呂、ジェットバス、壺湯、寝湯、替わり湯いろいろ朝ぶろ最高~~~~

施設の情報は【こちら】
阪急梅田駅西宮北口経由今津線逆瀬川駅ちかのパンネル可成店へ。
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こちらの食パンは関西NO1舞的にはNO1
朝6時~開いているのも◎いろいろGET

お店の情報は【こちら】


小野市を目指します。

夙川から新開地経由小野へ。
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途中の駅でパンランチだよんN
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小野市好古館
ただいまビックひな祭り
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明治から昭和までのひな人形が飾られています。

新春十二単&束帯の着付体験

本来カップル向けですが、一人でも参加出来るので申し込みました。
小野市の歴史を紹介する施設です。
12月22日(木曜)までにハガキで結果が通知されるのですが、まァあたればラッキーくらいで思っていたので無事に体験出来て!
よかったです。

下着から用意してくれているので手ぶらでGO!楽ですなぁ。
会場には金屏が飾っていてなんか田舎の結婚披露宴会場チックな感じはしますが・・・・・・そこは御愛嬌。

今回は十二単衣と束帯でまよいましたが、十二単衣が修理中で略式十二単衣との事、なので束帯もいいかも?
と思い束帯にしました。
京都や斎宮なんかでも体験出来ますが、料金が最低でも五千五百円~二万です。
交通費別なのでやはり束帯の方がお得???
散々悩んで~~~~~

平安時代臣下の最高格式のある男子装束
(1)昼(ひの)装束 束帯
936年藤原師輔の九条殿記が初見といわれ「論語・束帯して朝に立ち、賓客と言わせるべきである。」からきているとされ、平安初期に朝服を「束帯」といわれた装束です。

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今でいう下着

下着の上に着る衣
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下襲
元々汗衫であった物が変化して袍の下に着るようになった。
裾の長さも身分によって違い好きなだけ伸ばしていいものではありませんでした。


下襲の後ろ身を長く引く衣、長いほど身分の高さを表していました。


表着色や柄は身分によって細かい違いがありましたが、色に関しては摂関時代になると四位以上が黒色となります。

下は大口袴を履き、その上に表袴を重ねて履きます。
大口袴
表袴の下にはく。

表袴
これに・帯・石帯(ベルト)・笏・冠・刀・扇・帖紙を装着します。
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移動する際は後ろの鋸を帯にたたみます。
出来上がり~~~
①藤原行成になりきる

枕草子に良く出てくる「蔵人頭(頭辨)」と呼ばれているのがこの行成です。
彼は右少将・藤原義孝の長男で祖父は摂政経験者の伊尹、祖父の準養子として育ちますが、近親者の相次ぐ死で出世街道からはずれていまいます。
青年期は恵まれませんでしたが、源 高明(醍醐天皇の皇子・道長の妻の一人明子の父)の子俊賢が蔵人頭を退任する際に行成を後任に引きたてた事で一条天皇の蔵人頭(天皇の秘書長)として頭角を現します。

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桜を愛でる伊周

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清少納言にいたずらしようと文を書いている様子
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道長に請われ書を書く様子
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座り姿は平安時代男子貴族の礼法
楽坐(らくざ)
足を組まずに足の裏と裏を密着させるように座ります

②藤原伊周になりきる

中宮定子の同母兄、父関白道隆が逝去すると道長との政争に敗れ、長徳の変(花山院襲撃事件)を起こし大宰府へ左遷されました。
後に皇太后の恩赦により許されて上洛するも、すでに朝廷での実権は道長がおさえ、甥敦康親王も最終的には皇位につけず自身の謀反容疑も度々問題視され、失意のうちに病で37歳で逝去しました。


宮の御前に、内大臣の奉り給へりけるを、「これに何を書かまし。うへの御前には、史記といふ文を書かせ給へる」などの給はせしを、「枕にこそはし侍らめ」と申ししかば、「さば得よ」とて賜はせたりし

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天皇に中宮から届けられた若菜摘みの草を献上する。
跪居
物の受け渡しを行うときの坐法で、正坐のつま先を立てて両膝を床に着け、踵の上にお尻を乗せます。
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大納言に叙目される伊周
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内大臣に叙目される伊周
亀居「いわゆるおばあちゃん座り」
平安時代では除目の時など重要な儀式の作法だそうです。

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儀式の後一条天皇に和歌を催促され手に折敷に乗った雪の梅を眺めつつ詠んでいる様子
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薬玉を中宮定子に献上する伊周




観光の情報は【こちら】

この後甲陽園の「つまがり」さんへ駆け込んで気になる生ケーキをGETします。
ケーキをGETしたら夙川駅で途中下車してパンロードへ。
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「コンセントマーケット」さんと「ブランジュリーMIYANAGA」さんへ。

コンセントマーケットの情報は【こちら】
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帰宅後のおみやの数数

今回の発見!平安時代後期の唐衣の紐なんですが、自分なりに作った物があるんですが、なんとイメージのあった紐がひな人形にドンピシャ!!
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八千代市郷土博物館平安装束体験の抽選に当たれば
2月初め 武蔵国詣で近日アップ予定

3月中旬 黒田装束店 直衣・もしくは衣冠体験アップ予定
フリーエリア

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