無料レンタル
京草子 雅な京都絵日記時々詣で 冬はつとめて

あそびわざは碁

訳:遊びで(面白いんわぁ)・・・・囲碁やん


寒い冬ですが!!関西3でいチケットラスト1なのできちゃいました京詣で~~~~~


いきなりグルメモード・ランチゲットに今出川にあるル・プチメックさんへ。

金土日しか開いていないブランジュリーで私的には御池よりこちらが好き~~~何故かな?シェフが違うと微妙に味に差がいや・・・違うが出るのかなあぁ~~

気になるパンをGETしてゆきます。
ハード系ディニッシュ系クロワッサンなどなどほんまにええ感じ^^好み
最近の京都のお気に入りはここと「グランディール御池」!

本当は風俗博物館に行きたいモードでしたが、12月は季節の入れ替え時期でクローズされます。
来年の1月から再館なので諦めて井筒さん提供の体験施設へ。

ここから二条にある京都市立図書館に併設されている「京都アスニー」へ。
IMG_0151_20151220174436c92.jpg

古典の日「京都市平安京創生館」の中にある平安時代の暮らしと文化体験コーナーへ。
IMG_0144_201512201744426f9.jpg

IMG_0145_20151220174448e83.jpg
企画展は平安時代の貴族の邸宅の内部を再現した当時の貴族の生活様子がかいまきれます。

袿(うちき・女)と小袖、長袴を着て自由に過ごせます。
あまり知られていないのか・・・・人も少なくて結構穴場です・・・・がここは三脚禁止いろいろ小道具もあるのに残念です~~~~~
すっごい小さな三脚なら許してもらえるかもと持参しました。
IMG_0096_20151220174540246.jpg
囲碁
IMG_0063_201512201746479e3.jpg
盤双六
「舞少納言いるかしら?」
IMG_0053.jpg

IMG_0054_20151220174528d0f.jpg
貝覆い
IMG_0057_2015122017463683e.jpg
戸をあける

IMG_0059_20151220174640296.jpg
「どこの公達かしら?こちらを見ているわ」
IMG_0104_2015122017470670a.jpg
「ここにひかえていますよ」
IMG_0141_20151220174719f39.jpg

IMG_0124_20151220174656623.jpg
だれからの文?
IMG_0128_20151220174714705.jpg

IMG_0150.jpg
局でまったりする舞少納言

IMG_0070_20151220175021f61.jpg
「少納言よ 香炉峰の雪いかならむ」
IMG_0079_201512201750266e2.jpg
御格子上げさせて御簾(みす)を高く上げたれば 笑はせ給ふ。

観光の情報は【こちら】

じっくりどっぷり平安体験の後はパン達を京都御苑でランチです。
ここは無料でゆっくり出来て季節の花も楽しめるお薦めのスポットです。
ベンチでランチ~~~~
ウマい~~~~景色も最高~~~いい冬の一日~~~

地下鉄烏丸御池へ
久しぶりに「グランヴァニーユ」さんへ。
ここは濃厚バニラカスタード系が得意~~なお店一番押しはキャラメルミルフィーユなんです。
他もいろいろ見てみます。
土日限定なケーキは?
タルト系は生地がやわらかめなのでちょっと違うかな~~~ムース系もお得意です。


この後四条の「ル・グルエニ・ドール」へ。

ランス料理界の巨匠アランチャペルさんのお店で製菓料理長として活躍された西原金蔵さんのブロバンス風のお店です。

季節はリンゴ林檎りんごをセレクトします。


錦市場の「陶あん」へ。

今日のメインイベント
冬の歳末セール開催中
京都の雅な陶器が大好き~~全部揃えてから本店の窯に見学予定です。

一万(消費税別)以上買うと手ひねりの福寿草の皿を頂けます。福寿草好き~~~丁度ほしかったのでいいものがあればいいんですが~~~
IMG_0152_201512201754332ac.jpg
購入後は奥の喫茶スペースでお菓子と飲み物がサービスされます。
きれいです!!!美味しい最高です。

そして阪急桂経由嵐山へ。
IMG_0264.jpg

IMG_0265_20151220175739a10.jpg

IMG_0266_201512201757469d7.jpg

IMG_0267_20151220175752f33.jpg
さざんか満開

IMG_0157_20151220175531278.jpg

IMG_0158_20151220175537f31.jpg
川べりで遅めのランチをします。

IMG_0153_20151220175505526.jpg

IMG_0154_201512201755128e2.jpg

IMG_0155_2015122017551933c.jpg

IMG_0156_20151220175525157.jpg
阪急の嵐山駅にある「京の舞」さんへ。
IMG_0159_20151220175624a9a.jpg

主に芸子・舞子の変身写真館です。ここでは十二単衣も置いておられます。
が!クオリティー的にはいまいちで・・・・・・しかし、大垂髪と水化粧付きで4500円なのでリーズナブルです。
着付けも簡単です。ばさっとがばあぁと着る感じです。

今回は大垂髪と水化粧付きはやめます。

というのもこちらの京都ステーションホテルで体験済みなのですが・・・・・・・化粧が舞子の化粧でぜんぜんよろしくなくて・・・・・雪女か幽霊の様になり、しかも大垂髪もでかいので私は似合わず・・・・・。
少し濃いめの普段のメイクと巫女さん用の付け髪垂髪で体験します。
IMG_0161_201512201756318dd.jpg
巫女さん用の花簪と日蔭糸紐を髪に着け、さらに垂髪を装着して舞姫風十二単衣姿
IMG_0171_2015122017563831d.jpg
後ろ向き立ち姿
IMG_0176_20151220175646e31.jpg

IMG_0180_20151220175653fa6.jpg

IMG_0190_201512201757002dc.jpg
踊る様子扇を手にして
IMG_0226_201512201757072ca.jpg

IMG_0246_20151220175714006.jpg
座り姿
IMG_0249_201512201757217d6.jpg
小袿姿
平安時代の一番身分の高い女主人の姿
IMG_0263.jpg
表着

お店の情報は【こちら】
IMG_0268_20151220175759ee8.jpg

IMG_0269_2015122017580584b.jpg

IMG_0270_201512201758114fa.jpg

帰宅後のおみや

たのし京詣でも今日で今年の紹介は終わりです。
「本年は御愛顧ありがとうございました。来年もどうぞ宜しくご購読願います。」
ただし播磨国詣は年末開催します。ご期待あれ~~~~
スポンサーサイト

テーマ : 京都・奈良
ジャンル : 旅行

竹近き紅梅もいとよくかよひぬべきたよりなりかし。

訳:に近かくてぇ~なぁ~~~紅梅もあってなあ
が通ってるみたいな場所やんかぁ


2月に京都へと行くとなるとやはり花見~~は梅ですね~~~
奈良時代では貴族のお花見といえばその対象は梅でした。

梅の木は中国大陸から入ってきた植物です。
唐王朝が衰退した事で、大陸からの文化が入りにくくなってゆくと日本は独自の政治文化へと変化してゆきます。
「国風文化」へと移行する始まりです。
そのため天皇や皇族貴族達の趣味嗜好もしだいに変化していきました。

平安時代初期に花見といえば日本固有の植物である「桜」へと変わっていったのです。
その梅は今年は順調に生育して、今が見ごろです。

阪急の西院で降り、いきなりですがランチの予約券をGETしにいきます。

今日のランチはお肉お肉お肉お肉祭り

大人気の「佰食屋」さんへ。
肉専門店で牛肉丼が美味しいと噂のお店です。
開店前9時30分から予約と整理券をGETします。旨いものは簡単に手に入らないのだ!
GETにいざゆかん!!

お店の情報は【こちら】


ここから衣笠校前でおりて徒歩で平野神社へ。
IMG_4586.jpg
洛西の桜名所平野神社は平城京光仁天皇の田村宮で後宮「高野新笠」が信仰していた社を息子桓武天皇が山城に遷都した際移転させた唯一の神社です。

以降天皇家の擁護を受けて現在に至ります。
確か昨年も紹介したかなぁ???大好きな場所です。

寒桜
今年の寒桜はまだ咲き始め?というくらい咲いていません。
IMG_4588.jpg
春はここが原木の珍しい桜や季節の花が境内をにぎわせています。

「平野大神」
大神は「天照大神」「豊受大神」「大国主大神」などいわば神様の中の神様という意味です。
なのでそうそう大神とは称されないのでここがいかに天皇家、朝廷に重きをおかれていたとわかります。
元々は朝鮮にいた神様らしいんです。外国の神様も祀りする度量の広い~~~JAPAN
IMG_4593_20150220202645d89.jpg
舞殿から本殿を望む
舞殿の天井と壁の間には「三十六歌仙」の画が並べられています。
IMG_4592.jpg
御神水
京は四方を山で囲まれた盆地です。山河からの水が丁度地下で瓶のように貯められ水の都でした。
だから豆腐とかお酒とか、染色とか水の必要な産業が栄えていたんでしょうね。
IMG_4594_2015022020265006e.jpg
水仙が植えられています。
今の季節この寒空に桜を見る事が出来ます。
IMG_4597_20150220202655137.jpg

IMG_4601_201502202027012fe.jpg
寒桜
IMG_4603.jpg
くすのきの御神木

10月桜です。
IMG_4604_201502202027148b4.jpg
社務所横の10月桜
IMG_4608_2015022020272098b.jpg

IMG_4611_20150220202726bcc.jpg
10月桜
まだ寒いのでぽつりぽつりとはかなげに咲いていますね。
IMG_4614.jpg
早春の花も・・・・・合わせてシソ蝋梅

ここから徒歩で北野天満宮の境内をぬけて鳥居近くの「京都北野 煉屋八兵衛」を目指します。

北野天満宮は御存じ菅原道真を祀りする神社です。
平安時代当時藤原氏が朝廷の中枢を牛耳っていた頃唯一の藤原氏以外で右大臣(太政大臣は最高位ですがほとんど名誉職的扱い)という高位についた人物(ちなみに左右大臣でこの地位についた人物は数名しかいませんでした)です。
しかし時の左大臣藤原時平にうとまれ「大宰府に飛ばされた悲運の人物」です。
閑職についた道真は大宰帥という名ばかりの地位にあり大宰府で没します。
大宰府は天智天皇の頃は日本の防御地として重要視されましたが、以降その重要視されないくなっていました。

その死後怨霊となり京では飢饉や疫病が蔓延していると京で噂になります。
また「この世の春」をおおかしていた藤原氏の権力者が続続と急死した事で「道真の霊」をなぐさめなければ、祀らなければという声が出始めます。
そして947年多治比文子や近江国(滋賀県)比良宮の神主神良種、北野朝日寺の僧最珍が社を創建したのが北野天満宮の創建です。
もちろん藤原氏も一枚かんでいます。
この地は藤原一門の持ち物だったのですからね。
しかしこれ年代的に道真の死からほぼ50年後の話です。
怨霊となるにはえらく長いと思いませんか?
IMG_4615.jpg
北門から入ります。
まあ・・・いいか・・・・境内は道真が愛した梅の名所です。
楽しみましょうね。

早咲きの梅が今見ごろで境内を遠慮気味に彩っています。
IMG_4625.jpg
紅千鳥
IMG_4649.jpg

IMG_4652.jpg
寒紅梅
IMG_4632.jpg

IMG_4644.jpg

IMG_4633.jpg

IMG_4634.jpg
照水梅
IMG_4617_20150220203602710.jpg

IMG_4621.jpg

IMG_4622.jpg

雲龍梅


「東風ふかば 匂いおこせよ梅の花 主なきとて春なわすれそ

IMG_4648.jpg

IMG_4645.jpg

では京都北野 煉屋八兵衛へ。
IMG_4654.jpg
蕨餅や和風プリンが名物です。
念のため予約しておきました。
丁度梅の時期です。参拝客が多いでしょうから。
美味しい蕨餅(きなこ&抹茶)と和風プリンとろり抹茶です。

お店の情報は【こちら】

で整理券を片手に今日のランチへGO
IMG_4658.jpg
「佰食屋」の肉は上質な国産牛赤肉を使用しています。
これに国産100%の安心・安全なお米と亀岡の老舗味噌店が伝統的な製法でつくった、無添加の美味しい赤味噌のお味噌汁にサラダ、お漬物、プチデザートで980円です。

しかも肉をダブルで2倍は500円増しそれでも1480円~~~~楽しみですよんIMG_4655_20150220204613638.jpg
今日は奮発肉ダブル~~~で~~~がっつり頂きます。
IMG_4656.jpg
そのまんまと
IMG_4657.jpg
ソースをたっぷり付けてコンガリニンニクチップとごはんを肉で巻いて頂きます。


お店の情報は【こちら】
IMG_4659.jpg

途中に以前ネットで購入したキムチのHOSHIYAMA発見
チャンジャが美味しかったのでGET

お店の情報は【こちら】

IMG_4660_20150220204430c18.jpg

IMG_4662.jpg
街角の菜の花

バスで四条へ京都大丸店地下食料品コーナー「ごちパラ」でおやつ&ごはんの友物色~~~~
土井志ば漬け、ルプチメック、仙太郎などなど~~~~楽しい~~~
今日は「大北海道展」いや~~~地方即売で人気NO1なんでも一番集客効果が高いんだそうです。
定番ルタオ、六花亭、石屋製菓などその他いろいろ~~~~
IMG_4664.jpg
夕張メロンソフト購入いただきます!!!


オ・グルエニ・ドール」元アランシャペルで製菓長として活躍されていた西原金蔵さんのパティスリーです。
我が家の近くにもお弟子さんのお店がありますが。
「青は藍より出でて青より濃し」とはならず・・・・・・・・。
西原さん直伝の「りんごのタルト」「ピラミッド」「きいちごのシブースト」「モンブラン」とあるのですが、生地があらかったり焼きが好みでなかったりと・・・・・。
IMG_4665_201502202051136b7.jpg
久しぶりの「オ・グルエニ・ドール」あいかわらずかわいらしい店内です。ケーキ達も宝石のように飾られています。

この後烏丸御池「grains de vanille」へ。
注目のケーキ店比較的最近のお店ですが、大変な人気で夕刻にはショーケースが空になるほどだそうです。
最近はご無沙汰なので久々に訪問です。
IMG_4666_2015022123502791d.jpg

こちらのケーキはわりと濃厚でねっとりしています。
ムース系が得意ですが、舞苦手なのでパイ系を頂きます。
ここのキャラメルミルフィーユが美味しいんです。あと、サントノーレも濃厚で大好きだ~~~~
今のシーズンはどんなケーキと出会えるか????


京都市役所まで歩きます。


バスで京都府立植物園へ。

洛北に季節の花を楽しめる絶好のスポットです。
IMG_4667.jpg
今はまだ緑もこれからで少しさみしげな風景ですが。

現在「早春の草花展」開催中

芝生広場に日本と世界の早春に咲く花達を楽しめます。
IMG_4746.jpg

IMG_4747.jpg

IMG_4748.jpg

IMG_4749_201502202055323df.jpg

IMG_4750.jpg
チューリップ

IMG_4751_20150220205553641.jpg

IMG_4752_20150220205603988.jpg

IMG_4753_20150220205612913.jpg

IMG_4755_20150220205625e36.jpg
椿

IMG_4756_201502202056342fa.jpg
菜の花

IMG_4759.jpg福寿草
IMG_4760_20150220205654589.jpg
白梅
IMG_4761.jpg
枝垂れ紅梅
IMG_4762.jpg
白梅
だいたい桜の季節に咲く花ですね。なんか得した気分です。

早咲きの椿も咲いています。
IMG_4703_20150220211457546.jpg
桃色雪中花
IMG_4705_201502202116153bb.jpg
菊冬至
IMG_4713.jpg

IMG_4717.jpg
紅唐子
IMG_4719.jpg

IMG_4720.jpg
白唐子
IMG_4695.jpg

IMG_4696.jpg
数寄屋
IMG_4680.jpg
紅侘助
IMG_4691.jpg
白侘助
IMG_4693.jpg
早咲き天ノ下
IMG_4698.jpg
土佐有楽
有楽とは織田有楽の事、織田信長の弟で文武両道の安土桃山時代の武士彼が愛した椿だあった由来から名つけられたそうです。
IMG_4700.jpg
有楽
IMG_4716.jpg

IMG_4714_2015022021170425d.jpg

不明?
椿園
IMG_4727.jpg

IMG_4734_201502202130025ca.jpg
八重寒桜
IMG_4729.jpg

IMG_4731_20150220213024ab5.jpg
玉牡丹
IMG_4675.jpg
シソ蝋梅

梅園はまだこれからですね。3月上旬が見頃でしょうか・・・・
いい香りです。梅は香りで楽しめ、桜は目で楽しむ
今年は寒かったりあったかかったりと???梅もさぞびっくりしていたでしょうね。
まだこれからという花も・・・・・・。
ティーブレイクタイム
IMG_4725.jpg

IMG_4726.jpg
美味しそうやん~~~かぷり~~~ぺろり~~~
しかし今日は天気には恵まれましたが寒いです!!!
来週はあったかくなるみたいですが・・・・・。

こちらの冬桜はどうでしょうか?

IMG_4670.jpg
小福桜
本当にこれからまだまだでも・・・カメラの調子が悪くて・・・・
しとやかにはずかしげにひっそりと咲いている「冬桜達」
しとやかすぎて写真にできない・・・・私達の季節もあと少しもう少しの我慢と・・・・と言っているようですね。

植物生体園
森の中といっあ風景が広がります。早春の花がもう春なのよ!と言っているようですね。
IMG_4736_20150220213328798.jpg

IMG_4738.jpg

IMG_4763_20150220213355f08.jpg

IMG_4742.jpg

IMG_4764.jpg

IMG_4765.jpg
節分草
その名の通り節分の季節に咲く小さな小さな花初めて知りました。
すごいかわいいんです。小さくて小さくて・・・・・下向きに咲く花・・・・・なんかかわいい・・・・けなげで
IMG_4739.jpg

IMG_4740_20150220213629d6c.jpg
福寿草

ワイルドガーデン
IMG_4682.jpg

IMG_4688.jpg
ホワイトクリスマスローズ
IMG_4687.jpg
IMG_4686_2015022021213505b.jpg
ブラッククリスマスローズ
IMG_4689.jpg
パープルクリスマスローズ
IMG_4723.jpg

IMG_4722_201502202142462db.jpg

IMG_4721_20150220212509191.jpg
スノードロップ
早春まだ寒さの残る季節の花は恥ずかしいのか寒いからなのか下向きに咲きながらもしっかり生きる姿を見せてくれます。
ん~~~~~好き

IMG_4724.jpg
水仙

こちらは府立施設なのでリーズナブルな入園料で広大で見事な庭園を自由に散策ができ、お弁当を持って楽しくピクニック気分が楽しめる。
その割に観光客が少なめなお薦めスポット大好きな場所です。


バスでここから河原町周辺へ
錦市場の中にある「陶あん」さんにただいま
IMG_4768_20150220213817c48.jpg

「錦小路店 七周年記念祭」中
京都の四季を器に描いたこちらの作品は舞大好きです。
お手軽・B級商品がお買い得~~~
今回の京草子のメインイベントです!!!

福袋ある~~~ある~~~
IMG_4766.jpg
購入者だけにあるデザートサービスでほっこり~~~


で!!!帰宅の途へ
IMG_4769_2015022021432101c.jpg

IMG_4770.jpg

おみやの数数~~~

次回の京草子は「台湾詣で」3月初旬です。お楽しみに~~~

テーマ : 京都・奈良
ジャンル : 旅行

梅こそただいまはさかりなれと見ゆるは


訳:今こそ!梅が満開に咲いてるんは



今年の冬 特に1月は大寒波到来で激寒でした。
一昨年ほどではなかったのですが、やはり寒いのは体に堪えますね。

節分も終わりいよいよに向けて一気に季節が変わろとしているのになぜかまだ寒い~~気分だけは春をとザ京都へ

これからの京都はまさに今シーズンの梅と3月の桃、4月の桜へと花の観光シーズンに突入します。

2月寒い京都で春を感じてお買い物&京グルメ」



西院でバスに乗り換えてさんへ。

香りは梅、花は桜
徒歩で「北野天満宮」へ

IMG_2615.jpg

北野天満宮は御存じ菅原道真が御祭神の神社です。
菅原道真は土師氏出身(土師氏は古代古墳に埋葬する埴輪を製作し葬祭を担当していた氏族です。)という低い身分でありながら学者として平安初期に活躍した政治家で宇多天皇の側近です。
最後は右大臣にまで昇進した人物で和歌、漢詩、文才に秀でかの遣唐使を廃止させたのが彼です。

左遷の際に自宅で詠んだとされている和歌が有名です。

「東風 吹かば匂ひおこせよ 梅の花 主なしとて 春を忘るな 」

訳:東風が吹いたらなぁ~こんな田舎に左遷されてもうたわしの所にも風に乗って匂いを贈ってや~梅の花さん
  わしがいなくなったからいうて 春を忘れてたらあかんでぇ~~~

宇多天皇の譲位で醍醐天皇の即位後、菅原氏の勢力拡大を恐れた藤原時平の陰謀にあい、大宰府に左遷され最後は当地で病死されました。

死後京で天変地異や藤原氏の変死が続き、京の人々は道真の祟りとおそれおののきます。

没後20年目にようやく道真の左遷を解き正二位へ官位を贈ります。

その後平安時代中頃の天暦元年(947年)に、多治比文子、比良宮の神官の子息に「道真公の祀る社を建立せよ」という神託を受けて、藤原帥輔(時平の甥で菅原氏の親族)の邸宅を寄与して調停がこの地に神殿を建て、おまつりしたのが始まりとされます。

朝廷特に藤原氏は以降非常に彼の祟りを恐れ北野天満宮を厚く祀りました。

今日まで学問の神様として全国で盛んに信仰されています。

こちらは道真が梅を好んだ事から梅の名所として知られ、2月に多くの観光客が訪れています。

境内に多くの梅が咲いていて春を満喫しています。
IMG_2617_201402211501331a3.jpg
牛は道真を運んだとされて信仰されています。
ちょうど頭額の所をなでると賢くなるといわれて金光しています。
IMG_2618_20140221150310207.jpg
楼門
IMG_2657_20140221150319414.jpg
中門
IMG_2658_20140221150325d8a.jpg
慶長十二年(1607)豊臣秀頼公が造営した本殿

ここ北野天満宮は豊臣秀吉が「北野大茶会」を開催した場所でもあります。
なので縁の地に秀頼が本殿の寄進を行ったのでしょう。
季節は秋ごろなので梅を見ながらお茶という嗜好ではなかったようです。

梅苑2月上旬から開園する園内にとりどりの梅が楽しめます。
奈良時代から花見といえば梅を見る行事でした。
遣唐使が廃止される前までは文化面でも唐の影響を強く受けていたためです。
なので道真もこよなく梅の花を愛したそうです。
その故事にちなみ北野天満宮では梅の名所でもあります。

IMG_2634.jpg

IMG_2635.jpg

IMG_2636.jpg

IMG_2638_201402211505567c3.jpg

IMG_2643.jpg
白梅 雲龍梅
IMG_2644.jpg

IMG_2663_2014022115080992e.jpg
蝋梅 梅ではないんですが、蠟の様な姿なのでこんな名前です。


IMG_2650.jpg

IMG_2652_20140221150757d33.jpg

IMG_2656_20140221150802dc7.jpg

IMG_2665.jpg
紅梅
IMG_2668.jpg

橘の大木


その道真が遣唐使を廃止して平安も中期に入る頃には日本に自生する桜を好み、御所の寝殿前に植えられた右近の梅、左近の橘は右近の桜左近の橘へと変わります。
その桜も平安時代はもっぱら山桜(花と葉が同時に生る)が主流で時代編成と共に交配が進み、多くの桜を見ることができるようになりました。
私たちが桜といえば指すのは染井吉野ですがこれは近世の江戸時代に誕生した交配種です。


その桜を探しに近くの平野神社へ行きます。
IMG_2679.jpg
平野神社は奈良時代末期の延暦元年(782)『続日本紀』に「田村後宮の今木大神に従四位を授ける」とあり、平城京の宮中に祀られていました。

田村後宮とは光仁天皇の御所で祀られていたのを延暦十三年(794)の桓武天皇の平安遷都と同時現在の地に御遷座されました。

桓武天皇は平安遷都に際し、寺社の遷都は行いませんでした。すでに大きな権力を保持していた寺社からの政治的経済的な関与を弱めるためと考えられています。
事実遷都後しばらくは平安京内では大型寺院は建立出来ず、桓武天皇も新しい密教を保護する政策をとったのは光仁天皇系の皇位継承権を保持する狙いもあったでしょう。当時の仏教と天皇家は緊密な関係にあり、それを否定できないので代わりに新しい自身の仏教を信仰したのでしょう。


その中でこの平野神社は別格です。
平城京から共に遷都してきたのですから、まあ洛外(当時の平安京の位置からすると洛外)ですが異例ではありますね。
それだけに天皇家とも緊密な関係を保持し加護されてきました。


御祭神
第一殿  今木皇大神(源気新生、活力生成の神)  

第二殿  久度大神(竈の神、衣食住の生活安泰の神)

第三殿  古開大神(邪気を振り開(晴)く平安の神)

第四殿  比賣大神(生産力の神)  

今木皇大神、久度大神は渡来系の神様という説があり、光仁天皇の妻で桓武天皇の生母高野新笠は百済王族系の渡来人です。
田村後宮にあった際も母である高野新笠が信仰していたというのです。
今木→今来る→今渡来してきた。
また久度大神は奈良の久度神社から由来され、この地は百済系渡来人の地と知られています。

そういえば桓武天皇の後宮は百済系が多いのも特徴です。
女御            百済王法教
宮人(宮中女官いわゆる愛人)百済王法仁
同             百済王貞香
女嬬(愛人)        百済永継(藤原内麻呂室)

これ歴代天皇の中でもずばぬけて多いです。(嵯峨天皇の女御に一名知られるのみ)

なお百済王系渡来人とは朝鮮半島にあった百済王国の王の末裔で唐新羅軍と百済日本軍の戦い「白村江の戦い」で敗戦し百済が滅亡した際に日本へ亡命してきた元王族の人たちで新興渡来人です。

この家系の日本での官位は最高位で百済王敬福(聖武天皇治世)平安中期の勝義(仁明天皇治世)の従三位が最高位で、
主に従五位前後の地位で、しかも平安後期になると歴史上名が見えなくなり始めます。

桓武天皇は母が渡来系の子孫にあたるため周辺に渡来系の人物が多かったのでしょう。
特に百済王系の貴族の名が続日本紀に多く出るのが目立ちます。

なので渡来系の神を祀り信仰したのはごく自然だったんですね。光仁天皇の後宮にあったのであるなら母新笠が信仰していたのを山部親王(桓武天皇)が引き継いだと考えるのが自然です、
まあさすがに宮中に祀る事までは出来なかったのか、今の地に移したのでしょう。

この平野神社は平安初期から非常に信仰されるようになり、度々天皇の行幸もお越しになったといいます。

特に平安中期に桜の名所として知られ、この平野神社が原木の桜が見れるのはうれしいです。
4月の染井吉野だけでなく、早春から5月初まで桜ほかの花を楽しめるお薦めの神社です。

IMG_2681_20140221151457416.jpg

IMG_2719_2014022115150869e.jpg
鳥居横の庭に咲く水仙
水仙はたくさん咲いていました。今が見ごろです。

境内は冬の装いで寒々しいですが、境内にはひっそりと咲く寒桜が数本あります。

冬の花と言えば「さざんか」ですが、冬でも桜を楽しめます。
IMG_2710_20140221151831edb.jpg
10月桜

IMG_2700_20140221151840046.jpg
IMG_2707_2014022115184658f.jpg

IMG_2709.jpg

IMG_2717.jpg
冬の桜は見てるとなんだか・・・けなげで・・・はかないそれでいて凛としてます。
泣けてきそう~~~~

春の桜ほど生命力のある力強さはありませんが、冬に咲く桜はたおやかでた「ゆとうとも沈まず」といったけなげさが美しいですね。
まさに大和なでしこ
これって死語かな~~~

IMG_2696.jpg
不断桜

一般的に秋に開花して、お釈迦様の逝去の日に満開を向かえるので知られている桜です。
妙満寺のが有名ですね。
IMG_2689_201402211515328a2.jpg

IMG_2685_20140221151515169.jpg
これはまだこれから上の方にちらほら咲いています。

IMG_2688_201402211515222c0.jpg

蝋梅
IMG_2728.jpg
裏門から鳥居横に大きな寒桜が咲いていました。
けっこう見ごろでこれが一番見ごろでした。
IMG_2729.jpg

IMG_2730.jpg

IMG_2734.jpg


観光の情報は【こちら】


さて参拝後北大路のさらに北にある蕨餅のお店洛叉庵へ予約のわらび餅をGETしにゆきます。
IMG_2737_20140221152538681.jpg
最近注目のわらび餅専門店で完全予約オーダーのお店んですよん~~~

お店の情報は【こちら】

IMG_2739_20140221152554f95.jpg
烏丸御池にあるブランジュリー「ルプチメック2号店」へ。

京都は意外と新しい物好きな土地柄、それは明治に首都が移転し天皇も不在になり、京都は都市としての機能が根こそぎ無い状態になってしまいます。

これに危機感を持った京都人は観光都市として名を広げる為当時の欧米の旅行者にターゲットを絞ります。
そして京都の名品、産業品を展示した「京都博覧会」を成功させ、外国人旅行者が過ごしやすい環境を整えた事で産業も衰退せずにすみました。

欧米と接点が「京都人の新し物好き」が確立していったのでしょう。

なので米以外でもパンも人気店が多いんです。

こちら通称「黒メック」外装が黒なのが由来だそうです。ちなみに本店は赤メックというそうです。
こちらはパリのおしゃれなブランジュリーといった雰囲気でパンも本格的ものばかりです。
パリと同じく対面式で選ぶんです本格的ですね。
なやむ~~~


お店の情報は【こちら】

IMG_2738_20140221152546e15.jpg

グランヴァニーユさんへいきます。

フランス語で「バニラの種」が名の由来だそうです。

辻製菓調理師学校フランス校を卒業、パリ東京と修行を重ねた津田励祐さんの開店2年目の比較的新しいお店です。その注目度はパティスリーSさんをしのぐ勢いがあり、「トロフィー ド コアントロー杯」で味覚部門一位という実力の持ち主です。
こちらのマダムはすてきな接客で店内は北欧風でかわいらしいんです。
開店当初は何度か伺っていましたが最近ご無沙汰でした。烏丸御池まで来たので寄ってみました。
私の大好きなサントノーレ&キャラメルミルフィーユ目当てなんですがね
サントノーレはバニラ味だそうで、店名にふさわしいですね。
キャラメルミルフィーユは二度目めっちゃ美味しかったのでリピします。

焼き菓子も楽しみにしてきました。


どんな進化をとげているでしょう?
訪問~~~

IMG_2741_201402211526102f1.jpg
今回のランチは野菜中心で頂こうと「Tawawa新風館店」さんへ。

こちらは有名人気京野菜販売「京野菜かね正」直営のレストランでおばんざいやサラダやパン、ドリンク、デザートをビュッフェ式で頂けます。

「野菜不足」になりがちな今日この頃です。

メインディッシュを一品セレクトするシステムでこだわりの石窯を作り、昨年リニューアルしたばかりなんです。
店内はカジュアルな感じで良い感じです。
IMG_2742_201402211526171d7.jpg
野菜は絶対の自信あり豊富な量と質は文句なし!!!
IMG_2743_201402211526244ef.jpg
しかしメインのピッッア~~トマトソースもっと~~~チーズもっといるでしょう!!!
IMG_2744.jpg
デザートはグレープフルーツのゼリー

お店の情報は【こちら】

近くの「ミディアプレミディ」さんへ。
IMG_2740_20140221152602b32.jpg
先日まで同じビル1階で経営されていましたが、手の届く範囲で運営していきたいという希望で2階へ移転されました。
どんな雰囲気でしょうか?

午後そして午後~~~こちらは菓道家津田陽子さんのお店、もちろん菓道家という呼び名は造語です。
フランス製菓を学んだ後京都へ戻りサロンを開業され、四条店、烏丸御池店を経てサロンと菓子教室を運営されています。

幻ロールケーキ「フルール」で有名なんですが、かなり高い1本3000円後半は他のお店なら大きなホールケーキが買えてしまいますね。
なのですがこちらの焼き菓子とタルトは絶品です。
特にフィナンシェは表面にバターの香ばしさとカリッとした歯ごたえが絶妙で中はもっちり~~~~かなりどっしり系のフィナンシェでいわゆる一般的なフィナンシェとは違うかなでも美味しい~~~~!
焼き立てと通常バージョンを頂きます。

IMG_2750.jpg

IMG_2755_20140221152656720.jpg
烏丸御池に咲く不断桜は満開です。

IMG_2745_201402211526378fe.jpg
今回は陶あん錦市場店が6周年記念祭としてイベントがあり、大好きな窯なので絶対行くと寒い京都訪問となりました。

陶葊さんは大正11年に京都の東山泉涌寺で開窯したまだ京都では新しい窯です。

しかし素朴な生地に京都の伝統的な華やかな色どりで描かれた花や景色はさすが京都と思わせる優美さがあります。

目玉の福袋!毎年夏のみ限定のこちらなかなか人気で開店前にお客が並ばれるそうです。なので早い目の到着です。

だいたい福袋の価格の2倍の商品が入っているのだそうです。

しかも福袋1万円かえば、はずれなしの抽選で商品が貰えます。
いいじゃないですか!!!

ザ出陣でもここは冷静に!!!!!GETで~~~す。
IMG_2746_2014022115264315d.jpg
店内でサービスのおしるこ頂きます。

お店の情報は【こちら】

IMG_2756.jpg

IMG_2757.jpg

IMG_2758_20140221153515dc7.jpg

帰宅後のおみや~~~の数々

テーマ : 京都・奈良
ジャンル : 旅行

冬はいみじう寒き

訳:冬はめっちゃ寒いねん!

IMG_9863.jpg
今日の京草子は京都の北東にある山里の大原を訪れます。
IMG_9865.jpg
大原の里今こそ観光地ですが、昔は人が訪れる事のない山里でした。嘘みたいですね~~~

IMG_9867.jpg
三千院までのおみやげ屋通り
IMG_9875.jpg
途中に大原里を眺められる展望場所で里MAX
IMG_9877.jpg

IMG_9878.jpg
のどかですね~~
IMG_9879.jpg

IMG_9884.jpg
個人的に好きなしば漬け三千院店です!

始めに宝泉院を訪問します。
IMG_9888.jpg
天台宗の寺院、大原寺の僧房の一つで1012年創建の京都では比較的新しい寺院です。
IMG_9889.jpg
葉ぼたん
IMG_9891.jpg
受付の迎春花
見所は客殿の西方、柱と柱の間を額縁に見立てた額縁の庭園「盤桓園」竹林から大原の里を眺める借景系庭園です。
IMG_9909.jpg

IMG_9910.jpg

IMG_9928.jpg

IMG_9929.jpg

IMG_9930.jpg

IMG_9932.jpg

IMG_9931.jpg
冬は庭の木々の葉が散ってしまい物悲しい佇まいの姿です。水墨画ッチックな感じですね。
IMG_9913.jpg
抹茶と御菓子を頂きました。

IMG_9899.jpg

IMG_9927.jpg
江戸中期作の鶴亀庭園は部屋から格子越しに観賞します。池の形が鶴、築山を亀、山茶花の古木が蓬莱山に見立てた庭園です。

IMG_9898.jpg

IMG_9893.jpg
五葉の松
近江富士を見立てた樹齢700年の五葉松です。
IMG_9922.jpg
京都三大著名松、京都市指定天然記念物です。

高浜虚子が無住寺の宝泉寺を訪れた際に詠んだ歌があります。

「大原や 無住の寺の 五葉の松
IMG_9925.jpg
血天井
京都の寺院には多くの血天井と呼ばれる板の天上をみかけます。
戦いがあった建物の床板を寺院の天井に用いる事で死んだ兵士を供養する意味があるそうです。
板に残るシミは血の跡なんですね。ルミナ―ル反応でまくりでしょうねぇ。
この血天井は慶長5年の鳥居忠軍と豊臣軍が戦った際の物だそうです。
IMG_9906.jpg
掘りこたつの奥の庭
IMG_9912.jpg
水琴窟
土を掘って中に裏返した瓶を置いて。地上から水を流すように仕掛けをすると水の反響で良い琴に似た音が聞こえるんです。退蔵院の物が特に有名ですよね。
IMG_9919.jpg
IMG_9920.jpg
ふたつとも音が違います。理智不二といわれる竹に耳を当てて聞く琴の様な音色は癒しの一時です。
水差しをなんども竹の筒に水を流して遊んでしまいました。
抹茶とお菓子を頂く一時~~~

IMG_9934.jpg
宝楽園新しい壮大な庭園
IMG_9933.jpg
観光の情報は【こちら】

三千院の道すがらにはおみやげ屋が狭い道に集中しています。ここは洛中から遠いけれど観光地ですね。
IMG_9940.jpg
ポン酢専門店
ちらほら物珍しさに土産屋めぐり~~~
IMG_9941.jpg

IMG_9942.jpg

IMG_9944.jpg
葉が落ち寒々しいですが、それすら寂の世界を作りだす光景にじ~~~ん
IMG_0039.jpg

IMG_0040.jpg
下って寂光院を目指します。徒歩20分くらいです。

IMG_9968.jpg
実は寂光院近くに大原に温泉がぁ~~~!!!
ここはぜひひとっ風呂あびねば~~~ここ大原温泉はラドン温泉です。内風呂と露天の五右衛門風呂があります。はあぁ~~~プチ昼食「おにぎりとお味噌汁に日帰り温泉コース」を堪能します。
IMG_9985.jpg

IMG_9987.jpg

IMG_9989.jpg
観光の情報は【こちら】

IMG_9993.jpg
寂光院の山門の階段から事務所の屋根に積もる雪
IMG_9971.jpg
今年の大河ドラマ「平 清盛」平家物語 建礼門院の最後の縁の地 寂光院を訪問します。

IMG_9995.jpg
孤雲の茶室
他の寂光寺の見所でした。

壇ノ浦の戦い後、海に入水するも源氏の兵士にに捕えられた平 徳子(高倉天皇中宮・安徳天皇生母 建礼門院)は京都に護送され、祗園の長楽寺の住職によって出家した後、京は吉田で安徳天皇と親族の供養の為念仏の日々を過ごしていました。
しかし市中の寺は都の人々の関心の的になり騒がしい日々に困惑し「此御すまひも都猶ちかくて玉ぼこの道ゆき人のひと目もしげくて、露の御命、風を待ん程は、うき事聞かぬ深き山の奥のおくへも入なばやとはおびしけれども、さるべきたよりもましましさず。」思案していた頃


「大原入」

あるに女房の吉田にまゐつてまうしけるは、「これよりきた、大原山の奥、寂光院と申す所こそ、閑にさぶらへ」とぞ申しける。女院、「山里は物の淋しき事こそあんなれども、世の浮きよりはすみよかんなるものを」とて、おぼしめしたたせたまひけり。御輿などをば、隆房郷の北の方より、御沙汰有りけるとかや。

文治元年長月の末に、かの寂光院へいらせおはします。

IMG_0038.jpg
女院も通った寂光院へ行く道ぎわは山里さらではの景色です。
女院の大原入りは現在の大原行きの京都バスの路線経路ではなく、鞍馬街道から現在の40号線静原経由の山路を行きました。今よりもさらに山奥で民家もポツリポツリでしたでしょうから、宮中生活をし栄華を極めた女院なら想像以上に淋しい道のりでしたでしょう。

訳:とある女房が女院がいてはる吉田に来てなぁいうんわ、「こっから北のなぁ大原っちゅう山の奥に寂光院っていう御寺は静かやで」って言いはってん。女院は「山里は淋しい所やけど騒がしいここよりは住みやすいかなぁ」と言いはって隆房という公卿の奥さんに乗り物を用意させて文治元年旧暦の9月にかの寂光院に向けて出発しはってん。


寂光院は天台宗の尼寺です。ご本尊様は六万体地蔵尊です。山号を清香山、寺号は玉泉寺、玉泉寺の子院であった。推古2(594)年、聖徳太子が御父用明天皇の菩提を弔うために建立されたと言われていますが、定かではありません???最初の住持は聖徳太子の御乳人だった玉照姫で敏達十三(五四八)年に出家した日本仏教最初の三比丘尼の御一人「慧善比丘尼」と伝承されています。
近年の放火により本堂が火災にあった事も記憶に新しいと思います。今は忠実に再現された本堂を見る事ができます。

IMG_0028.jpg

IMG_0029.jpg

IMG_0031.jpg



IMG_0034.jpg

IMG_0041.jpg

IMG_0042.jpg
道すがらも、四方のこずゑのいろいろなるを、御覧じすぎさせたまふほどに、山影なればにや、日もやうやう暮れかかりぬ。

IMG_9954.jpg

IMG_9956.jpg
IMG_9957.jpg

IMG_9958.jpg

IMG_9959.jpg

IMG_9953.jpg
野寺の鐘の入りあひの音すごく、わくる草葉のつゆしげみ、いとど御袖ぬれまさり、嵐はげしく、木の葉みだりがはし。空かき曇り、いつしかうちしぐれつつ、鹿の音かすかにおとづれて、虫のうらみもたえだえなり。とにかくにとりあつめたる御心ぼそさ、たとへやるべきかたもなし。

IMG_9951.jpg
IMG_9952.jpg
途中に寂光院に行く道すがら建礼門院縁の「おぼろの清水」があります。
京からの道中に月が出て女院の顔がこの清水の水に浮かびあがったと伝承される小さな泉ですが今は枯れて清水跡

IMG_9964.jpg
IMG_9967.jpg
そしてここにも
ころころと 小石流るる 谷川の かじかなくなる 落合の滝
建礼門院が詠んだといわれる小さな滝があります。
IMG_9947.jpg

IMG_9948.jpg

IMG_9982.jpg

IMG_9983.jpg
少ないお供を連れての女院の行列が通った街道はお土産屋通りになっています。少し残念な感じ~~~
IMG_9971.jpg
寂光院の門前
浦づたひ島づたひせしかども、さすがかくはなかりし物をと、おぼしめすこそかなしけれ。岩に苔むして、さびたる所なれば、すままほしくぞおぼしめす。
IMG_0017.jpg
露結ぶ庭のを萩原霜がれて、まがきの菊のかれがれに、うつろふ色を御覧じても、御身の上とやおぼしけん。仏の御前にまゐらせたまひて、「天子聖霊成等正覚菩提」といのりまうさせたまひけり。いつの世にも忘れがたきは、先帝の御面影、ひしとおんみにそひて、いかならん世にも、忘れるべしともおぼしめさず。

訳:寂光院に向かう道の途中は梢の木々や山影ばかりで日も暮れ始めてなぁ。野の寺の鐘の音が大きく聞こえてなぁ。踏み分けて入る草の葉はびっしょり濡れる様子がすごく女院の心を嘆かせて涙を袖で濡らはるねん。
嵐も激しくて空はいつのまにか雲に覆われて、鹿が鳴くのが遠くからようやく聞こえてくんねん。それがめっちゃ心細いねん。
田舎の浦に居た時でもこんなに侘びしくなかってんで。岩に苔がくっついて手入れもされてへんほど、さびれた所やから住んでみたいと思いはったんやな。
露がかかって萩の原が霜が降りて菊の枯れたんを見て(あんなに御所で優雅で雅な生活してたあたしが今や一族、子供まで失って自分は残されてこ~~んな寂れた所に行こうとしてる)自分の身の上と同じやん。って思いはったんやな。寂光院の御仏の御前にお参りして、「安徳天皇の魂と平家一門の菩提が安らかになりますように」と祈って安徳天皇の面影を思い自分に重ねてどんな世の中になっても忘れへんでと思うねん。

IMG_0020.jpg

IMG_0023.jpg

IMG_0024.jpg
さて寂光院のかたはらに、はうぢやうなる御庵室をむすんで、一間をば仏所にさだめ、一間をばご寝所にしつらひ、昼夜、朝夕のの御つとめ、長時不断の御念仏、おこたる事なくして、月日を送らせたまひけり。

訳:寂光院の片隅に三M四方の小さな庵を一間は仏間にしてなぁ。一間は寝室にしはって、昼夜朝夕の念仏を唱えはるのを止めはらんと月日を過ごしてはんねん。

かくて神無月中の五日の暮れ方に、庭に散りしくならの葉を、ものふみならして聞こえければ、女院、「世をいとふ所に、なにもののとひくるやらん。あれ見よや。忍ぶべきものならば、急ぎしのばん」とて見せらるるに、をじかのとほるにてぞ有りける。女院、「さていかにやいかにや」と御尋あれば、

大納言佐殿涙をおさへて、

「岩根ふみたれかはとはんならの葉のそよぐは鹿の渡るなりけり」 

女院哀れにおぼしめして、窓の小障子に(この和歌を)あそばしとどめさせたまひけり。かかる御つれづれのなかにも、おぼしめしなぞらふ事共は、つらきなかにもあまたあり。軒にならべるうゑ木をば、七重宝樹とかたどれり。岩間につもる水をば、八功徳水とおぼしめす。無常は春の花、風に随て散りやすく、有涯は秋の月、雲にともなつて隠れやすし。承陽殿に花をもてあそんじ明日には、風来たつて匂いを散らし、長月宮に月を詠ぜしゆふべには、雲おほうて光を隠す。昔は玉楼金殿に、錦の褥をしき、たへなりしおんすまひなりしかども、今は芝引きむすぶ草の庵、よそのたもともしをれけり。

訳:旧暦の10月5日の日昏に庭に散ったならの葉をなにかが踏んだ音を聞いた女院は「世の中とはかかわらない所に誰がきたんやろ。見てきてやぁ。隠れなあかんかったら急いで隠れなぁ。」っていうから見たら鹿の姿があってん。女院「どうやったん。どうやったん。」と聞いたらお付き人の大納言佐殿が涙を押えながら

「岩根を踏んでならの葉をそよがせたんは鹿が渡ったからですわぁ。」

女院哀れに思いはって窓の小障子にこの和歌を書きはってん。
この日常はまるで西方浄土の世界のようで、軒に並んで建つ木は極楽浄土にある宝木、岩の隙間に流れる水は八の功徳の水やねん。無常は春の花の散る様子に似て、コロコロ変わった生涯は秋の月が雲に隠れやすい変わる季節の様やねん。女院の御殿に花を散らして長月の宮殿に和歌を詠んでいると雲が光を隠してしまってん。昔は玉や金で飾られた宮殿に錦の布団を敷いて住んではったのに今はさびれた庵にいはるんがはたの人の涙をさそうねんなぁ。


「大原行幸」

かかりし程に、文治二年の春の此、建礼門院の大原の閑居の御住まひ、御覧ぜまほしうおぼしめされけれ共、如月弥生のほどは、風はげしう余寒もいまだつきず。峯の白雪きえやらで、谷のつららもうちとけず。かくて春過ぎ夏きたつて、北まつりも過ぎしかば、法皇夜をこめて、大原の奥へ御幸なる。しのびの御幸なりけれ共、共奉の人々には、徳大寺、花山院、土御門以下公卿六人、殿上人八人、北面少々候けり。鞍馬どほりの御幸なりければ、かの清原の深養父が補堕落寺、小野の皇太后宮の旧跡を叡覧あつて、それより御輿にぞめされける。

遠山にかかる白雲は、散りにし花のかたみなり。
青葉に見ゆるこずゑには、春の名残ぞをしまるる。此は卯月廿日余の事なれば、夏草の繁みがすゑを分入らせたまふに、はじめたる御幸なれば、御覧なれたるかたもなく、人跡たえたる程もおぼしめし知られてあはれなり。西の

IMG_9999.jpg
山の麓に、一宇の御堂あり。
IMG_9998.jpg
即寂光院是也。

(中略)

IMG_0009.jpg

庭の若草しげりあひ、青柳糸をみだりつつ、池のうきくさにただよひ、錦をさらすかとあやまたる。中島の松かかれる藤なみの、うら紫にさける色、青葉まじりの遅桜、初花よりもめずらしく、岸のやまぶき咲きみだれ、八重たつ雲のたえまより、やまほととぎずの一声も、君の御幸をまちがほなり。
IMG_0010.jpg
いけみづにみぎはの桜散りしきてなみの花こそ盛りなりけれ


訳:そうこうして月日は流れてぇ後白河法皇は建礼門院の大原を訪ねたいなぁ。と思ってたんで文治二年の早春に出向こうとしたけど、まだ峯峯は雪が消えてへんで、谷の氷は氷のまま風は激しいんねん。京の余寒はまだ厳しいから止めはってなぁ、春が過ぎ夏が来て賀茂の祭り(葵祭り)が無事に終わったから出向く事にしてん。
まだ夜が明けきらん頃に大原に出発してなぁ。お供の人は右大臣実定、兼雅、源通親と6人の貴族、殿上人8人、北面の武士が数名いう一行でいかにも御忍びの様子やん。
法皇は鞍馬街道を通り清原深養父が建てはった補陀楽寺や後冷泉天皇の皇后が住んだ旧邸跡を深深と見てから大原に向かってん。遠い山々の雲が散った様な様子は花々の形見の様に思って青葉が繁げ始める梢が春の名残を感じるんやな。四月も二十日を過ぎた頃やねん。誰も通らん道を輿に揺られながらこんな所に住んでる女院の境遇を深深と哀れに思ってはんねん。
やがて西の山の麓に一つの御堂が見えてん。
これが寂光院やねん。
IMG_0011.jpg

庭の若草が生い茂ってなぁ、青柳が糸の様に風になびく様子とかぁ~池のうきくさがたなびいてる感じとかぁ、錦の布を水にさらしているみたいやん。ほんでもって中島の松に藤の花の色と葉っぱがある遅桜の花は初めて咲く花より珍しいんやぁ。岸の山吹も咲き乱れていくつも重なった雲の間からほととぎすの一声が法皇をめっちゃ待っててん。って感じ

(中略)

法皇、「人や有る、人や有る」と召されけれども、おんいらへ申すものもなし。
ややあつて老衰たる尼一人参りたり。
「女院はいづくへ御幸なりぬるぞ」とおほせければ、
「この上の山へ花摘みにいらせたまひてさぶらふ」と申す。
「さこそよをいとふおんならひといひながら、さやうのことにつかへたてまつるべきひともなきにや、おんいたはしうこそ」とおほせければ、この尼申しけるは、「五戒十善の御果報はうつきさせたまふによつて、今かかる御目をご覧ぜられさぶらふにこそ。捨身の行に、なじかは御身をしませたまひさぶらふべき。因果経には、『欲知過去因、見其現在果、欲知未来果、見其現在因』ととかれたり。過去未来の因果を、さとらせたまひなば、つやつや御嘆あるべからず。昔悉多太子は、十九にて伽耶城を出て、壇徳山のふもとにて、木の葉をつらねてはだへをかくし、嶺にのぼつて薪をとり、谷にくだりて水をむすび、難行苦行の功によつてこそ、遂に成等正覚したまひき」とぞ申しける。

この尼の有様を御覧ずれば、きぬののわきも見えぬ物を、むすびあつめてぞ着たりける。あの有様にても、かやうの事申す不思議さよとおぼしめして、
「そもそも汝はいかなるものぞ」とおほせければ、この尼さめざめとないて、しばしは、御返事にもおよばず。
ややあつて涙をおさへて、

「申すにつけてはばかりおぼえさぶらへ共、故少納言入道信西が娘、阿波内侍と申す者にてさぶらふなり。母は紀の二位、さしも御いとほしみふかうこそさぶらひしに、ごらんじ忘れさせたまふにつけても、みのおとろへぬるほどおもひしられて、今更せんかたなうこそさぶらへ」とて、袖を顔におしあてて、忍びあへぬさま、目もあてられず。
IMG_9969.jpg
この大原女姿は阿波内侍が生活の足しにする為に姿を替えまきぎを売り歩いた姿が初めという伝承があります。
真実は?寂光院は高倉天皇中宮建礼門院が入堂した御寺、寺院の記録にも鎌倉幕府は元平氏の領地を寂光院領とした記録もあるので生活には苦労は???



法皇も、「げにも汝は、阿波内侍にてあるござんなれ。ごらんじ忘れさせたまふぞかし。なにごとにつけても、ただ夢とのみこそおぼしめせ」とて、御涙せきあへさせたまはねば、共奉の公卿殿上人も、「不思議のこと申す尼か
なとおもひたれば、理にて有りけるとぞ、おのおの申しあはれけり。

訳:法皇は「誰かいいひんのか。誰かいいひんのか。」と叫ぶんやけど誰も答えへんねん。
ちょっとしてから一人の年老いた尼が来てん。
「女院はどこに行ったん?」と法皇が聞いたらなぁ。
その尼は「この上の山に仏花を摘みにいってはるねん。」と答えはってん。
「花摘みなんか自分でしてはんのか?お仕えの人がする様な事もしはるんやなぁ。仏の道に入らはったっゆうけど、嘆かわし事やなぁ。」と法皇が言いはったら、
この尼は「善い行いをしてはったのにそんな運も尽きてこんな目に合ってはるけれど、これは修業と思ってはります。御釈迦様の伝記に書いている様に悟りたいと思ってはるから少しも嘆く事はしいへんねん。お釈迦様も出家前も皇子でいらしたのに宮殿を出て山で修行されたから難行苦行を重ねて御仏の悟りをひらかはったんやから。」
法皇はこの貧しい着物を着た尼がりっぱな事を言うはるから不思議に思いはって「あんた誰なん」って聞いてん、ほんだら尼はハラハラと涙を流してなぁ、返事しはれへんねん。やっとなんとか口にすると、
「言いにくいんやけど、私は死んでもうたぁ。少納言入道信西の娘阿波内侍といわれた者やんねん。母は紀伊の二位で法皇の近くで仕えていたのに忘れられてたなんて、めっちゃ悲しい~(崇徳天皇(後白河法皇の同母兄)の寵愛も受けたこともあっつたのにこ、んな所でみすぼらしい身なりでしかもこんな身の上にした法皇さんに見られて)嘆かわしいなあ(なさけないなさけない)」
袖に顔を押し当てて涙をこらえらへん様子はきのどくで法皇はもらい泣きして涙を流しはって言うねん。
「そうやったんか。お前は阿波内侍やったんか。・・・遠い昔の事で思い出す事もなかったんやけど。こうして会うとはただただ夢の様やなぁ」
お供の者もなるほど阿波の内侍やったんか。ほなら不思議な尼いうんもわかるなぁ。


おもひきやみやまの奥にすまひして雲ゐの月をよそにみんとは

(中略)
さる程にうへの山より、こき墨染の衣着たる尼二人、岩のかけじをつたひつつおりわずらひ給ひけり。
IMG_9977.jpg
IMG_9975.jpg
女院が花摘みに入った翠黛山
IMG_9991.jpg
法皇是を御覧じて、「あれは何者ぞ」と御尋あれば、老尼涙をおさへて申けるは、「花がたみひじにかけ、岩躑躅とり具ひしてもたせ給ひたるは、女院にてわたらせ給ひさぶらふなり。爪木に蕨折具してさぶらふは、鳥飼の中納言惟実の娘、五条大納言国綱卿の養子先帝の御乳母大納言佐」と申もあへずなきけり。法皇もよにあはれげにおぼしめして、御涙せきあへさせ給はず。
女院はさこそ世を捨てる御身と言ひながら、いまかかる御ありさまを見えまいらせむずらんはずかしさよ。消も失せばやとおぼしめせ共かひぞなき。よひよひごとのあかの水、結ぶたもともしほるるに暁をきの袖の上、山路の露もしげくして、しぼりやかねさせたまひけん、山へもかへらせ給はず。御庵室へも入らせ給はず、御涙にむせばせたまひ、あきれて立てせまししたる処に、内侍の尼参りつつ花がたみをば給はりけり。

訳:そうこうしているうちに上の山から濃い墨染の衣を着た尼二人が岩の間を下ってきてん。
法皇は「あれは誰やねん」と尋ねると老尼は涙をこらえて言いはんねん。
「花籠をひじにかけて岩躑躅を持ってはんのは女院、薪に折り取った蕨をもってんのが大納言佐。鳥飼中納言の娘で五条大納言邦綱卿の養子になった先帝の安徳天皇の御乳母で・・・・(あんな姿にしたんは法皇さんや思うとほんまにおいたわしくて・・・)」と言い終わらんうちに泣くと法皇も(心にもなく)哀れに思ってもらい涙しはってん。
法皇をご覧になった女院は(平氏をみかぎって源氏に加担して一族や息子安徳天皇を抱いて母が海へ身投げ、自分は源氏の兵士に助けられ自殺未遂、出家してこんな山田舎に人しれず暮らしてんねんそんな)みすぼらしい姿を法皇に見られた恥ずかしさで消えたいわぁ。と思いはったんやけどどうしようもないやん。女院もその場にたちつくすんで(ほんまになさけないやら、はらだたしいやら)泣いてはんねん。
そんな女院にちかずき阿波内侍が花籠をそっと受け取りはります。
 

正直この後白河法皇の大原御幸は個人的にまあぁ良く普通に建礼門院に会い、しかも涙まで流して二人で悲しみ合う仲か???と本当に疑問です。平家物語時代が時代小説的な文学ですからかなり想像させて書いています。文治年間は後白河法皇が源頼朝の政治介入に危機を感じ対抗処置をせまられていた頃です。昔の人を思い出してその人物に会いに行くなどというノスタルジックか感傷に思いをふけている頃ではありません。おそらく(絶対に)大原御御幸はなかった。

平安時代末期藤原氏の血が薄い後三条天皇(母は禎子内親王)の頃から徐々に藤原氏の権勢が衰え始め、その子白河天皇が始めて譲位し院政政治に移行してゆきます。
その白河天皇の玄孫鳥羽上皇と待賢門院との第四皇子が後白河天皇です。
彼は藤原氏への牽制、天皇一族の天皇継承問題を桓武平氏の傍流伊勢平氏を重用することで自身の政治基盤を盤石の物にしていきます。
特に平清盛一族は御白河上皇の後宮に女御として入内させた滋子(清盛の継室時子で二位尼の姉)が高倉天皇を産んだ事で後白河上皇の院政で大きな勢力を持つようになりました。しかし滋子(建春門院)が死去すると後白河上皇は巨大化する平清盛に大きな脅威を感じ、平氏との関係は悪化します。しかも後白河法皇の息子高倉天皇は安徳天皇に譲位するとすぐに実父と義理の父の板挟みのストレスでかすぐに病死します。
こうなると後白河上皇は平氏の敵である源氏に平氏打倒を促し始めます。
最終的に木曽義仲、源頼朝ら源氏の勢力が起兵、清盛は病いの中病死、残された平氏は安徳天皇、二位局(清盛の妻)、建礼門院を船で西国に逃げ、最後は九州と山口県にある壇ノ浦の戦いで平氏の世は滅亡しました。

つまり、後白河上皇は自ら育てた勢力平氏を滅亡に追いやった人物です。
建礼門院にとっては父の敵でありわが子安徳天皇と母二位局を死に追いやったにっくき人物でもあるのです。

なのに・・・昔を懐かしんでお互いを慰め合う???

平家物語は琵琶法師によって語り継がれたかなり創作上の物語

ただ平家物語にこの項があるという事はこの時代の人々のこの平家物語の大原御幸の物悲しさに語る姿に疑問を感じる所か物悲しさに惹かれたのでしょう。


「女院死去
IMG_0008.jpg
さるほどに、寂光院の鐘の声、今日も暮れぬとうち知られ、夕陽西に傾けば、おん名残りは尽きせずおぼしめされけれども、おん涙をおさへて、ならせたまひけり。女院はいつしか昔をやおぼしめし出ださせ給ひけん、忍びあへぬおん涙に、袖のしがらみせきあへさせ給はず。おん後を、遙かにご覧じおくつて、還御もやうやうのびさせ給へば、御庵室にいらせたまひて、仏のおん前に向かはせ給ひて、「天子聖霊、成等正覚、一門亡魂、頓証菩提」と、祈りまうさせ給ひけり。昔はまづ、東に向はせ給ひて、伊勢大神宮、正八幡宮伏し拝ませおはしまし、「天子宝算(てんしはうさん)千秋万歳(せんしうばんぜい)」とこそ祈り申させ給ひしに、今はひきかへて、西に向はせ給ひて、「過去聖霊、かならず一仏土へ」と、祈らせ給ふこそ悲しけれ。女院はいつしか昔恋しうもやおぼしめされけん。御庵室の御障子に、かうぞあそばされける。

このごろはいつならひてかわがこころ大宮人のこひしかるらん 

いにしへも夢になりにしことなれば柴のあみ戸もひさしからじな 

また御幸の御共にさぶらはれける、徳大寺の左大将実定公、御庵室の柱に、書きつけられけるとかや。

いにしへは月にたとへし君なれどそのひかりなき深山辺の里 

女院は来し方ゆく末の、うれしう、辛かりしことども、おぼしめしつづけて、おん涙にむせばせ給ふ折節、山時鳥のふた声、み声おとづれて通りければ、女院、

いざさらば涙比べん時鳥われもうき世にねをのみぞなく

訳:寂光院の鐘も音が日昏も近ずてるんを知らせる頃、法皇は涙を押えて還御しはった。女院は今更昔を思い出して(優雅に繁栄していた一族と自分の幸せな生活を懐かしんで、死んだ我子を思うと更に法皇を憎らしくも思うやん)涙して見送りはってん。
法皇の行列が遠ざかると女院は本尊に向かい御祈りしはってん。障子に和歌をのこさはってん。法皇のお供の者も和歌を女院の庵の柱に書きはってん。


(中略)

かくて女院はむなしう年月をおくらせたまふほどに、れいならぬおん心地いできさせたまひて、うちふさせ給ひしが、日頃よりおぼしめしまうけたるおんことなれば、仏の御手にかけられたりける、五色の糸をひかへつつ、「南無西方極楽世界の教主、弥陀如来、本願過ち給はずは、必ずず引摂し給へ」とて、おん念仏ありしかば、大納言佐の局、阿波内侍、左右にさぶらひて、今をかぎりのおん名残りの惜しさに、声々にをめきさけびたまひけり。おん念仏のおん声、やうやうよわらせましましければ、西に紫雲たなびき、異香室にみちて、音楽空に聞こゆ。限りあるおんことなれば、建久二年二月中旬に、一期遂に終わらせ給ひけり。
IMG_9981.jpg
IMG_9979.jpg

二人の女房たちは、后宮のおん位よりつきまゐらせて、片時も離れまゐらせずしてさぶらはれしかば、別路のおん時も、やるかたなくぞおもはれける。この女房たちは、昔の草のゆかりも、みな枯れ果てて、寄る方もなき身なれども、折々のおん仏事、営みみたまふぞあはれなる。この人々も、遂には龍女が正覚の跡を追ひ、ゐだいけ夫人の如くに、みな往生の素懐を遂げるとぞ聞こえし。
IMG_9973.jpg
女院に仕えた方内侍、安徳天皇乳母達の御墓
訳:月日は流れて病気でねこんではった女院は建久二年中旬の頃に二人の尼大納言佐と阿波内侍が名残りおしさに泣いて嘆いて見取られながら念仏を唱える声も弱弱しくなり遂には静かに死にはったんやん。
「西に紫雲がたなびいいて部屋は異なる香が満ちて音楽も聞こえてるねん。」
ずっと女院の側に仕えた二人の尼も仏の道を全うして遂には極楽浄土の世界にゆかはったんやん。



観光の情報は【こちら】



大原の観光の情報は【こちら】

京都市内に戻り、北大路の嘯月に予約の和菓子を取りに行きます。
IMG_0056.jpg
帰宅後いつもの茶会です。

今回のお茶は一保堂茶舖さんの「天下一」

器はいつもの「陶あん」さんです!
しば漬けは女院の為に里の人が献上したのを始まりとされています。紫は高貴な色とされましたからそんな逸話があってもいいかなあぁ~~
IMG_0048.jpg

お土産さんで購入したしば漬けとしばのドレッシング


次回は「嵯峨・大覚寺 紫の縁」の平安時代体験ツアー~~~紹介です。


テーマ : 京都
ジャンル : 旅行

師走の十餘日のほど

訳:十二月の十幾日かの頃

今年もあと幾日かで年越しです。早いですね・・・。という事で十二月の京都を訪問しました。

冬に京都を訪れるのはなかなかなかったです。寒いですし、なんだかテンション下がり気味に・・・。

でも初冬の京を楽しみましょう。

まずは今出川からをダブル乗り換えして神光院を訪問します。
IMG_9490.jpg

西賀茂の弘法さん愛称でしられる、厄除けと目病祈祷の御利益で有名真言宗派弘法大師本尊の1217年賀茂別雷神社の神職が神託を受け僧慶円を招いて創建された寺院です。神光院の名の由来になっています。7月21日、土用の丑の日に諸病封じきゅうり加持の行事が行われています。

IMG_5000.jpg
太田垣蓮月(2010年10月時代祭りより)
IMG_9491.jpg
又幕末の女流歌人大田垣蓮月が晩年を過ごした茶室がある寺院としても有名です。
IMG_9494.jpg
官軍が江戸に向かう途中に島津藩の軍隊にいた西郷隆盛に和歌を渡し、戦いにならない様に政権交代を望む意思を伝えたとされる古事にちなむ絵


「あだみかた 勝つも負くるも哀れなり 同じ御国の人と思へば 」

IMG_9519.jpg

IMG_9520.jpg

IMG_9504.jpg
境内大木山茶花が咲き誇っていました。
IMG_9505.jpg
珍しい八重咲きの山茶花
IMG_9506.jpg

IMG_9516.jpg

IMG_9517.jpg

IMG_9518.jpg

IMG_9530.jpg

IMG_9492.jpg

IMG_9521.jpg

IMG_9524.jpg

IMG_9528.jpg

IMG_9529.jpg

IMG_9509.jpg
池を望む庭園
IMG_9512.jpg
散り紅葉
IMG_9513.jpg
まだ見頃の紅葉
IMG_9514.jpg

IMG_9515.jpg
本堂
IMG_9522.jpg
苔と紅葉
IMG_9523.jpg
見頃の紅葉
IMG_9526.jpg
万両?千両?
IMG_9527.jpg
万両?千両?
IMG_9533.jpg
街角の山茶花
IMG_9534.jpg

IMG_9535.jpg


観光の情報は【こちら】



嘯月で予約の和菓子を取りに寄ります。
IMG_9538.jpg

今出川で徒歩白峯神社で御神水を頂きます。
IMG_9536.jpg

IMG_9537.jpg
以前は飛鳥井の水を頂きましたので、今回は潜龍井を少し分けていただきます。飛鳥井の御水が柔らかくまろやかなのに対してこちらの御水はすっきりとした味わいが特徴です。場所はすぐ近くなのですが水脈が違う為に味わいがいとなるそうです。
不思議ですね。京都は賀茂川や比叡山、北山など山川の水が豊富な為に美味しい井戸水が市内でも湧きているそうです。酒所、漬物、豆腐が名物なのはうなずけますね。お水が良くなくては良い物はできません。

IMG_9539.jpg

IMG_9541.jpg

IMG_9542.jpg

IMG_9544.jpg
今出川の同志社内の山茶花

IMG_9546.jpg

良い和菓子には良いお茶をという事で、ここは一保堂茶舗さんを訪問です。京都市役所の近くでお店をかまえておられる老舗お茶屋さんは京都通には人気、享保二年(1717年)近江商人渡辺伊兵衛が京洛に拓いた近江屋が前身の御茶卸のお店。弘化3年(1846年)山階宮より「茶を一つを保つ」ようにと「一保堂」の名を賜り今日に至る名店です。
店内は老舗ならではのたたずまい京町家にちょっと緊張しながら二度目の訪問です。

御正月向け「大福茶」と煎茶、玉露の一煎をGETします。
対応された店員さんは私の嘯月の袋を見るとつかさず「きんとんですか?ここのきんとんは繊細でいいですよね」さすがです。
つかさず「好きなんです。せっかくなのでこちらの御茶と頂きたいと思ってうかがいました。」
一保堂さんの名に相応しい~~~さすが雅の京女!

今日は早めの帰宅、なぜなら難波のスイートもGETしないといけないからです。
大阪スイートいまやお菓子好きにはたまらないトレンドのお店パティスリーケモンテべロさんにこれまた予約のケーキをGETします。
IMG_9549.jpg

IMG_9548.jpg
本場パリのお味なのでお酒多め、濃いお味のケーキ屋さんです。
サントノーレ オ テ(サントノーレのお茶)グレープフルーツのクリームにアッサム茶の香りとアクセントにチェリーが!
お味はいかに???

IMG_2051.jpg
オペラ ローズ タルトシトロン ガトーバスク 
IMG_2052.jpg

IMG_2053.jpg
チョコと濃厚なコーヒー味がとてもあいます。

IMG_2054.jpg
むせそうな薔薇の香りにフランボワ―ズの甘酸っぱい酸味~~~マダ~ム

お店の情報は【こちら】

帰宅後のお茶会です。

IMG_9550.jpg
一保堂さんの御茶
IMG_9551.jpg
本日の御茶煎茶「舙木」
IMG_9556.jpg

IMG_9560.jpg

IMG_9562.jpg

陶磁器は【陶あん】で!

次は洋菓子ティータイム
IMG_9565.jpg

IMG_9566.jpg
三大名茶の一つキームン(祁門)レシピエさんの紅茶をGET
IMG_9567.jpg

IMG_9553.jpg

IMG_9568.jpg

IMG_9573.jpg
バナナタルト
IMG_9574.jpg

IMG_9575.jpg
マロンタルト
IMG_9576.jpg

IMG_9577.jpg
モエル―ショコラ

IMG_9568.jpg

テーマ : 京都
ジャンル : 旅行

フリーエリア

プロフィール

mai syonagon

Author:mai syonagon
京都好き、歴史好き、ショッピング好き、温泉好き、グルメ好き。
凝り性な乙女座、A型、金星人、六白金星なわたしです。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
宮仕え中につきお願い
宮中出仕中につき、更新は不定期となります。ご理解ください。 又、過去の記事を記載している為に掲載している季節と月日が合っていません。 季節は題名、カテゴリー別の方を優先し、過去分の月日は無視してください。
QRコード
QRコード
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

リンク
RSSリンクの表示
検索フォーム
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
おすすめ